隠された悪意と陰の牙
死臭が漂う小屋に向けて、俺とエリーは警戒しながら近づいていく。
「冒険者同士で喧嘩でもしたのかしら」
「……さあな。可能性としてはそれもありそうだが」
この辺りに来るような冒険者は命知らずばかりなため気性も荒い。
ケンカから殺し合いに発展することはそれほど珍しいことでもなかった。
そしてそれと同じくらい、この辺りのモンスターも気性が荒い。
人間を見掛ければ見境なく襲いかかってくる。
だから犠牲者は後を絶たない。
小屋からは死臭が漂ってきている。
何かがあったのは間違いない。
俺の<敵感知>に反応はないから、少なくともモンスターが今も残っている訳ではなさそうだ。
しかしなにか違和感があった。
なにもいないはずなのに、何かがいるような、不思議な感覚がある。
警戒を怠らないまま足を進めていく。
やがて小屋の様子が見えてきた。
最初に目についたのは、小屋の入り口の正面に倒れた冒険者の姿だった。
胸に剣が突き立てられており、どう見ても致命傷だ。
「やっぱり冒険者同士で揉めたみたいね」
「そうみたいだな」
モンスターは剣を使わないからな。
俺たちは小屋に入る。
その時、奥から低い呻き声が聞こえた。
「うぅ……。ニンゲンか……? 助けてくれ……」
「あら、生き残りがいるじゃない」
エリーが小屋の奥に足を踏み入れようとする。
「待てエリー!」
腕を掴んで止める。
エリーが少し驚いたように振り返った。
「……どうしたのよ」
「いや……」
俺自身、言葉にできない。
だけど猛烈に嫌な予感がする。
これは<敵感知>のスキルとはまた別の感覚。いうなれば野生の勘のようなもの。
まるでドレイクやグリフォンの感覚が俺にも宿ったみたいだった。
「……ちっ。勘のいい人間ダナ」
突然そんな声が聞こえ、小屋がぐにゃりと歪んだ。
部屋の中が波打つように変形し、壁や床から牙のようなものが無数に生まれる。
「えっ、なに!?」
「わからんが逃げるぞ!」
エリーの手を引いて外に飛び出す。
同時に、まるで口を閉ざすように部屋の中がグシャリと潰された。
もしもあの中にいたら、部屋中に生まれた無数の牙に貫かれていただろう。
それこそ、巨大な獣の口の中にいるかのように。
やがて小屋は周りの地形ごと姿を変えていく。
周りにいた冒険者の死体も飲み込まれて消えていった。
「ぎゅいいいっ!」
「グルウガアアッ!」
ドレイクやグリフォンたちも異変に気がつき、俺たちの元へ飛んできた。
その頃にはもう小屋は跡形もなくなり、かわりに巨大な三つ首のドラゴンに変わっていた。
だけどその姿もどこか不安定で、時々体が揺れて小屋に戻ったりしている。
エリーが不思議そうに見上げた。
「擬態型のモンスター? こいつ、まさかミミックなの?」
「ワタシをソノヨウナ下等種と一緒にスルナ」
三つ首ドラゴンが笑うように声を響かせる。
人間の言葉を話すということは、かなり高位のモンスターだ。
「小屋どころか地形ごと擬態するなんて聞いたことがない。これは擬態系モンスターの最上位『パンドラ』だ!」
だがミミック系はダンジョンの中にしかいないはず。
それがどうして外にいるのか。
しかも宝箱や財宝ではなく、小屋に擬態して冒険者を襲うなんて聞いたことがない。
そういえば職業斡旋所のおっさんも、ここ最近ダンジョンの様子がおかしいと言っていたっけ。
あの時はどういう意味かわからなかったが、ダンジョン内のモンスターが外に出るということは、つまりこういうことになるってことだな。
「なんだかわからないけど、しょせんは騙し討ちしか能のないミミックでしょ。さっさと片付ければいいじゃない!」
エリーが剣を三つ首のドラゴンに向ける。
配下のグリフォンたちが獰猛な声を上げて突っ込んでいった。
三つ首がそれぞれ迎撃するように炎のブレスを吐く。
