第81話 言葉になる前に
「呼んできて」
先生の声に、澪は小さく頷いて立ち上がった。板戸が開き、外の空気が一瞬だけ流れ込む。
しばらくして、零司、楓、瑠奈が戻ってきた。三人とも、何を話されたのか分からない不安を隠しきれない顔をしていた。零司は先生と目が合うと、すぐに視線を逸らした。
四人が壁際に並んで座る。先生はその一人ひとりを、順に見た。
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講義室の風景が、頭の奥をよぎった。後ろの席で俯きがちにノートを取っていた零司。真面目に前を向いていた楓。よく発言していた澪。隣の友人と小声で話していた瑠奈。
あの頃と、今目の前にいる姿の間には、埋めがたい距離があった。
彼らはもう子供ではない。大学に通う、一人前の学生だ。自分で選び、自分で決める年齢の人間として扱うべきだと、頭では分かっていた。何を選ぼうと、それは彼ら自身の意志だ。踏み込みすぎてはいけない。
けれど、高校の教壇に立っていた頃の記憶が、その考えに割り込んでくる。まだ制服を着ていた彼らの顔。まだ庇護すべき生徒だという感覚が、簡単には消えてくれなかった。
どちらの立場で、今の話を受け止めればいいのか。先生は自分の中で、答えを見つけられずにいた。
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老いない身体。記憶の空白。零司の職業。その力になるために、三人が選んだ道。
聞いたときにはただ驚くしかなかった事実が、時間差でじわりと染みてくる。良いとも、悪いとも言い切れない。そう判断すること自体が、教師としても、一人の大人としても、正しいのかどうかも分からなかった。
何か言おうとして、先生は口を開きかけた。しかし言葉になる前に、また閉じた。それを、何度か繰り返した。
視線が、四人の顔を順になぞる。
澪の強張った肩。楓の膝の上で固く組まれた指。瑠奈の、いつもより小さく見える背中。
そして、零司。
視線がそこで、少しだけ長く止まった。零司は俯いたまま、顔を上げなかった。
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「ここまで、よく……」
言いかけて、先生はその先を飲み込んだ。何と続けるべきか、自分でも分からなかった。
代わりに、静かに目を伏せた。長く、深く息を吐く。
四人は何も言わず、先生の反応を窺っていた。板戸の隙間から、外の暗さが薄れ始めているのが見えた。夜はまだ深いが、確実に時間は進んでいた。
先生は目を開け、もう一度四人を見た。まだ言葉は出てこなかった。




