第74話 善でも悪でもありません
セリオンは動かなかった。
警報がまだ鳴っていた。でもセリオンは急がなかった。四人を見たまま、ただそこに立っていた。
零司はセリオンを見た。逃げる方向を探した。でも通路の先はセリオンが塞いでいた。後ろへ戻っても、追っ手が来るだけだった。
セリオンが口を開いた。
「少し、お話しましょう」
「星脈機関は太古の賢者たちが作りました」
セリオンの声は静かだった。感情がなかった。
「世界を豊かにするために。大地の魔力を汲み上げ、国土全域へ安定供給する。それが星脈機関の役割でした。魔法が使えるのも、魔道具が動くのも、すべて星脈機関が魔力を循環させているからです」
零司は黙って聞いていた。
「しかし長い年月の中で劣化しました。魔力が漏れ出し、魔物が生まれ、ダンジョンが形成された。星脈機関が止まれば、この世界の魔法は失われます。魔道具も動かなくなる。人々の生活を支えているすべてが、星脈機関の上に成り立っています」
「だから召喚者が必要だった」
零司が言った。
「星脈機関を動かし続けるには、召喚者の力が必要でした。そのために召喚システムが作られました」
セリオンは淡々と続けた。
「異世界から呼び寄せた者たちにダンジョンで力を蓄えさせ、その力を星脈機関へ供給する。召喚者は老いない。子供を残せない。この世界に完全には受け入れられていない。だからこそ、長い時間をかけて消費することができる」
澪が口を開いた。
「それが、世界を維持するための最適解だと」
「そうです」
セリオンは澪を見た。
「善でも悪でもありません。ただ世界が続くように、最適解を選び続けてきただけです」
「召喚者を消費することだとしても」
零司が言った。
「……そうです」
一瞬だけ、セリオンの声のトーンが変わった気がした。でもすぐに元に戻った。
「五十嵐理香は、通常の召喚者とは違います」
セリオンが続けた。
「増幅適性者。召喚者の中でも極めて稀な資質を持つ者です。彼女自身は本来、消耗されない。星脈を通す導体として機能するだけで、力を失うことはないはずでした」
楓が息を呑んだ。
「でも、先生は……」
「適性が高すぎました」
セリオンの声に、初めてかすかな翳りが混じった。
「本来より高い出力で、繰り返し運用してきた結果です。摩耗しないはずの導体に、負荷が蓄積していった。それさえも、私にとっては誤差の範囲でしかありませんでした」
零司の頭の中で、光の膜の前で見た数値と、先生自身が語った言葉が繋がった。
あれは、本来起きるはずのないことだった。それでも先生は、ずっとそこにいた。
「星脈機関はもはや意思を持っています。自らを維持するために最適解を計算し続ける。私はその管理者に過ぎません」
楓が小さく聞いた。
「セリオンさんは、ずっとそれをしてきたんですか」
セリオンは楓を見た。
答えなかった。
でも一瞬だけ、フードの下の表情が動いた。怒りでも悲しみでもなかった。何と表現すればいいか分からない、長い年月を背負った者だけが持つような、かすかな何かだった。
すぐに消えた。
「さあ、戻りましょう」
セリオンが前を向いた。
「あなたたちにはまだ役割があります」
「……断ったら」
零司が言った。
セリオンは答えなかった。ただ四人を見た。逃げ場がないことを知っている目だった。