かするだけでも黒焦げになりそうな強力な攻撃だったが、グリフォンたちはギリギリでかわすと、勇敢に鍵爪とクチバシで襲いかかった。
ペットの性格は飼い主に似るとはいうが……。まあグリフォンはもともと獰猛な性格だしな。
サラマンダーとタイガージャッカルたちにもパンドラに攻撃をかけさせる。
「牽制になれば十分だから、無理はするなよ」
「グルルゥ!!」
頼もしい声を上げてグリフォンたちと一緒に襲いかかった。
特にサラマンダーは炎系の攻撃が効かないからな。
パンドラの推定レベルは180だが、いくら格下とはいえこれだけの数に襲い掛かられれば対処も簡単ではない。
それにエリーがいっていた通り、ミミック系は不意打ちを最も得意としている。
正体を暴かれた時点で不利になるのは否めなかった。
三つ首ドラゴンのパンドラが逃げるように後ろへ下がる。
「クソッ……ちょこまかとウットウシイ奴らだ……!」
ドラゴンの姿は凶悪だが、動きはどこかぎこちない。
もともとダンジョン内にしかいなかったから、こんなに広い場所での戦いには慣れていないのかもしれないな。
「どこ見てるのよ。頭上がガラ空きよ!」
グリフォンにまたがったエリーが空から強襲を仕掛ける。
「ククク……これを見ても攻撃できるカナ?」
ドラゴンの頭部の一部が変形し、冒険者の姿に変わった。
「人間は同じ人間を攻撃スルノをためらうカラナ。貴様も仲間を攻撃することは……」
「ていっ」
「ギャアアアアアアア!」
一切躊躇いなくエリーが刺し、パンドラが悲鳴を上げた。
「オマっ……少しは躊躇いとかナイのか……!?」
「偽物と分かっているのにどうしてためらうの?」
エリーが本気でわからないといった表情で首を傾げる。
いやまあ、理屈ではそうだけどな……。普通は少しくらいは葛藤とかあると思うよ。俺は。
「オマエ……本当にニンゲンか……!?」
モンスターにまで恐れられていた。
「クソッ……なら、この姿ならドウダ……!」
3つある顔のひとつが、俺と同じものに変化した。
「さすがに仲間の顔を切ることは……」
「アタシを奴隷なんかにしやがってこのクソイクスがあああああああああっっ!!!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアア!?」
三つある頭のひとつが根本から切り落とされた。
というか、俺の顔をした生首が落ちてる光景はかなり怖いのだが……。
……あ、消滅した。
擬態した体は本体から離れると消えるみたいだな。よかった。
というか、エリーって実は俺のこと恨んでたの?
いやまあそれは当然といえば当然だけど……。
今度時間のあるときにちゃんと話し合おう。うん。
それはともかく、エリーのレベルは1なのだが、レベルが180もあるはずのパンドラに攻撃が通じている。
どうもエリーの攻撃というより、グリフォンが強化されているようだな。
主人の激情に反応して、配下たちのステータスも一時的に上がっているのかもしれない。
テイマー系の職業ではそういうことがあると聞いたことがある。
もしかしたら奴隷でも同じことが起こるのかもしれないな。
まあいずれにせよ、パンドラの意識は完全にエリーに向けられていたため、ドレイクに乗って空高くにまでにきた俺たちのことには気がついてないみたいだった。
ここからだと巨大な三つ首のドラゴンも小さく見える。
「よし、行くぞ」
「きゅいっ!」
掛け声と共に、真下に向けて一直線に急降下していく。
超スピードで滑空するドレイクの背に乗ったまま、俺は剣を構えて意識を集中した。
「上級剣技──」
落下スピードを切っ先に乗せて、水平に構えた剣を勢いよく振り抜く!
「──<紫電一閃>!」
ドレイクの落下スピードとスキルの攻撃力。
その二つが乗った一撃は、強力な鱗に覆われたドラゴンの巨体を真っ二つに切り裂いた。




