遺書でも書いておいたらいいんじゃないの
奴隷にする条件は相手からそういってくるか、相手の心を屈服させて服従させる必要がある。
例えばこの街の住民全員を叩きのめして頂点に君臨すればきっと奴隷にはできるだろう。
もちろんするつもりはないけどな。
エリーなら喜んでやりそうだけど……。
俺はそこまでしたいとは思わない。
目的はあくまでも戦争の阻止だ。
必要以上の力が欲しいとも思わない。
たとえば帝国側が攻めてきたところを返り討ちにして奴隷にする。
一国の軍ともなれば、その人数は多ければ数万人単位だ。
一度に全員を倒すことはできない。
でも数百人くらいなら、なんとかできるだろう。
そして奴隷にしたところから順に襲わせれば、やがて軍全体を支配下に置けるだろうか。
理屈の上では成立する。
しかし、現実にうまくいく保証はない。
そして失敗すれば戦争が起こったという事実だけが残る。
戦争を止めてほしいという女神様のオーダーは失敗だ。
やはり軍のトップをどうにかする方が手っ取り早いか。
そして進軍自体を止めるよう命令する。これが一番確実だろう。
まあ護衛もいるだろうし、難易度では上かもしれないが……。
そのとき、店内に1匹の黒猫が窓から入ってきた。
その猫は俺の足元にやってくると、褐色の肌をした一人の女の子の姿に変わる。
「ご主人、予想どおり市長のところに怪しい人間が来たゾ」
そう言ったのは擬態型モンスターのパンドラだ。
最近はこうして人間の女の子の姿になったり、猫の姿になって街を移動したりしている。
特に移動する時は猫の姿が多いようだな。
鳥になることもあるみたいだけど、猫の方が気に入ってるらしい。
その一部始終を目撃していたミストが、驚いて立ち上がる。
「そっ、そのスキルはまさか<メタモルフォーゼ>? 是非詳しく調べさせて欲しいっ」
「うわっ、なんだこの人間。オイラにくっつくナ」
ミストが興奮してパンドラに駆け寄っていった。
そりゃまあそうなるよなあ。
◇
「お、おい、本当にあれでよかったんだろうな!?」
市長の部屋に入るなり、市長が顔色を青くさせながら詰め寄ってきた。
「あれとは?」
「スパイに対しての態度だ! 私はお前の命令通りにしか対応できんのだからな!?」
相当慌てている。
よっぽど怖かったんだろう。
ちなみにこの部屋へは、いつもどおりシェイドのダンジョンを通ってやってきた。
俺たちが出入りしているところを見られるのはまだ避けたいからな。
「念のため聞くけど、やってきたのは帝国側のスパイなんだな」
「そうだ。光の勇者が帰還したという情報は向こうも掴んだようで、帝国側につくのかどうか改めて確認しにきた」
やはり予想どおり接触に来たようだ。
光の勇者は女神様から直々に力をあたえられる。
女神様の部下みたいなものだからな。
聖王都側につくと考えるのは当然だろう。
中身はエリーだからそんなことは全然ないんだけどな。
ついでに言えばエリーはとっくに勇者の資格を失っているので、今現在、光の勇者は存在しない。
まあ、さすがにそんなことまで帝国は知らないようだが。
「それで帝国のスパイにどう対応したんだ」
「お前の命令どおり、勇者が来たことで戦力はこちらが上回ったこと。聖王都から倍の報酬を提示されたことなどから、聖王都側につくことにした、と答えたぞ」
「わかった。それでしばらくは大丈夫のはずだ」
勇者が来たから寝返る、ということには一定の説得力があるだろう。
それに聖王都から倍の報酬を提示されたからと付け加えれば、さらに報酬を上乗せすればもう一度仲間に引き込めるかもしれない、と相手に思わせることもできるはず。
となれば一度本国に帰り、上の意向を確認するしかなくなるだろう。
時間稼ぎには十分だ。
「ちなみに相手の反応はどうだった?」
「どうもこうもない! めちゃくちゃ怒っていたぞ!」
「ま、そうでしょうね。アタシだったら裏切り者は殺すもの」
エリーが他人事のようにいう。
実際エリーからしてみたら他人事だからな。
「こちらの要求を履行できないのなら、相応の対価を支払うことになると言っていた。『我らの行為は戦争ではない。解放による救済だ。女神の支配から脱却し、真の自由を得る。逆らうのなら貴様も地獄の業火に焼かれるだろう』。だとかなんとかいって脅してきたぞ」
「そういえば帝国は、女神様からの支配をなくすことが目的だったっけ」
「ああ、そうらしい。今まではそんなの建前だと思っていたのだが……。あの態度を見て確信した。奴らは狂信者だ。助けになった者に対する義理とか、情けだとかいった感情は一切ない。自分たちの教義がすべてだ」
「なるほど。そういうタイプか……」
一番やっかいな相手だな。
「奴らのいうことを聞いても自分はおそらく助からない。なんだかんだと理由をつけて搾り取り、役に立たなくなると殺されるだろう。頼む、助けてくれ!」
「嫌よ。自業自得じゃない。死にたくなければ自分でなんとかしたら」
「お前たちの命令には逆らえないんだから、自分ではなんともできんだろうが!」
「ふーん。あっそ。じゃあ遺書でも書いておいたら」
「なっ……」
エリーの無情な言葉に、市長は絶句していた。
市長は一度エリーの命を狙っているからな。好感度は地の底までマイナスだろう。
この場で殺されないだけむしろ温情を受けているとも言える。
とはいえまだ俺たちにも準備が必要だ。
それまでは市長にも生きててもらわないと困る。
いや別にことが終わったら死んでもいいとか思ってるわけでもないが。
まあ、なるようになればいいか。




