10 はじめての“切り返し”
誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。
翌朝。
澄んだ陽射しが窓から差し込み、教室を光と影にくっきりと切り分けていた。
レミナは自分の席に座っている。
顔の半分が影に沈み、その分――頬に残った指の跡がいっそうくっきり浮かび上がっていた。
そこへ、タイミングを計ったみたいにシエラがやって来る。
「妹ちゃん……」
声はやわらかく、いかにも心配しているふう。
「昨日ね、パパも本当に怒っちゃって……でも、帰りが遅かったのも事実だし」
そう言いながら、そっと手を伸ばす。
「まだ痛い? パパね、愛情が深いからこそ厳しいの。 だから……怒らないであげて?」
やさしい声、やさしい仕草、表情もちょうどいい“困った顔”。
ヒリヒリと痛む皮膚に触れようとした、その時——
ぱちん、と乾いた音が鳴る。
レミナの手が反射みたいにそれを弾き払った。
ためらいはない。
澄んだ音が朝の教室にやけに響く。
シエラの手の甲がじわりと赤くなる。
彼女は小さく手を引っ込め、痛そうに目を細めた。
けれどその奥見逃しそうなほど一瞬だけ、“うまくいった”という色がよぎる。
この流れには慣れている。
このあとすぐ、周りが味方してくれるはず――
……なのに。
ざわめきは起きなかった。
レミナは顔を背けることも、黙り込むことも、冷たい目で突き放すこともせず。
彼女はそっと手を上げて、自分の頬に触れた。
わずかに眉を寄せて。
少しだけ声を震わせて。
「……まだ、痛いの。
触らないで」
大きな声じゃないのに、その一言は静かな水面に落ちた石みたいに、教室の空気を揺らした。
シエラが固まる。
周りの生徒たちも、同じように言葉を失った。
窓から差し込む朝の光が教室を金色に染めていく。
その中でクラスメイトたちは初めて、まともにレミナを見た。
あのいつも俯いていて、目立たなくて、印象すら薄かった少女。
その輪郭がはっきりと光の中に浮かび上がる。
やわらかな陽射しが白く繊細な横顔をなぞる。
細かな産毛が淡い光の縁取りをまとっているみたいだった。
そしていちばん目を引いたのは、
光を宿さなかったはずの瞳に、今はうっすらと潤みがにじんでいること。
落ちそうで落ちない涙が長い睫毛に引っかかっていた。
それは、朝の光を受けて七色に揺れて、まるで壊れやすい朝露みたいに見えた。
綺麗で純粋――
教室がしんと静まり返る。
妙な沈黙だった。
数人の男子がぼんやりと見とれたまま、小声で囁く。
「……あれ、レミナ?」
「いつも下向いてて、全然喋らないやつだよな……?」
「え、ちょっと待て……」
「……普通に、可愛くね?」
シエラの目がすっと細くなる。表情が
――レミナが弱さを見せた?
シエラの手の甲をさすりながら、胸の奥にざわりとした違和感が広がる。
思い通りに運ばない。そんな感覚はこれまでなかった。
――おかしい。 これは……レミナらしくない。
シエラはその動揺を押し込め、流れを取り戻そうとするように。
「ま、まだ痛いの? パパも昨日は……ちょっとビンタしすぎだよね――」
「顔、どうした」
はっきりと不機嫌さを帯びた低い声。
入口に立っていたアルタイルがそのまま歩み寄ってくる。
視線はまっすぐレミナの頬へ、赤く腫れた痕に、ぴたりと止まった。
空気がわずかに重くなった。
レミナは顔を上げる。
涙をたたえた瞳が彼を見つめる。
睫毛にかかっていた雫がついにこぼれ落ちた。
「別に……」
少し鼻にかかった、かすれた声。
「昨日、アルタイルくんに数学教えてて……帰りが遅くなったことで……
お姉ちゃんも……心配して、パパに説明してくれた……」
シエラ:「……?!」
アルタイルの視線が鋭く跳ねて、シエラへ向く。
「へえ。説明? それはうまいんだな。
説明して、ビンタまで飛んでくるレベルか?」
シエラの顔色がさっと抜けた。
身体がわずかに震える。言い訳を口にしかけた。
「ち、違――」
「お姉ちゃんは、ただ心配しすぎだっただけと思うよ」
レミナが先に口を開いた。
落ち着いた声。むしろ、不自然なほど丁寧に。
「だって……アルタイルくん、学年最下位だし。それは事実だし。
パパも、私がそんな人に教えてたなんて信じなかったみたいで……だから、多分、誤解したんだと思う」
「……本当に詳しくまで、説明してくれたな」
アルタイルが目を細める。視線をシエラに向けたまま、口元だけが歪む。
「俺が最下位までの説明は完璧なのにさ。
どうして“ちゃんと補習してた”って部分だけ、抜けてんだ?」
「わ、私は……」
シエラの声が震える。
を
「たぶん、そこまで気が回らなかっただけだ、きっと」
まるで本気でシエラを庇っているみたいに。
「次から気をつければいいだけだね、お姉ちゃん」
シエラは言葉を失った。
袖の中で爪を強く掌に食い込ませる。
痛みでなんとか表情を保つ。
「……そう、だね。私、考えが足りなかっただけで……」
ぎこちなく言い終え、くるりと背を向ける。
そのまま自分の席へ戻っていった。
背中はひどく余裕がなかった。
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