第03話 一ノ瀬楓(その2)
その日も、私たちはダンジョンへ向かった。
薄暗い石造りの通路。湿った空気と、遠くから響く魔物の唸り声。何度来ても、足が少しだけ重くなる。
それでも、もう逃げることはできなかった。
「行こう、一ノ瀬さん」
二階堂さんの声に頷く。三上さんも小さく頷いた。
戦闘はいつも通りだった。魔物が現れるたびに手が震える。それでも前に出るしかない。叫び声が響き、剣と魔法が交錯する。気づけば、それが日常になりつつあった。
そして――。
視界に淡い光が走った。
一ノ瀬楓
レベル:5
スキル欄に新しい項目が追加されていた。レベル5に到達したことで、職業固有スキルを取得できるようになったらしい。並んだ候補の中で、1つのスキルに目が留まった。
『鑑定』
なんとなく気になって、取得する。恐る恐る発動してみた。
視界に情報が重なるように浮かび上がる。
二階堂澪
レベル:5
職業:聖女
状態:正常
三上瑠奈
レベル:5
職業:大魔道士
状態:正常
さらにその下には、能力値やスキルの一覧まで表示されていた。
息が止まりそうになった。
二階堂さんは力も魔力も高い。治癒系のスキルも複数習得している。三上さんは圧倒的な魔力を持ち、攻撃魔法もすでに覚えていた。二人とも私より先にレベル5へ到達し、職業固有スキルを取得していた。
だけど――それより気になることがあった。
まるで他人の日記を勝手に読んでしまったような感覚だった。これはただの便利なスキルじゃない。人を丸裸にしてしまう力だ。
「どうしたの、一ノ瀬さん」
二階堂さんが覗き込んでくる。
「な、なんでもない」
視線を逸らしながら答える。
「なんでも話してよ」二階堂さんは笑った。「私たち、もう仲間じゃない。友達でしょ?」
友達。
その言葉を聞いた瞬間、喉の奥が少しだけ詰まった。
話すべきか、話さないべきか。このスキルのことを知られたら、二人はどう思うだろう。気味悪いと感じるだろうか。怖いと思うだろうか。うまく笑えているか自信がなかった。
私は小さく息を吸って、口を開いた。
話を聞き終えた二階堂さんは少し考え込む。
「そのスキル、便利だけど危険かもしれないね。能力やスキルが全部見えるなら、人間関係まで変わっちゃうかもしれない。しばらくは秘密にしておいた方がいいと思う」
私も頷いた。
その時だった。
「えっ」三上さんが目を丸くする。「じゃあ私の秘密まで見えちゃうの?」
「秘密?」
「例えば好きな食べ物とか」
真顔だった。
二階堂さんが吹き出す。「そんなわけないでしょ。見えるのはステータスとかスキルでしょ」
「あ……そっか」
三上さんは胸に手を当てた。その様子がおかしくて、私も声が漏れた。
この世界へ来てから、こんな風に笑ったのは初めてかもしれなかった。
二階堂さんがこちらを向く。
「そうだ、一ノ瀬さん――ううん、楓。もう友達なんだから、名前で呼んでよ」
「え……」
「私も」三上さんが小さく頷く。
少し緊張しながら、口を開いた。
「……澪さん」
「うん」
「……瑠奈さん」
「うん!」
二人とも笑っていた。
私は眼鏡の位置を直しながら、もう一度だけ小さく笑った。




