第67話 絶対に、帰るのよ
零司は扉の方を向いたまま、先生の声を聞いていた。
楓がもう一度鑑定を発動した。
「先生の状態、かなり深刻です。生命力も魔力も……かなり下がっています」
澪が光の膜を見つめたまま言った。
「助け出す方法を考えないと」
「このままにはできない」
零司が言った。
誰も否定しなかった。
⸻
楓が鑑定で術式の全容を把握しようとした。でも光が強すぎて、断片的な情報しか返ってこなかった。
「術式が複雑すぎて……全部は見えないです」
瑠奈が杖を向けて魔力の流れを確認した。
「繋がりが多すぎる。どこを切ればいいか分からない」
澪が結界を展開して術式を遮断しようとした。光の膜がわずかに揺れたが、すぐに元に戻った。
「効果がない」
足音が下から聞こえてきた。追っ手が昇ってきていた。時間がなかった。
零司は歯を食いしばった。方法が分からなかった。このまま動けないまま追い詰められるのか。
⸻
「……監視、だけなら」
先生の声がした。
「先生?」
零司が振り返った。
先生の目が、さっきより少し開いていた。
「少しの間だけ……止められるかもしれない」
「どういうことですか」
楓が先生に近づいた。
「ここを通る術式を……逆に使えば。監視の信号だけなら、少しの間、遮断できるかもしれない」
「でも先生の体が」
楓の声が震えた。
「大丈夫」
先生の声は穏やかだった。
「学生のためなら……それくらいは」
⸻
誰も言葉を出さなかった。
楓が先生の名前を呼ぼうとして、声が詰まった。目が潤んでいた。澪が唇を噛んでいた。瑠奈が零司を見た。
零司は先生を見た。
光の中で、先生は静かにこちらを見ていた。意識が保てているのか、保てていないのか、もう分からなかった。それでも目だけが、はっきりとこちらを向いていた。
他に方法がなかった。
「……お願いします、先生」
零司が言った。
先生の口元が、かすかに緩んだ。
「行きなさい」
少し間があった。
「絶対に、帰るのよ」




