番外編2-7
「ゆめ~!」
週明け、いつものように講義のある校舎に向かって歩いていると、舞子の声が聞こえた。
ゆめは振り返り、腕をぶんぶん振りながら走ってくる彼女を見て微笑んだ。
今日はまるで初夏のような陽気。
気が早く、誰よりも早く半そでを引っ張り出している舞子は、すでに滝のような汗を掻いていた。
ゆめに追いついてからひざに手をついて息を整える舞子は、「なんでいつもそんなに涼しそうなの?」と恨めしげにゆめを見上げた。
そんなことないのにとゆめが返答に困っていると、舞子がゆめの両手をぎゅっと握った。
真剣な目だった。
「金曜日のこと…ごめん、ゆめ。
…すごく、嫌な思いさせちゃった」
「…もう、いいのに」
土曜日に、舞子からは謝罪の電話を受けていた。
もしそれがなくても、今回のことで舞子に非があるとは思えなかった。
ただ、タイミングが悪く、いろいろな問題が少しずつ複雑に絡み合ってしまっただけ。
ゆめは困ったように首を振り、もう一度舞子にそのことを伝えた。
探るような彼女の目が何かを確信したのか、ふっと和らいだ。
そして、いつものようないたずらっぽい、好奇心一杯の目がきらきらと輝いた。
「ね、ね、ね!
あのイケメンさん、ほんとにほんとの婚約者なの?」
「あ…う、うん」
真っ赤になってうつむいたゆめは、破壊的にかわいいと舞子は思った。
その証拠に、近くを通りかかった男の視線はゆめに釘付けだ。
問われるままに龍のことを話すゆめはいつもなら考えられないぐらいうろたえ、恥ずかしそうで、普段の大人っぽい雰囲気が歳相応に見え、けれどどこか艶っぽかった。
普段感情をあまり表に出さない彼女が、恋する乙女そのものの表情をしていると、そのギャップだけで男心を鷲づかみにするだろう。
舞子は昔から嘘がへたで、どんなことでも顔に出てしまう方だった。
恋をしたら一直線で直球勝負、そんなつもりはないのに、押して押して押し捲ってしまう。
その性格と惚れっぽいせいで、付き合い自体も軽くなりがちで。
これまでそこそこの男性と付き合ったりもしたが、長続きすることはなかった。
だから、ゆめのようにこの若さで結婚まで考えるほどお互いのことしか目に入ってない状態は、もはやファンタジーにしか見えなかった。
4年近くも付き合っているのに未だ龍のことを考えるだけで頬を染め、愛しさに口元をほころばせるなど、信じがたいことだった。
これほど一途に自分を思ってくれたら…
『そりゃ、心配だわな。
かわいくてたまんないんだろうし』
金曜日の夜、相手を凍らせてしまいそうなほど部長をにらみつけていた龍を思い出した。
怒髪天を衝くを体現していた。
彼ならば、ピンチの時にはゆめを何が何でも守り、大切にしてくれることだろう。
ゆめが彼しか目に入らないのと同じぐらい、龍もまたゆめを愛してやまないのだ。
だからゆめのこんな表情を引き出せるのは龍だけなんだろうけど、それが完全に心配の種になっている。
舞子は龍の苦労を垣間見た気がした。
女の自分でさえときめくのに、周りの男が放っておくわけないのだ。
「な~んか、いろいろたいへんだねぇ~。
ゆめって、私なんかよりもずいぶん忙しそう」
「え?そう?」
「うん。
だって、優しい婚約者様がいたら…ねぇ?
無駄に心配ばっかしてそうだし」
「…そうだね、確かに。
でも、そういうの、幸せだって思っちゃうんだよね。
龍さんのためにがんばらなきゃ、龍さんの事支えられるように
なりたいって、強くなるきっかけをもらえるの」
耳まで真っ赤に染めたゆめは、照れくさそうに微笑んだ。
舞子は突然ゆめに抱きついた。
「くぅぅ~っ!かわいいっ!
ゆめ、私のものにならない!?」
「えぇっ!?」
ゆめの胸に顔を摺り寄せたら、ゆめはますます真っ赤になった。
『さすが、ここまでやったら彼、怒るよね?』悪魔のようににやりと笑い、舞子は龍を思い出した。
「あ~っ!私も運命の彼、欲しいっ」
舞子が顔を上げて叫んだら、きょとんと見下ろしたゆめが大輪の花開くように笑った。
終わり