13 この恋、まだ始まったばかりだ。
誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。
席替えはどこか落ち着かない空気の中で進んでいった。
シエラは隠しきれない上機嫌を浮かべ、教科書を胸に抱えたまま軽やかに歩く。
そのままレミナの元の席にたどり着くと、いかにも当然といった様子で腰を下ろした。
――アルタイルの隣。
アルタイルの新しい相席はシエラになった。
一方で、ゼロスの席はそのままスライドする形で空いた場所へ。
レミナは何も言わず荷物をまとめ、静かにその隣へ座った。
結果として――
レミナの新しい席はアルタイルの左後ろになった。
顔を上げれば、すぐ前に彼の背中がある。
まっすぐで、どこか不自然に固い背筋、顎のラインも、妙に力が入っていた。
――……機嫌、悪そうだ。
レミナはその後ろ姿だけで結論を出した。
夜の自習時間。
白い照明がやけに明るく、教室の一人ひとりの表情をくっきり浮かび上がらせている。
レミナは物理の問題に向き合いながら、いくつかの解法を頭の中で組み立てていた。
思考は静かに、深く潜っていく。
そのとき、どん、と。
開いた数学のノートが彼女の机の中央に押し出された。
長く骨ばった指がそれを強く押さえている。
彼女の解答用紙を半ば強引に遮る形で。
「……おい」
左前から、アルタイルの声が聞こえた。
いつもより妙に硬い。
レミナは思考から引き戻され、少しだけ首を傾げて彼を見る。
アルタイルは眉を寄せたまま、視線をあちこちに泳がせていた。
どうしても目を合わせようとしない。
彼はもごもごと口を動かしてから、ようやく言った。
「……この問題、教えてくれ」
――……シエラが担当じゃないの?
一瞬理解が追いつかない。
レミナは視線を落とし、差し出されたノートを見る。
そこには数学テストの大問。
しかも――赤ペンでやたら大きな「?」が書き込まれている。
今にも紙を突き破りそうな勢いで。
レミナは一呼吸おいて、できるだけ穏やかな声を選んだ。
「この問題は……あなたには少し難しいと思います。
まずはもう少し基礎から――」
「教えないのか?」
途中でぴしゃりと遮られた。
レミナは二秒ほど黙った。
彼の硬い横顔、張りつめた空気、そしてその赤くなった耳を見た。
――……ああ、強がりのか。
心の中で、小さく息をつく。
「……わかった。教えますよ」
レミナは差し出されたペンを受け取った。
そのとき指先が一瞬だけ彼の触れる。
わずかに残る体温で、二人とも反射的に手を引いた。
まるで静電気にでも弾かれたみたいに。
レミナは静かに説明を始めた。声は落ち着いていて、筋道もはっきりしている。
一通り終えると、今度はアルタイルに似た問題を解かせた。
けれどペンを置いた直後の彼の解答をちらりと見ただけで、レミナはすぐに気づいた。
思考の出発点から、すでに完全にずれている。しかも、かなり厄介な方向へ。
「アルタイルくん」
「ん?」
「最初から、間違ってますよ」
「……」
その一言で、彼の表情がぴたりと固まった。
レミナは新しい用紙を取り出し、いちばん基礎の概念から丁寧に組み直していく。
アルタイルは集中しているのか、少しだけ眉が寄っていた。
どれくらい経ったのか。
ようやく彼女は解法の流れと、その裏にある考え方まで含めて、すべてをきれいに整理し終えた。
小さく息を吐き、顔を上げる。
「……今ので、わかりました?」
けれどアルタイルはすぐには答えに目を落とさなかった。
視線はずっと彼女のほうに向いたまま。
深い瞳の中に、頭上の蛍光灯の白い光と、
そして真剣そのものの彼女の姿がくっきり映っている。
――こいつ、なんでまた敬語になったの?
「ああ、わかった」
低く返ってきた声はどこかかすれていて、妙に耳に残る響きを帯びていた。
その視線を正面から受けて、レミナは不意に頬が熱くなるのを感じた。
気づけば、耳のあたりまでじわりと赤くなっている。
――……暖房、効きすぎてるかな?
少年の想いなんて、春先の小川みたいなものだ。
表面は静かで、何も起きていないように見える。
けれど、その下ではとっくに流れがほどけて、ぐるぐると渦を巻いている。
好きなんて感情は不器用で、やたらと正直です。
隠したいくせに、ふとした拍子にこぼれてしまう。
視線や、声の調子や、些細な仕草の中に。
ただまだ幼すぎて、そのままじゃ、きっとどこかでしくじる。
けれど今の二人は一方はそれを読み取れず、もう一方はうまく言葉にできない。
この恋、まだ始まったばかりだ。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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