15 私のこと、嫌い?
誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。
このやり取りはとうにクラスのあちこちに目撃されていた。
一瞬だけの静寂のあと、ざわりと空気が弾ける。
「マジかよ!? アルタイルくん、ほんとにシエラの指導受けんの!?」
「だから言ったじゃん! 最初からシエラちゃん案件だったんだって!」
「ほらな、前にレミナの話聞いてたのも、結局シエラちゃん経由でしょ?」
「うわー、この扱いの差えぐ……」
ひそひそ声はあっという間に広がり、憶測と面白半分の視線が教室の中で交差していく。
レミナは変わらずうつむいたまま、さっきの式の続きを考えようとして、ふと手が止まった。
……なんだろう、この感じ。
はっきりと“不愉快”とわかるのに、正体が掴めない。
湿った綿を詰め込まれたみたいに、じわりと息苦しい。
――どうして?
アルタイルが勉強する気になったのはいいことだ。
シエラのほうが教え方が合ってるなら、それもいい。
だったら——
なんで、こんなにすっきりしないの?
自分でも知らない感情に、レミナは戸惑ったまま、手元の計算用紙に視線を落とすしかなかった。
一方で、ゼロスは前の席にいるアルタイルの背中を眺めていた。
一見だらけているようで、よく見れば、背中の筋肉がわずかに固まっている。
「はぁ……」
小さく息を吐き、ゼロスは首を振る。
その口元には全部わかっているというような笑み。
――おいおい、アルタイル……
その芝居、バレバレだってさ
わざわざシエラのノート受け取ったのも、どうせレミナちゃんがどう反応するか見たかっただけだろ。
眉ひとつでも動くか。
少しでもムッとするか。
……要するに。
焼きもち焼いてほしいんだろ?
ゼロスはちらりと横を見た。
そこには自分の感情にすら気づいていないまま、静かに固まっているレミナ。
……はぁ
心の中で、もう一度ため息。
――その火遊び、下手すりゃ自分が燃えるぞ。
アルタイル、不器用すぎんだよ、お前は
夜の自習はまだ始まったばかりだというのに。
このまま静かに終わる気配はどこにもなかった。
***
時は指の隙間からこぼれる砂のように、ペン先が紙を擦る音の中で静かに流れていく。
数日が過ぎた頃――
目に見えない張り詰めた空気がまるで薄い膜のように、レミナとアルタイルの間に漂っていた。
アルタイルの機嫌は日に日にわかりやすく悪化していった。
もともと荒っぽい気性ではあったがそれが今は隠そうともせず表に出ている。
彼の周囲だけ、空気が重い。
眉間には常にしわが寄り、視線には苛立ちが滲み、時折、机の脚を蹴る音も前より強くなっていた。
まるで何かに苛立ち続けているように。
クラスで一番鈍い生徒ですら、最近の彼が異様に不機嫌だということには気づいていた。
一方でレミナにはその原因がわからなかった。
理由はわからなくても、直感だけははっきりしていた。
小動物めいた本能が告げている。
あの苛立ちはたぶん自分に向いている。
――……私、また何かした?
レミナはここ数日の自分の行動を静かに振り返る。
席替えのせいで、ゼロスと関わる時間が増えた。
それ以外に、特別なことは何もしていない。
――ゼロスの指導を引き受けたから?
いや、それはない。ゼロスは彼の親友だ。
では――
……私のこと、ただ嫌いなだけ?
その考えはレミナの胸の奥をわずかに重くした。
そして同時に、彼女の取るべき行動もしっかりさせた。
アルタイルとの余計な接触は避ける。
必要以上に近づかない。
視線も、言葉も、距離も、すべて最小限に。
そうして彼女は静かに一歩引く。
安全だけれど、少しだけ冷たい――自分だけの殻の中へと。
その日、体育の自由時間。
日差しはやわらかく、風もほどよく心地いい。
レミナは木陰に立ち、ぼんやりと風に当たっていた。
視界の端に、アルタイルとゼロスの姿が入る。
次の瞬間、彼女はほとんど反射的に背を向けた。
そして、そのまま何事もなかったかのように、距離を取るように歩き出す。
冷たいほどあっさりとした、その後ろ姿だけを残した。
アルタイルの足がぴたりと止まった。
遠ざかっていく細い背中を見つめたまま、胸の奥がどん、と鈍く痛む。
顔が見る間に険しくなる。
隣にいたゼロスはその一連の流れをばっちり目撃していた。
そして――
「ぶっ……!」
堪えきれず、吹き出す。
口元は完全に崩壊寸前だ。
「ゼ、ロ、ス……!」
アルタイルがゆっくり振り向く。
その目は冗談抜きで人を殺しそうな鋭さだった。
「……死にてぇのか?」
ゼロスは即座に両手を上げた。
降参のポーズだが顔はまったく反省していない。
「やだなぁアルタイル! 俺はただ、今日いい天気だなって思っただけだって」
わざとらしく肩をすくめながら、一歩近づく。
そして、声をひそめた。
「……で? どうしたよ。 焼きもち、焦げてんぞ?」
にやり、と笑う。
「ちょっとやりすぎたんじゃねぇの?」
アルタイルのこめかみに青筋が浮く。
それ以上は何も言わず、ぐっと睨みつけると、そのまま勢いよく背を向けた。
理由のわからない悔しさを引きずるように、大股で校舎へ向かって歩き出す。
ゼロスは慌てて追いかける。
そして懲りずに、耳元で続けた。
「なあアルタイル。 マジで言うけどさ――好きな子にあんな態度取ってたら、そりゃ逃げられるって」
「はぁ!?」
アルタイルが即座に振り返る。
「誰が好きだって!?あいつのことなんか――!」
ほとんど反射的な否定、そのくせ、耳は見事に赤い。
ゼロスは「あーはいはい」と手をひらひら振った。
「はいはい、わかってるって。別に好きじゃないし、追いかけてるわけでもないよな~」
にやにやしながら続ける。
「ただ、女子の後ろ姿ガン見して、目のトレーニングしてただけだよな?
ついでに耳真っ赤にして、俺のスネ蹴ってきたのも、ただのストレス発散ってわけだ。 そういうことだよな?」
アルタイル「……」
――こいつ、いつかマジで殺してやる。
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