第6話 リアナの可愛らしい嫉妬
「このお弁当、凄く美味しい」
「そりゃ、良かったよ」
「え? このお弁当凪が作ったの?」
「ああ。俺の家は母親が忙しくて基本的に家事は俺がやってるんだ」
「へぇ~そうなんだ。もしかして複雑な家庭環境ってやつ?」
「まあ、そうだな。普通の家庭と比べたら複雑かもな」
あれから三時間ほど眠ったリアナは満足したのか目を覚ました。
ちょうどお昼休みの時間だったからリアナは自分の荷物を教室から持ってきて朝俺が渡した弁当を食べているのだ。
こんな風に自分の作った弁当を褒められて悪い気はしないな。
どうせ作るなら美味しいと思ってもらった方がいいし。
まあ、これ俺の弁当だったわけだけど。
こんなに美味しそうに食べてくれるんなら渡した甲斐があったってもんだ。
「凪は食べないの?」
「それ俺の弁当なの忘れてる?」
「……あ」
どうやら、忘れてたみたいだな。
まあ、別に良いけど。
飯くらい三日食わなくても死ぬことはないし。
最悪、コンビニで簡易栄養食でも買えばいい。
だから何も問題はない。
「なんかごめん」
「別にいいさ。そこまで美味しそうに食べてくれるんなら全然良い」
「でも、お腹すかない? 食べ盛りの男子高校生でしょ?」
「そこまで。元々大食いってわけもないしね」
家庭の事情的にそこまでいっぱいご飯を食べれる環境になかったから、お腹が減ってる環境に慣れてしまったというのもあるかもしれない。
「なんだか、大変だったんだね」
「まあな。でも、お前程大変ってわけでもないさ」
「私が大変?」
「違うのか? 小さいころから業界にいるってことは大人に囲まれて生きてきたって事だろ? 気苦労が絶えなさそうじゃないか」
「ん~。言われてみればそうかも。こんな風に何も気兼ねせずに話せる相手は凪が初めてかもね」
「そうなのか? 同じグループのメンバーとかとは話せないのか?」
俺の記憶が正しければ、リアナの所属しているグループは五人いたはず。
リアナを除いたら四人は居るはずだけど。
「アイドルグループが全員仲がいいなんて思わない方がいいよ。実際仲睦ましいアイドルグループの方が少ないと思うし」
「そうなのか。……本当にアイドルって大変なんだな」
「まあね。でも、そういう環境を選んだのは私だから。それに後悔とかはしてないし」
「ならいいが。俺でよければ話くらいはいつでも聞くから遠慮せず話してくれ」
メンタルのケアもマネージャーの大切な仕事だろう。
というか、貫井さんや社長にはそこを期待されている気がするし。
そうじゃなかったらなんの経験もない高校生のガキなんかをマネージャーとして雇わないだろうし。
子供の悩みは子供しかわからないってのもあるし。
そうであるなら、俺は自分に与えられた仕事を全力でこなすまでだ。
「ありがと。やっぱり君をマネージャーにした私の目は間違ってなかったみたい」
「そう言ってもらえて光栄だ。それで? そろそろ昼休みも終わるけど行くのか? 事務所に」
「そうだね。行こうか。いつまでもここにいても暇だしさ」
「わかった。車はもう呼んでるんだよな?」
「うん。そろそろ校門付近に来るらしいよ。移動しよ」
「了解だ。じゃ、荷物持っていくか」
リアナが先に屋上から出て行く。
俺もそれに続くのだが、一つふと思ったことがある。
彼女はちぐはぐだ。
性格も立ち振る舞いも。
全てが全部ちぐはぐなんだ。
歪でどこかおかしい。
表はアイドルとして振舞い、裏ではドSとして傍若無人に振舞っている。
こんな事、普通の高校一年生が出来るわけじゃない。
「もしかしたら、相当精神的な負荷がかかってるのかもしれないな」
それをケアするのが目下俺の目標ってわけだな。
そのためにもちゃんと心を開いてもらわないといけない。
「ふぅ、案外めんどくさい仕事を引き受けたみたいだ。ま、給料分は働かないとな」
俺の目標はそもそも母さんと渚が楽して暮らせるようにすることだ。
そのためにも、今のマネージャー業をクビになるわけにはいかない。
「さて、気張って行きますか」
◇
「お疲れ様。海原君。どうだい? リアナとはうまくやれそうかい?」
「どうでしょう。まだあまり関われていないのでなんとも言えません。ですが、努力は惜しまないつもりです」
「そうかそうか。私は君に期待しているよ。頑張ってくれたまえ」
「はい。あと、これ契約書です。保護者欄に記入も済ませていますのでよろしくお願いします」
昨日、母さんに書いてもらった契約書を社長に渡す。
これで正式に俺はこの会社のマネージャーという事になるし。
来月からは三十万の給料ももらえる。
これで二人に楽をさせてあげることが出来る。
「ありがとう。じゃあ、海原君はレッスンルームに行くと良い。ちょうどリアナがレッスンを受けているだろうから見学をしてくると良いよ」
「わかりました。では、失礼します」
ダンスレッスンか。どんなことをしているか想像できないけど、きっと大変なんだろうな。
「見に行けばわかる事か。理解を深めるって言うのも大事な業務の一環だしな」
これは俺にとってメリットのある行為だ。
であるならば、それをすることに何も異論はない。
俺が考えるべきことは損得。それだけはなにがあっても忘れないようにしなければ。
「失礼します」
「……凪。社長と話してたんじゃないの?」
「ああ。もう終わったからここに来てみればいいんじゃないかって社長に言われてな。こうしてきたわけだ」
「へぇ~。なんかレッスンしてるところを誰かに見られるのって辺な気分だね」
「君が噂のリアナの新しいマネージャーさんかな?」
「はい。初めまして。海原凪と言います」
俺に声をかけてきたのは、優しそうな顔をした少し年上に見える綺麗な女性だった。ここにいるってことはこの人がコーチなのか?
