16 ピンクのノート
誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。
夜の自習の明かりの下、静かにでも確実に火種は広がっていた。
「なー、相席~」
ゼロスがわざとらしく明るい声を張り上げる。
「レミナちゃん、ちょっと来てくれよ。 この問題マジでわけわかんねぇ、頭こんがらがってきた!」
その声は教室の空気をすっと抜けて、まっすぐ目の前にいるアルタイルの耳に届いた。
――……チッ
アルタイルが心の中で舌打ち。
――あいつ……“相席”って呼び慣れてやがる。
「ガンッ!」
鈍い音とともに、ゼロスの机が大きく揺れた。
上に積んでいた本が跳ねる。
「っ……!」
ゼロスは脇腹を押さえて顔をしかめた。
ゆっくりと犯人のほうを見る。
「……アルタイル?
今のも――“足が、滑、った”ってやつ?」
“足が、滑、った”の一言だけ、妙に力がこもっている。
アルタイルは無表情のまま、内心では完全にキレていた。
――てめぇ、調子乗ってんじゃねぇぞ。
「滑——」(るかよ! わざとだ!)
そのとき――
「……何してるんですか?」
レミナが顔を上げた。
澄んだ視線がまっすぐアルタイルに向く。
眉はわずかに寄っていて、不満がはっきりと浮かんでいた。
さっきまで解いていたノートにはペンが引いたままの不自然な線が残っている。
……
その視線を受けて、アルタイルの中の苛立ちが一瞬だけ鈍る。
代わりに、わずかな気まずさ。
彼は視線をそらし、鼻先を軽くかいた。
「……いや、滑った。 悪い」
ゼロスはその様子を見て、吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
――この反応で、まだレミナのことを好きじゃないって言い張るのかよ、普通……
そして、わざとらしく咳払い。
「はいはい! 今のは見事なスライディングでしたー!」
一拍置いて、くるりとレミナのほうを向く。
声色はすぐに、あの妙に明るい調子へと戻った。
「ってことで――俺の“相席”に教えてもらってもいい?」
わざと「相席」を強調する。
アルタイル「……」
――てめえ、待ってろ! 放課後逃げるな!
胸の奥で、何かがぐっとせり上がる。
妙な衝動だった。
取られたくない、みたいなそんな言葉にもならない感情。
気づいたときにはもう動いていた。
アルタイルは机の中からノートを乱暴に引き抜き、ぱらりと開くと、そのままレミナの机の上へ叩きつける。
ちょうど、レミナとゼロスの間を遮る位置に。
「おい」
声は低くどこか強引だ。
「俺の相席……まだ来てない」
一瞬、間を置いて。
「俺にも教われ」
ゼロスの視線がふとノートの表紙に落ちた。
――ピンク。
やけに凝った装丁、おまけに、可愛いキャラのシール付き。
どう見ても、女子のものだ。
「……は?」
ゼロスは一瞬固まる。
そして次の瞬間、何かに気づいた顔になると、勢いよく眉を跳ね上げた。
――お前、終わったな。
そんな視線をアルタイルに送りつつ、必死に目配せ。
口だけで無言のメッセージを送る。
――それ、見ろ!! バカ!!
アルタイルは意味がわからず、眉をひそめた。
――は? 何だよ?
ゼロスはさらに焦る。
視線だけでノートを指し示す。
いいから見ろ、と。
ようやくアルタイルが怪訝そうに視線を落とす。
そして目に入ったのはあのピンク。
見覚えのある色。
見覚えのあるシール。
「……っ!!!」
一瞬、思考が止まった。
――……なんでこれがここにあんだよ!?
記憶が一気によみがえる。
――昼。
シエラにノートを渡されて、ろくに見もせず机に突っ込んだまま――
……忘れてた。
背筋に、ぞわっと冷たいものが走った。
アルタイルは勢いよく顔を上げる。
視線の先にはレミナ。
レミナの目も、同じノートに向いていた。
ゆっくりと、ペンを握る指に力が入る、指先が白くなる。
その小さな顔はいつも通り無表情……のはずなのに。
頬がほんの少しだけふくらんでいる。
唇はきゅっと結ばれていて、言葉は出てこない。
まるで拗ねた小動物みたいに。
けれどその瞳だけは隠しきれていなかった。
いつもの静けさではなく、はっきりとわかる悔しさだ。
揺れる光がにじんで、今にもこぼれそうに、ぎりぎりで堪えている。
アルタイルは完全に固まっていた。
「ちがう……俺は……」
――誤解だろ、これ!!
心の中で叫ぶ。
いっそ時間が巻き戻せるなら、さっきノート掴んだ自分の手をぶった切りたい。
目の前のレミナは何も言わない。
怒ってるのはわかる。
悔しいのも、たぶん。
それでも必死に押し込めて、表に出さないでいる。
その様子を見た瞬間――
――……くそ。
とんでもなく場違いな感情がふっと湧いた。
――怒ってんのに……可愛すぎだろ
心臓が妙にざわつく。
くすぐられるみたいに落ち着かない。
完全に現実逃避だった。
「こほん!……こほん!!」
ゼロスのわざとらしい咳払いが二発。
アルタイルははっと我に返る。
――今じゃねぇだろ!!
レミナの目元がじわじわ赤くなっているのが見えた。
――まずい。
アルタイルは反射的に手が動く。
例のピンクのノートをひったくると、そのまま――
ドンッ、とゼロスの胸に押し付けた。
「それ、ゼロスのものだ!」
ゼロス「はぁぁぁ!?」
完全に巻き添えである。
両手に押しつけられたピンクのノートを見下ろし、固まる。
――は? なんで俺!?
顔を上げてアルタイルを睨む。
視線で全力抗議。
――てめぇ正気か!?
アルタイルはその視線を受け取りつつ、一瞬だけ目で返した。
――後で奢る!
ゼロス「……」
――足りねぇ
だが状況は待ってくれない。
ちらりとレミナを見る。
そして手元のノート、どう見ても女子物だ。
――……詰んでるだろこれ。
それでもゼロスは覚悟を決めた。
ぎり、と奥歯を噛みしめ、引きつった笑顔を無理やり作る。
「そ、そう!これ、俺のノートだ!」
一語一語、やけに力がこもる。
「俺、ピンク、が、大、好、き、な、ん、だ!!」
言い切った。
そしてノートをぎゅっと胸に抱きしめる。
まるで大事な宝物みたいに。
手だけがわずかに震えていた。
アルタイルはその様子を見て、内心で土下座した。
……マジで助かった。
視線だけで全力の感謝をゼロスに送る。
ゼロスは思いきり白い目で返した。
――アルタイルの野郎、覚えてろよ! 俺はお前の恋愛のために振り回されすぎた!!!
――今度メシ奢る。絶対に! 相棒よ!
――十回な。
――は?
――ピンク! 十回!
――……
言葉のない交渉が成立した。
ただ一つ。
二人とも気づいていなかった。
そのノートの内側に、きっちりと書かれている名前に。
『シエラ』
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