第19話 協力します
部屋に戻ってから、ずっと天井を見ていた。
あんなこと、して。
おかしな子だと思われなかっただろうか。布団を胸まで引き上げて、端を両手で握った。変な感情があったわけじゃない。ただ、助けてあげたかっただけだ。スキルもないのに一人でダンジョンに潜って、怪我をしても誰にも言わないで、そういう人を放っておけなかっただけで。
魔道デバイスを手に取って、また伏せた。また手に取った。
そういえば昨夜、帰り際に無理やり連絡先を交換していた。このままでは連絡する方法がないと気づいて、九十九が何か言う前にデバイスをかざして登録を済ませてしまった。九十九は少し戸惑った顔をしていたけれど、拒否はしなかった。
結局、短いメッセージを送った。
既読がついた。少し間があって、返信が来た。
やり取りは数回で終わった。今日のダンジョンが終わったあと、図書館で会う約束だけが残った。
デバイスを枕元に置いて、目を閉じた。変な感情じゃない。これは、ただの確認だ。
⸻
ありがとう、でいいのか。
ダンジョンの道を歩きながら、九十九はずっとそれを考えていた。何に対してのありがとうなのか。スキルのことを話すべきか。でもどこまで話せばいいのか。
答えが出ないまま、魔物と向き合って、剣を振った。
答えが出ないまま、ダンジョンを出た。
図書館の扉を押した。
⸻
一ノ瀬はすでに奥の席にいた。テーブルの上に本を開いたまま、顔を上げた。
「来ました」
「……うん」
向かいに座った。一ノ瀬は本に視線を落として、また顔を上げた。
「……ダンジョン、どうでしたか」
「普通」
「そうですか」
少しの間、沈黙が落ちた。一ノ瀬が本のページをめくった。めくってから、また戻した。
「あの、昨日のこと」
「うん」
「……おかしいと思いましたか」
九十九は一ノ瀬を見た。一ノ瀬は本を見ていた。
「思ってない」
一ノ瀬の指先が、ページの端を押さえた。
「そうですか」
またしばらく黙った。一ノ瀬が顔を上げないまま言った。
「スキル、取れましたか」
九十九は少し間を置いた。
「……取れてない」
一ノ瀬が顔を上げた。眼鏡の奥の目が、まっすぐこちらを見た。
「鑑定、使っていいですか」
九十九は何も言わなかった。それを肯定と受け取ったのか、一ノ瀬は静かにスキルを発動した。
数秒、確認するような目をして、それから口を開いた。
「まだないですね」
「スキルポイントが足りなくて」
一ノ瀬は視線をテーブルに落とした。
「1回じゃ足りないんですね」
「……そういうことみたい」
「そうですよね」
一ノ瀬は本を閉じた。表紙に手を置いたまま、少しの間黙っていた。
「私、大丈夫ですから」
九十九は何も言えなかった。
「協力します」
図書館の中は静かだった。遠くで誰かが本棚を移動する音がして、また静かになった。
⸻
夜、居住区の道は人通りが少なかった。
一ノ瀬は少し遠回りをして歩いた。角を曲がる前に一度立ち止まって、人影がないことを確かめた。男子居住区の方向へ向かう自分の足音だけが、石畳に響いていた。
変な感情じゃない。
扉の前に立った。一度だけ深呼吸して、ノックした。
中から足音がして、扉が開いた。




