第7話 ちぐはぐな国民的アイドル
「なんだか、生活感のない家だな」
一歩、彼女の家に踏み入って思った。
物の数がそもそも少なく、人の住む家であれば多少は感じる個人の趣味嗜好などが全く感じられなかった。
「そんなに女の子の家をジロジロ見て。凪は変態さんなんだね」
「そんなんじゃないけどさ。生活感があまりにもなさすぎやしないか?」
「こんなもんでしょ。この家だって帰ってきて寝るかご飯を食べるくらいしかすることがないのだもの」
「趣味とかはないのかよ」
「ないね。趣味を楽しむ時間も私には無かったし」
……相当忙しいんだな。
でも、趣味や自分の好きなことがないのはストレスの発散が出来ないからしんどいんじゃないだろうか?
「そか。変な事を聞いたな」
「別にいいよ。変な事ではないと思うし」
「じゃあ、スリーサイズでも聞こうかな」
「ぶっ殺されたいなら聞いてみてもいいんじゃない?」
「殺されたくはないから遠慮しとく」
剣呑な視線から、本当に聞いてきたら殺すという意思がありありと伝わってくる。
この年で死にたくないし、なにより母さんと渚に楽をさせてあげるまでは死ねないので聞くのはやめておこう。
それに、女性にスリーサイズにさして興味もないし。
聞くことにメリットも感じない。
リアナを押しているアイドルオタクの皆さんなら、気になるのかもしれないけど。
生憎と俺はファンと言うわけでもない。
「そうしておいて。私も気に入ったマネージャーをこの手で殺したくたくは無いからね」
「そうですかい」
というか、ここまで家が綺麗なのは想像してなかったな。
もっと散らかってるもんかと思ってた。
いや、今まで貫井さんが掃除をしてたから綺麗なのか。
「そうですよ。それじゃあ、掃除……は大体片付いてるからしなくていいし。夕飯を作ってもらってもいいかしら?」
「それはマネージャーとしての仕事の一環か?」
「そうでしょ。担当アイドルの食生活の管理は業務の一環じゃない?」
「それもそうか。じゃあ、何か食べたいものとかある?」
と言っても、今日は何も買い物とかはしてきてないから冷蔵庫にある食材で作れるものに限られるわけだけど。
これで冷蔵庫の中身が空だったら買い出しから始める羽目になるのかな。
だとしたら嫌だな~。
「何でもいいよ。美味しかったらね」
「そう言う回答が一番困るって知らないか?」
何かをするときでもそうだけど、何でもいいって言う回答が一番困ると母さんが言っていた。
その気持ちが今、痛い程にわかった。
何でもいいと言われると何を選んで良いかわからなくなるものだ。
せめて、何系が良いとかの系統を答えてくれたら作りやすいんだが。
「知らないね。それくらい凪が自分で考えて」
「……はぁ」
本当にこの我儘アイドル様には困ったものだ。
貫井さんもこんなようなことを毎回言われていたのだろうか?
もし、そうだとしたらよくここまで耐えたと心の底から賞賛を送りたい。
「そう言うわけで任せたわ。私、部屋で着替えてくるから」
「へいへい」
「言っておくけど、覗いたら殺すから」
「覗かねぇ~よ」
「それはそれでなんだか私に魅力がないみたいでムカつくわね」
「なんて答えるのが正解なんだよ」
全く持って理不尽だ。
だが、こんな事に不平不満を漏らしたところで状況は改善しないか。
「……冷蔵庫にはそれなりに食材が入ってるんだな」
これまで貫井さんがちゃんと買い物をしてきた証だろう。
今まで本当にご苦労様でした。
「それに、キッチンの設備もそれなりに整ってるし」
IHコンロに電子レンジ。
それなりに新しい炊飯器にフライパンや鍋などの調理器具一式。
「使わないのにこんなに良い物を取りそろえるなんて。無駄使いにもほどがあるんじゃないか?」
こういう道具は使ってこそ価値を発揮する。
使わなかったらただの場所をとる高い置物でしかない。
「はぁ。何でもいいって言ってたし。適当に何か作るか」
いや、待てよ?
何でもいいという事は本当に何でもいいのだろうか?
こういう時にインスタント食品……例えばカップラーメンなどを出したらあの生意気ドS腹黒アイドルはどういう顔をするのだろうか。
「ヤバい。無性に気になってきた」
一度気になったら試さないと気が済まない俺にとってこの問題は見過ごすことのできないものだった。
「よし、やってみるか」
幸い、キッチンにある棚を漁っていたら大量のカップラーメンがあったわけだしな。
これで、怒られたらなんでもいいって言ったリアナのせいにしよう。
うん。それが良いな。
そうと決まればさっそくカップラーメンを作ろうじゃないか。
お湯を沸かしてしばらくの間待つ。
待っている間にリアナは着替え終えたようで部屋からリビングで出てくる。
最近は少し肌寒くなってきているから、灰色の長ズボンに少し大きなサイズの黒パーカーを羽織っていた。
「……凪、何作ってるの?」
「見ての通りカップラーメンだが?」
「いや、なんでよ。担当アイドルの健康管理のために夕飯を作りに来たんでしょ」
「それはそうかもしれないけど。リアナがなんでもいいって言うからさ」
だってしょうがないじゃん? 興味が湧いちゃったんだもん。
これは俺悪くないよね。
うん。絶対に悪くない。
「……アンタマジか。普通何でもいいって言われてカップラーメン作る奴がいるか?」
「ここに居たな。新発見だ」
「……殴りたい。殴っていい?」
「パワハラで訴えるぞ?」
「……はぁ。もういいや。今日はカップラーメンで」
諦めたかのようにため息をついてから、振り上げていた拳を降ろす。
こいつ、本当に殴る気だったな。
なんて奴なんだ。
「作ってもらってなんて反応だ。撤回を要請するぞ」
「はいはい。ごめんなさ~い」
「適当な謝罪だな。ま、良いけどさ」
適当に謝るリアナを横目に俺は沸騰したお湯をカップラーメンの容器に注いで三分間のタイマーを作動させる。
「ねえ、凪はさ、なんで私のことを特別視しないの?」
「して欲しいのか?」
「そう言うわけじゃないけどさ。今まで会った人はみんな私のことをちゃんと見てはくれなかったから」
「そうかい。今までの人間はどうだか知らないけど、俺はお前がアイドルだろうと犯罪者だろうと対応を買えるつもりはないぞ?」
「……どうして?」
「簡単だ。俺は金がもらえるのであれば大抵なんだってやる。それだけだよ」
アイドルの世話をすることも、犯罪者の監視をすることも俺にとってはそこまで変わりがない。
ちゃんと同じ額の報酬がもらえるのであればなんだって構わない。
「凪って守銭奴?」
「かもな。父が蒸発したから俺が稼がないといけないんだよ」
「……そっか」
「別に気にしちゃいないよ。だからそんな気不味そうな顔すんなよ」
リアナは気まずそうに顔を伏せていた。
全くドSなのか気遣いが出来るのか。
判断しかねるな。
「ごめん」
「良いって。早くカップラーメン食べて今日は休もう。俺も疲れたし」
「うん」
やけに素直だな。
こういう所もちぐはぐだ。
でも、少しはこいつのことを知れた気がする。
それだけで収穫とするか。




