↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星脈のほとりで、俺たちは気づいた  作者: pokupi
第1章:「灯火の村と、始まりの嘘」
19/62

第18話 役に立てること

 夕方の光が傾いて、ダンジョン入口の石畳に長い影を作り始めた頃、一ノ瀬楓はまだそこにいた。

 澪と瑠奈とは「また明日」と別れて、そのまま居住区へ戻るつもりだったのに、足が勝手に引き返していた。

 入口の脇、邪魔にならない位置へ寄って、行き交う冒険者たちを目で追う。ダンジョンから出てくる人の流れはもう落ち着いていた。遅い時間に潜る人間はあまりいない。

 荷物を持ち直す。石壁に背中を預けて、また入口を見る。

 今日はもう、出てこないかもしれない。それとも、もう帰ったのか。

 そう思いながらも動けなかった。夕焼けが完全に落ちて、入口に灯された魔道具の明かりだけが白く浮かぶ頃、楓はようやく踵を返した。

 

 ⸻


 翌日の夕方、ダンジョンの出口で九十九零司の背中を見つけた。

「九十九くん」

 呼びかけると、少し間があってから振り返った。

「……一ノ瀬さん」

 それだけだった。

 なんとなく並んで歩き始めて、なんとなくそのまま居住区の方向へ向かった。どちらが誘ったわけでもなかった。会話は続かなかった。砂利を踏む音と、遠くの食堂から流れてくる誰かの笑い声だけが、二人の間を通り過ぎていった。

 九十九は横を歩く一ノ瀬をちらと見た。何か言わなければという気持ちはある。しかし何を言えばいいのか分からなかった。前に図書館で「何かあったら言ってください」と言われた時も、結局何も答えられなかった。

 前を向き直す。

 居住区の入口が見えてきた頃、一ノ瀬が急に立ち止まった。

 九十九も止まって振り返る。

「……本当に、困ってないですか」

 夕方の光の中で、一ノ瀬は真っ直ぐこちらを見ていた。眼鏡の奥の目が、少し潤んでいた。

「別に」

 答えた声が、自分でも思ったより低かった。

「大丈夫、って言いたいだけじゃないですか」

 九十九は何も言えなかった。一ノ瀬はそれ以上追いかけてこなかった。ただそこに立って、九十九を見ていた。

 

 ⸻


 気がついたら、九十九の部屋にいた。

 どちらが先に動いたのか、よく覚えていない。一ノ瀬が鍵を開けるのを待って、九十九が先に入った気もするし、逆だった気もした。

 一ノ瀬は部屋の真ん中あたりに立って、少しの間黙っていた。それから口を開いた。

「私、他の人のステータス見られるんです。……スキル、ないですよね」

 九十九は黙ったまま、壁際に立っていた。

「怒ってないです。ただ……どうしたら役に立てるか、分からなくて」

 一ノ瀬の指先が、スカートの端をわずかに握った。

「こういうこと、って……関係って、こういうことですよね」

 言い終わらないうちに、距離が縮まっていた。

 気がついたら抱きつかれていた。

 九十九は一瞬固まった。頭の中が空白になって、次の瞬間、ふわりと甘い香りが鼻に届いた。花とも石鹸とも違う、一ノ瀬の匂いだった。

 とっさに浄化の生活魔法を自身に発動した。

 ダンジョンから出てそのままだった。汗臭くなかっただろうか。

 そんなことをぼんやり考えながら、柔らかくて温かい感触が、じわりと伝わってくるのを感じていた。

 

 ⸻


 一ノ瀬が帰ったのは、部屋の外がすっかり暗くなってからだった。

「誰かに見られたら、嫌なので」

 扉の前でそう言った。こちらを見ないまま、耳まで赤かった。

 扉が閉まって、足音が遠ざかって、部屋が静かになった。

 

 ⸻

 

 翌朝、目が覚めてすぐ、天井を見ていた。

 昨夜のことが断片的に浮かんでは消えた。眼鏡を外した一ノ瀬の顔。外見に似合わず豊かな胸。抱きしめられたときの温度。

 ぼんやりしたまま、なんとなく自分のステータスを確認した。

 指が止まった。スキルポイントが、ゼロのままのはずだった数字が、増えていた。

 ステータスのスキル欄を確認しながら、胸の中で何かが静かに確定していく感覚があった。しかし次の瞬間、眉が寄った。

 足りない。

 スキルを取得するにはポイントが足りなかった。何度確認しても、結果は変わらない。

 視線が宙に浮いた。

 どうすればいい。

 考えかけて、昨夜の扉の前の一ノ瀬の横顔が、ふと頭に浮かんだ。

 ステータスから意識を切った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。