第14話 何かあったら
図書館の扉を開けた瞬間、気づいた。
九十九くんがいた。
いつもの席ではなく、窓際の棚の近くで本を選んでいた。こちらにはまだ気づいていない。怪我をしていた腕は、もう普通に動いていた。
よかった、と思った。
いつもの席へ静かに座って本を開く。文字が頭に入ってこなかった。
声をかけたい。でも何を言えばいいか分からない。図書館で偶然会うのはこれで2回目だった。前回は結局まともに話せないまま終わった。今日も同じになる気がした。
鑑定を使いそうになって、手を止めた。
それじゃない。
本のページをめくる音だけが響いた。
⸻
どのくらい時間が経っただろう。
九十九くんが本を閉じる音がした。帰るつもりだと分かった。
このままでは前と同じだ。
「あの」
気づいたら声が出ていた。
九十九くんが振り返る。
「……一ノ瀬さん」
「いたんですね」という顔だった。私も似たような顔をしていると思う。
「最近……ダンジョン、どうですか」
我ながら情けない切り出し方だった。
「普通だけど」
「怪我は……」
「もう治った」
「そうですか」
沈黙。九十九くんが少し困ったような顔をする。私も困っていた。
言いたいことは別にある。でも言えない。スキルのことを知っていると言えない。どこから話せばいいか分からない。
「何か……困ってることとか、ないですか」
やっとそれだけ出た。
九十九くんの表情が少し変わった。
「……なんで」
「なんとなく、です」
我ながらひどい答えだと思った。でもそれ以上の言葉が出てこなかった。
「別に困ってない」
そう言って九十九くんは立ち上がった。また終わる。そう思った瞬間、口が動いた。
「何かあったら……言ってください」
九十九くんが足を止めた。
「……なんで一ノ瀬さんに」
答えられなかった。
しばらく間があった。九十九くんは何も言わずに図書館を出て行った。
⸻
一人残った図書館で、本を閉じた。
「なんで一ノ瀬さんに」
その言葉が頭の中で繰り返された。答えられなかった。自分でも分からなかった。ただ、声をかけることはできた。前回とは違った。それだけは確かだった。
眼鏡の位置を直して、立ち上がる。
⸻
図書館を出た後も、あの言葉が頭から離れなかった。
何かあったら言ってください。
なぜ一ノ瀬さんがそんなことを言うのか分からなかった。同じクラスだったのは知っている。図書委員も一緒だった。でもそれだけのはずだ。
石畳を歩きながら、空を見上げた。
分からない。
ただ、不思議と嫌じゃなかった。
それだけが、妙に頭に残っていた。




