第05話 回想(その1)
今日も一人でダンジョンへ向かう。
石造りの階段を降りながら、頭の中では別のことを考えていた。
魔物を斬り伏せると、視界に淡い光が走る。
レベル10。
ついに到達した。だが剣を鞘に収めながら、達成感らしきものは何も湧いてこなかった。皆が必死に目指していた数字だ。俺の場合は、まだ通過点にすぎない。
剣を握り直し、次の気配へ意識を向ける。
いつの間にか、それが日常になっていた。
そしてふと、召喚された日のことを思い出す。
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目を開けたとき、そこはもう講義室ではなかった。
光の中だった。足元が妙に冷たい。違和感を覚えて視線を落とし――思考が止まる。
服がない。
慌てて周囲を見ようとした瞬間、後ろから何かを被せられた。反射的に掴む。厚手のローブだった。
どこかで悲鳴が上がる。俺だけではないらしい。誰かが光の中を動き回り、ローブを配っているようだった。急いで袖を通し、前を閉じる。
その直後、光が消えた。
目の前に広がっていたのは、巨大な神殿だった。足元には巨大な魔法陣。周囲には神官服姿の者たちが立っている。俺の周囲では学生たちが、倒れ込むように立っていた。
混乱と悲鳴。何が起きたのか理解できないまま、空間だけが静かに揺れていた。
神官たちが一斉に祭壇の方を向く。
「ようこそいらっしゃいました、セリオン様」
厳かな声が神殿に響いた。
祭壇の中央に、一人の女性が姿を現す。豪華な神官服。フードを目深に被り、その顔は口元しか見えない。それだけで、周囲の神官たちとは格が違うことが分かった。
女性はゆっくりと俺たちを見渡した。
「私はこの神殿の責任者、セリオンです。ようこそ異世界の方々――聖王国ルクシアへ」
静かな声だった。だが不思議と、神殿全体に響き渡る。
セリオンの視線が魔法陣の中を流れ、五十嵐先生のところで止まった。わずかに口元が緩む。
――セリオンの脳裏を、そんな言葉がよぎっていた。
今回の召喚は当たりだったわね。
あふれ出る聖なる魔力。
穢れのない魂。
いつ以来かしら。この世界の魔力にここまで適合する者は……
その視線は明らかに、他の学生を見るものとは違っていた。
「五十嵐先生!」
誰かが叫んだ。二人の神官が先生の両脇につき、セリオンの隣へ連れて行こうとしていた。
「彼女には別の場所で待機してもらいます」セリオンは静かに続ける。「皆さんが我々の指示に従う限り、彼女の安全は保証されます」
誰かが駆け出そうとした。周囲に止められる。
その時、先生が振り返った。困ったように、少しだけ笑う。
「大丈夫よ。皆も――」
言葉の途中で光が溢れた。次の瞬間、先生とセリオンの姿は消えていた。
何が"大丈夫"なのか。どう考えても人質だろ。
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その後のことは、大まかにしか覚えていない。
召喚されたのだと説明された。この世界は魔物に満ちていること。特別な力を持つ者たちに、魔物を討伐してほしいこと。
説明の途中、女子学生の一人が手を挙げた。
「すみません。私のピアスがなくなっているんですけど……」
「申し訳ありません。召喚の際、皆様の世界の物品をこちらへ呼び寄せることはできません」
部屋がざわつく。
「スマホは?」「財布もないんだけど」「コンタクトレンズもないみたい……」
俺は自分の手を見た。確かに何も持っていない。文字通り、身1つだった。
「皆様には召喚の際、《世界適応の加護》が与えられています。言語の理解、この世界の環境への適応、魔力への順応を補助する加護です」
当時はよく分からなかった。だが今思えば、文字が読めることも言葉が通じることも、本来ならおかしい話だった。
レベル。スキル。ダンジョン。ゲームの中のような単語が次々と並ぶ。現実感が追いつかないまま、説明だけが進んでいく。
またそんなことを考えてしまった。召喚された日にも思ったことだ。ゲームの制作者は異世界から帰ってきた人間なんじゃないか、と。
もちろん、その時は知るはずもなかった。この世界の仕組みが、俺たちの想像以上に作り込まれていることを。
「帰せ」「ふざけるな」
誰かが叫んだ。だが神官たちは静かに続ける。
「安心してください。待遇は保証されています」
食事。住居。安全な拠点。そしてレベル制度による成長。
本当にゲームのような説明だった。混乱の中でも、一部の学生たちは現実を受け入れ始めていた。
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魔物を斬り伏せる。現実へ意識を戻す。
あの日からずっと、何かがおかしいと思っていた。レベル10になれば分かると思っていた。けれど疑問は増えるばかりだった。
剣を握ったまま、俺はもう一度あの日の光景を思い返していた。




