第21話 指先が冷たかった
どうしてこんなことになったのだろうか。
足音が石畳に響いた。息が上がっていた。前を走る二階堂の腕に巻かれた布が、じわりと赤く滲んでいるのが視界に入った。
「楓、セーフティエリアどっち」
「次右、そのまま直進」
マッピングのスキルを展開しながら答えた。後ろで三上が振り返って魔法を放つ音がした。
「しつこいな、これ」
⸻
どこでこうなったのか。
少し前まで、いつも通りのダンジョンだったはずだった。
三人で通路を進んでいたとき、ふと昨夜のことが頭をよぎった。胸の奥から込み上げてきたあの温かい感覚が、唐突に蘇ってきて、気がついたら口元が緩んでいた。
行けない行けない。
慌てて前を向いた。集中しなければと思った。
「楓、なんか顔——」
二階堂が振り返りかけたとき、小部屋の入口に差しかかった。
いつもなら先に鑑定をかけて二階堂に伝える。それがこの三人の流れだった。
でも、そのとき楓の頭の中にあったのは別のことだった。
二階堂が部屋へ入った。続いて三上が入った。楓も入った。
次の瞬間、気配が弾けた。
天井の影から魔物が降ってきた。三人とも反応が遅れた。二階堂が腕で受けながら後退して、三上が魔法を撃ち込んだ。楓は廊下へ下がった。
下がった先に、別の気配があった。
通路を徘徊していた魔物だった。前後から挟まれた。
二階堂が叫んだ。
「セーフティエリア目指して走って」
腕から血を流しながら、二階堂が魔法で前方を薙いだ。道が開いた。三人は走った。
⸻
「澪さん、次右、そのまま直進」
自分の声が、やけに遠く聞こえた。
角を曲がった。通路の先にセーフティエリアの光が見えた。
「あった」
三上の声だった。
セーフティエリアに飛び込んだ瞬間、音が消えた。魔物の気配が途絶えて、ひんやりとした空気だけが残った。三人とも壁に背中を預けて、その場に崩れるように止まった。
三上が床に座り込んだ。
「はあ、びっくりした」
二階堂は立ったまま、腕に手を当てた。静かに治癒をかけ始めた。
楓はそれを黙って見ていた。目が逸らせなかった。
「……澪さん、腕」
「大丈夫、自分で治せるから」
二階堂の声は落ち着いていた。責めるような色は、どこにもなかった。
それが余計に、胸に刺さった。
⸻
「……ごめんなさい。私が鑑定するの忘れて」
声が思ったより小さかった。
「怪我した人いなかったから、いい」
「……次はちゃんとやる」
「分かってる」
二階堂は腕から手を離した。傷は塞がっていた。
楓は壁に背中を預けたまま、天井を見上げた。あのとき、挟まれたまま逃げ道がなかったら。二階堂が腕で受けなければ。そう考えかけて、息を吐いた。
指先が、少し冷たかった。
前を向いた。マッピングの画面をもう一度開いた。