にしては、凄く若く見えるけど。
茶色の短めな髪におっとりとした赤色の瞳。
リアナと比べるとやや高めの身長にスラっと引き締まった肢体。
凄く仕事が出来るお姉さんって感じだな。
「ご丁寧にどうも。私はここのダンスコーチをしている山内 雫です。これかららよろしくね。凪くん」
「こちらこそよろしくおねがいします」
山内さんはニッコリと笑みを浮かべながら、手を差し伸べてくる。
それにこたえて握手をする。
「うん。いいね君。それじゃあ、見学するならそこでゆっくり見ていくと良いよ。今日は他の子はこないし。ゆったりして行きな」
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらいます」
レッスン場の隅っこで適当に座りながら、俺は再開されたダンスレッスンを眺める。
初めて見るけど、本当にすごいと思う。
素人目から見ても本当に動きにキレがあって、華やかで。
見ている人間を虜にするかのような魅力があった。
アイドルに熱中する人間がいるのも理解が出来る。
そんな光景だった。
「凄いな」
素直にそう思う。
思わず、口からそんな言葉があふれ出るくらいには感心している。
最近調べたけどドーム公演と言うのはアイドルにとっては夢の舞台らしい。
そんなステージに立てるほどの能力があるんだなと、目に見えてわかった。
「凄いよね。うちのセンターはさ」
「……あなたは?」
「初めまして~。私はリアナちゃんと同じアイドルグループに所属してる伏見 鏡花っていいます」
「初めまして。俺はリアナの新しいマネージャーになった海原凪と言います。よろしくお願いします」
「へぇ~あなたが噂のマネージャーさんか~。若いね? 何歳なの?」
「十八歳です。マネージャーと言っても、リアナの精神的なケアを主に任されてるだけですけどね」
現にスケジュールの管理などは今でも貫井さんがやっているし。
スケジュールの管理なんてめんどくさそうな仕事をしなくても三十万がもらえるんならそれでいい。
仕事は少ないに越したことはないしな。
「それでも凄いですよ。リアナちゃんは気難しくて今まで何人もマネージャーさんが変わってるんですから」
「そうなのか?」
「はい。貫井さんが一番長かったと思いますよ。だから、リアナちゃんの直々の指名なんて誇ってもいいくらいです」
「へぇ~。じゃあ、胸を張っておこうかな」
そこまで気難しいか?
いや、あれは気難しいな。
気難しいというか、極端が過ぎる。
何を考えてるかわからないってのもあるし。
「ええ。そうしてください」
言いながら、ニコリと笑う彼女はリアナとは違う可愛さをもった女の子だった。
新緑の長髪をハーフアップにしていて、大人のお姉さんと言った印象を受ける。
瞳も髪と同じ新緑色で知的に見える。
いや、実際に頭は良いのかもしれないけど。
関わる時間が短いからそこまでは判断できない。
「ちょっと鏡花! 私の凪と何話してるの!」
「私のって、リアナちゃんの所有物じゃないでしょ。全くもう」
「そんなの良いから離れて。凪はわたしのものだから」
「……はぁ。分かったよ。ごめんね凪くん。じゃ、また今度ね」
「はい。また」
リアナに怒られた伏見さんは肩を落としながら部屋から出て行った。
あんな言い方をしなくてもいいと思うんだが。
あんな風な事ばかりしているとグループ内で無駄な軋轢が生まれてしまう。
「凪、あなた私のマネージャーの癖に何他の子と話してるのよ」
「別に誰と話してても俺の勝手じゃないか?」
「そんなことない。私のマネージャーなんだから私のいう事を聞きなさい」
「理不尽な。まあ、わかったよ。気を付ける」
なんでそんなことを言って来るのか理解はできなかったけど。
ここは素直に従っておく方が業務を優先するうえでは楽そうだな。
「わかればいいのよ。あと、今日のレッスンは終わったからもう帰るわよ」
「もういいのか?」
「ええ。もともと、今日はそんなにがっつりやる予定でもなかったしね。と言うわけで凪くんとリアナは帰って大丈夫よ」
「わかりました。それでは失礼します。山内さん」
「ありがとうございました。コーチ」
こうして俺達は事務所を後にした。
このまま俺はリアナを家に送って解散になる物だと思ってたけど。
どうやらそうはならないらしい。
「……これ事務所的に大丈夫なんですか?」
「ええ。というか、私の方からお願いしたいです。昔は私がリアナの家事などをやっていたのですけど。マネージャーがあなたになったのでそちらもお願いします」
「聞いてないですけど。分かりました。そう言う事であれば」
「無いとは思いますが、手を出したら首じゃ済みませんからね?」
「わかってますよ」
貫井さんに電話で釘を刺されたけど、鼻から俺はそんなことをするつもりはない。
ここでリアナに手を出すことに一切のメリットを感じない。
非合理的にもほどがある。
「はぁ、まさかこの年で初めて女の子の家に来ることになるとはな」
しかも国民的アイドルと言われるリアナの。
全く、なんでこうなったのか。
「なにポカンとしてるの? 早く来て凪」
「はいはい。今行きますよ」
リアナの家は一軒家だけど、ものすごく大きくて。
豪邸だな~っとそう思わせるくらいには敷地が広かった。
アイドルって儲かるんだなとか現金な事を考える俺の脳みそは悪くないと思う。




