第17話 籠の鳥
「今日、村に行ってみない?」
澪さんが言い出したのは朝食の後だった。
「村?」
「冒険者エリアじゃなくて、村民が住んでいる方」
瑠奈さんが少し考えてから頷いた。「行ったことないね」
私も頷いた。召喚されてから何ヶ月。ダンジョンと居住区の往復ばかりで、村民エリアへ足を踏み入れたことは一度もなかった。
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冒険者エリアと村民エリアの境界に、小さなゲートがあった。
球状の石が柱の上に乗っている。魔導デバイスをタッチすると、淡い光が走って通れるようになる仕組みらしい。
「なんか改札みたい」
瑠奈さんが呟いた。
「駅みたいだよね」と澪さん。
順番にタッチして通り抜ける。
ゲートをくぐった瞬間、空気が変わった気がした。
広がっていたのは、のどかな農村風景だった。畑。牧草地。遠くに家畜の声が聞こえる。石畳の道が緩やかに続いていた。
しばらく歩いていると、荷馬車に乗った行商人らしき人とすれ違った。荷台には見慣れない荷物が積まれている。村の外から来たのだろう。
「こんにちは」澪さんがしっかり頭を下げる。
私は少し緊張しながら小さく会釈した。
瑠奈さんは行商人と目が合って「……こんにちは」と小さく呟いた。
行商人は笑顔で会釈して通り過ぎていった。
荷馬車が遠ざかるのを見送りながら、ふと思った。
外からは来られるのに、私たちは出られない。
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村の外れまで歩いていくと、墓地が見えた。
石造りの小さな墓が並んでいる。手入れはされているようだった。三人とも無言で通り過ぎた。
さらに進むと、壁が見えてきた。
村の雰囲気に似合わない、頑丈そうな壁だった。高さもある。農村にこんな壁が必要だろうかと思いながら、壁沿いに歩く。
しばらく歩くと門があった。
衛兵が二人立っていた。
「冒険者様」
一人が前に出る。
「申し訳ありませんが、この先へは出られません。外は魔物が出ますので危険です」
澪さんが頷いた。「分かりました」
三人で顔を見合わせて、来た道を戻った。
「壁、すごかったね」
瑠奈さんが振り返りながら言う。
「農村にしては立派すぎる気がした」と澪さん。
私も同じことを思っていた。でも同時に別のことも考えていた。
(外は、もっと怖いのかな)
ダンジョンの魔物でさえ怖い。壁の外にはそれより強い何かがいるのかもしれない。そう思うと、衛兵に止められたことへの不満よりも、なんとなく安堵する気持ちの方が大きかった。
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村の中心部に戻って商店を覗いた。
食料品。日用品。農具。冒険者エリアの商店とは品揃えが全然違う。瑠奈さんが干し果物を1つ買って、かじりながら歩いた。
お腹が空いてきた頃、食堂を見つけた。
素朴な内装だった。木のテーブルと椅子。窓から畑が見える。注文したのはシンプルなスープと黒パンだったが、温かくて美味しかった。
「なんかほっとする味」
瑠奈さんが珍しくゆっくり食べていた。
「居住区の食事も悪くないけど、こっちの方が落ち着くね」と澪さん。
私も頷きながらスープを飲んだ。
店を出ようとした時だった。
「あの」
声をかけられた。
振り返ると、小さな女の子が立っていた。村娘だろう。年は十歳くらいだろうか。両手で何かを差し出している。
花だった。
紫色の、小さな花が三本。
「冒険者さんに、あげます」
まっすぐな目で言った。
澪さんが膝を折って目線を合わせる。「ありがとう、大切にするね」
瑠奈さんも受け取って「ありがとう」と短く言った。
私も一本受け取った。「ありがとうございます」
女の子は嬉しそうに笑って、駆けていった。
花を手のひらに乗せて見つめる。紫色の可憐な花だった。夕方になるとひっそりと開くのか、今はまだ蕾のように閉じていた。
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後日。
図書館で本を読んでいて、ふとあの花のことを思い出した。
なんという花だろう。
気になって植物図鑑を手に取る。ページをめくりながら、似た花を探す。
見つけた。
手が止まった。
この世界の言葉で『籠の鳥』という名前の花だった。
花言葉の欄に目が滑る。
『二度と帰れぬ旅人』
背筋に冷たいものが走った。
ページをしばらく見つめた。あの女の子は知っていたのだろうか。それとも知らずに渡したのだろうか。
きっと知らない。
子供だった。純粋に冒険者に憧れて、綺麗な花を渡しただけだ。
「……考えすぎかな」
小さく呟いて、図鑑を閉じた。
でも手が、少しだけ震えていた。




