第32話 絶対ですよ
二階堂たちと別れてから、一ノ瀬は一人で商店街を歩いていた。
ルーヴェ村より店の数が多く、行き交う人の数も多かった。食堂から漏れる匂いと話し声が混ざり合って、夕方の通りに広がっていた。
ふと、前に見覚えのある後ろ姿があった。
少しの間そのまま歩いてから、声をかけた。
「何をしてるんですか」
九十九が振り返った。
「まあ、ぶらぶらと。一ノ瀬さんは」
「古書を扱っている道具屋を見つけたんです。よかったら一緒に行きませんか」
⸻
並んで歩いた。会話はすぐには続かなかった。石畳を踏む音と、周囲の喧騒だけが二人の間にあった。
一ノ瀬が口を開いた。
「えっと、その……スキル、大丈夫ですか」
「まあなんとかな。一ノ瀬さん、あまり無理しなくて大丈夫だから」
一ノ瀬は少し間を置いた。
「……うん。でも何かあったら言ってください」
「わかった」
「絶対ですよ」
最後の言葉だけ、少し強かった。九十九は前を向いたまま頷いた。
⸻
道具屋は商店街の少し奥まった場所にあった。古びた木の扉を押すと、紙と埃の匂いがした。棚に本や小物が並んでいて、奥の方に古書のコーナーがあった。
一ノ瀬が古書の棚へ向かった瞬間、表情が変わった。
「これ、この地方の古い記録じゃないですか。それにこっちは神話体系の一次資料で……あ、これ見てください、挿絵の様式がかなり古くて」
いつもの一ノ瀬ではなかった。言葉が止まらなかった。棚から本を取り出しては開いて、また別の本へ手を伸ばした。
九十九はその横顔を見ていた。眼鏡の奥の目が、真剣だった。普段とは別の顔だった。
少し戸惑って、視線を棚の方へ移した。歴史と地理の棚を探して、この地方の地理に関する本を一冊手に取った。
「そんな本買うんですね」
一ノ瀬がいつの間にか隣に来ていた。
「まあ、気になって」
「……私も読みたいです。読み終わったら貸してもらえますか」
「いいよ」
一ノ瀬は数冊古書を抱えてから、九十九の手元の本をもう一度見た。それから自分の本に視線を戻した。
⸻
道具屋を出て、宿屋へ向かった。
行きより会話が少なかった。お互い買った本を抱えたまま、石畳を歩いた。何か言おうとして、言葉が出てこないまま宿屋の前に着いた。
一ノ瀬が立ち止まった。
「困ったら何でも言ってください」
「わかった」
「……おやすみなさい」
「おやすみ」
一ノ瀬が宿屋の扉を開けて中へ入った。扉が閉まった。
九十九も続いて中へ入ろうとした。
その時、通りの向こうに人影があった。数人の男子学生だった。こちらを見ていた。九十九が気づく前に、人混みに紛れて消えた。




