第66話 目立たないけど、ちゃんと見ている子だった
誰かの声がした。
遠かった。でも聞こえた。意識を向けようとした。重かった。水の中にいるような感覚だった。
声が続いていた。自分を呼んでいた。
先生、と聞こえた気がした。
学生の声だ、と思った。どの学生かは分からなかった。でも学生だということは分かった。意識を保とうとした。すぐに遠くなりそうになった。
講義室の景色が浮かんできた。
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蛍光灯の白い光。並んだ席。ノートを広げている学生、スマートフォンを触っている学生、居眠りしている学生。賑やかな声、質問してくる声、笑い声。
いろいろな顔が浮かんでは消えた。
一ノ瀬の顔が浮かんだ。いつも真面目に本を読んでいた。図書委員だったか。静かな子だった。
二階堂の顔が浮かんだ。高校時代は委員長として皆をまとめていた。大学では真面目に講義を受けていた。前の方の席に座っていた気がした。
三上の顔が浮かんだ。講義中はあまり話さなかった。でも時折、鋭い観察眼を感じさせる発言をしていた。あの子の目は、いつも何かを見ていた。
顔が浮かんでは消えた。また別の顔が浮かんだ。
その中で、ふと一人の学生の顔が残った。
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いつも後ろの方の席に座っていた。目立たなかった。発言もほとんどしなかった。でも講義中、ずっと何かを考えているような目をしていた。
名前を思い出そうとした。
九十九くん、だったかな。
一度だけ、目が合ったことがあった。何かを見透かすような目だった。この子は、ちゃんと見ているんだなと思った記憶があった。目立たないけど、ちゃんと見ている子だった。
どうしてその記憶だけが残っているのか、自分でも分からなかった。
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意識が遠くなるたびに、学生たちの顔が浮かんだ。
ここに繋がれてから、どのくらいの時間が経ったのか分からなかった。時間の感覚がなかった。意識が保てない時間の方が、ずっと長かった。
それでも意識が戻るたびに、講義室の景色が浮かんだ。学生たちの顔が浮かんだ。その記憶だけが、自分がここにいる理由を思い出させてくれた気がした。
特に、あの静かな目をした学生の顔が。
なぜかは分からなかった。でもその記憶だけが、ずっと残っていた。
声がまた聞こえた。先生、と呼んでいた。
意識を向けた。今度は、少し近かった。
学生たちが来てくれた。その事実だけが、今の意識を保つ力になっていた。
何かをしなければ、という気持ちが、かすかに芽生え始めていた。




