18 レミナさんって、途中で投げるタイプには見えねえけどな
誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。
教室は一瞬で静まり返った。
ざわめきも止まり、誰もが顔を上げて、何が起きたのかと見回す。
レミナの声も止まっていた。
うつむいたまま動かない。
長い前髪が表情を隠していて、何を思っているのかはわからない。
ほんのわずかに強張った背中だけが何も感じていないわけじゃないと、静かに語っていた。
ゼロスはその様子を見て、小さく息をつく。
——ああ、やっぱりな。
軽く笑って手を伸ばし、自分の問題集を引き寄せると、ぱたんと閉じた。
いつもの調子で肩をすくめる。
「この問題、もういいや。
サンキューな、レミナさん」
レミナはゆっくりと体を起こし、小さく首を振った。
そのまま視線は前方の空いた席へ。
さっきまで、そこにいたはずの背中。
どこか焦点の合わない目で見つめたまま、彼女は動かない。
トントン、と。
ゼロスが指先で机を軽く叩き、彼女の意識を引き戻す。
身を少し乗り出し、声を落とした。
「なあ、レミナさん」
口調は軽い。
けれどその奥にわずかな真剣さが混じる。
「追いかけなくていいのか?」
レミナははっとして顔を上げた。
「……え?」
呆けたようにゼロスを見る。
まるで言葉の意味がそのまま通り抜けていったみたいに。
追いかける?
誰を?
どうして?
そんな疑問がそのまま目に浮かんでいた。
ゼロスはその様子を見て、内心でため息をつく。
——あー、めんどくせ。
成功したら、アルタイルに一ヶ月は奢らせねえと割に合わん。
そんなことを思いながら、わざとゆっくり口を開いた。
「変わるってさ」
少しだけ目を細める。
「そんな簡単な話じゃねえだろ」
軽く肩をすくめて、それからレミナを見た。
さっきより、真面目な目で。
「……でもさ」
言葉を区切る。
「レミナさんって、途中で投げるタイプには見えねえけどな」
***
アルタイルは近寄るなと言わんばかりの荒々しさをまとい、校舎裏の影に立った――その直後だった。
やはり来た。あのしつこい気配が。
シエラは心配そうな顔を浮かべ、柔らかなウールのマフラーを両手に持っている。
声はいかにも気遣うようにやさしい。
「アルタイルくん……さっきはごめんね。妹、ちょっと言い方がきつくて……私が代わりに謝るよ。そんなに怒らないで。体に悪いですから」
彼の顔色をうかがいながら、シエラはさらに言葉を重ねる。
「昔からああいう子で、自分のやりたいことばっかりで、人の気持ちをあまり考えないの。 家でもパパとママが心配してて……何度も注意してるんだけど、全然聞かなくて……私たちも困ってるのよ」
一歩、距離を詰める。
マフラーを持つ手がそっと持ち上がった。
「寒いでしょ? そんな薄着で……ほら、これ巻いて。風邪ひいたら――」
「……うせろ」
アルタイルの低く掠れた一言で、曖昧な空気が、そこで断ち切られた。
シエラの動きが止まる。
笑顔がそのまま凍りついた。
「え?……アルタイルくん……どうして――」
アルタイルはゆっくりと向き直る。
一歩踏み込んだ。
薄暗がりの中、その目は鋭く光っていた。
隠す気のない冷たさと、明確な嫌悪があった。
「来るなって言っただろ。 彼女の代わりに? てめえ……何様のつもりだ?」
アルタイルの声は低い。だが骨に響くような冷たさがあった。
「レミナのことを勝手に値踏みしていい立場かよ」
シエラの肩がびくりと震える。
血の気が一瞬で引いた。
アルタイルは鼻で笑った。
「……気持ち悪ぃな」
吐き捨てるように言い、ゆっくりと見下ろす。
「なんでそんな芝居がかってんだ?」
彼の視線が逃げ場を失った彼女の目に突き刺さる。
声は静かだがはっきりとした“警告”を帯びていた。
「いいか。これから先――
レミナの悪口を一言でも口にしてみろ」
歯の隙間から、言葉が押し出される。
「その口、二度と開けねぇようにしてやる」
空気が凍った。
恐怖が遅れてシエラを飲み込む。
こんなアルタイルは見たことがない。
その目は冗談を許さない、本気だった。
彼女の足から力が抜ける。
「っ……」
そのまま膝が崩れた。
どさり、と。
冷たいコンクリートの上に座り込む。
体が震える。
言葉はひとつも出てこない。
アルタイルはもう一瞥もくれなかった。
鼻で笑うように息をひとつ鳴らし、そのまま迷いなく背を向ける。
大股で歩き去り、彼女も、あの作り物じみた振る舞いも、すべて後ろへ置き去りにした。
頭を冷やす必要がある。
アルタイルは無意識のうちに、校舎裏の小さな林へと向かっていた。
冬の夜の林は葉を落とした木々が骨のように立ち並び、わずかな街灯の光がかろうじて闇を押し返しているだけだ。
アルタイルは立ち止まると、そばの桜の木に向かって――
ドン、と。
さらにもう一度、ドン、と。
無造作に、しかし強く蹴りつけた。
鈍い音が静まり返った空気に響く。
胸の奥に溜まった怒りも、苛立ちも、どうしようもない焦燥も、まとめて吐き出すみたいに。
そのとき、背後で、かすかな音がした。
落ち葉を踏む、さらりとした気配。
……まだ来るのか!
せっかく押さえ込んだ火が一瞬で燃え上がる。
「てめえ……まだ懲りねぇのかよ?」
荒々しく振り返る。
声は低く噛みつくようだった。
だが――
そこに立っていたのはアルタイルの予想していた相手じゃなかった。
淡い街灯の下にいたのは――レミナだった。
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