第75話 一人のためじゃない
セリオンが戻りましょうと言った。
澪は動かなかった。
「先生をどうするつもりですか」
セリオンが澪を見た。
「……誰のことですか」
「塔の最上階にいた女性です」
セリオンは少し間を置いた。
「ああ、増幅適性者のことですか」
その言い方が、澪の胸に刺さった。名前も知らなかった。どんな人間かも関係なかった。ただ増幅適性者という役割だけが、セリオンにとっての全てだった。
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「あの者は増幅適性者です」
セリオンは淡々と続けた。
「召喚の効率を格段に上げる、非常に稀な存在です。そう簡単には見つかりません。手放すつもりはありません」
「あの人は私たちの先生です」
澪が言った。感情を抑えていた。でも声が少し震えた。
「……それが何か」
セリオンの言葉は静かだった。責めていなかった。ただ、事実として答えていた。
澪は唇を噛んだ。
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「先生を返してください」
楓が言った。声が震えていた。でも目は真っ直ぐセリオンを見ていた。
「あの方がここにいる理由はありません。私たちが連れて帰ります」
セリオンは楓を見た。何も言わなかった。
「あの人はずっとあそこにいたんでしょ」
瑠奈が前に出た。
「どのくらいの時間、あそこにいたの。それでもまだ続けるつもりなの」
「世界が続く限り、そうあり続けます」
セリオンの声は変わらなかった。
「星脈機関が止まれば魔法が失われます。魔道具が動かなくなります。人々の生活が崩壊します。一人のために、それを止めることはできません」
「一人のためじゃない」
澪が言った。
「あそこにいた人たち全員のためです。私たちのためでもある」
セリオンは澪を見た。少しの間、沈黙が続いた。
「あなたたちの気持ちは理解します」
セリオンが言った。
「でも世界の維持と、一人の命を天秤にかけることはできません。それが私の役割です」
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通路に沈黙が落ちた。
セリオンは動かなかった。四人の前に静かに立ちはだかっていた。怒りも動揺もなかった。ただ管理者として、世界を維持するために立っていた。
四人も動かなかった。
「私たちは引きません」
澪が言った。
「……そうですか」
セリオンが答えた。
零司が一歩前に出た。




