06 : Day -28 : Higashien
上野動物園には東園と西園があり、両者は上野懸垂線と歩道橋で接続されている。
長らく休業していたモノレールは、廃線になった世界線もあるようだが、こちら側では元気に走りまわっている。
本日は休園日なので、もちろん40形の懸垂式モノレールは稼働していない。
それでもこの2「駅」しかない路線を、2体の悪魔が支配している。
──路面電車も含めて、多くの新交通システムは鉄道法ではなく軌道法によって扱われ、表記も「駅」と「停留場」というちがいがある。
かつては管轄する省庁も異なったが、現在は国土交通省によって一括管理されており、鉄道との相違はほとんどない場合が多い。
東京都が管理運営する上野懸垂線については、東京都懸垂電車条例という特殊な条例に依っている。
管轄する法規は異なるが、すべて「鉄道事業」であり、交通機関という位置づけであるため、悪魔の支配権が及ぶということなのだろう。
たとえば東京都は飛鳥山にアスカルゴというモノレールがあるし、あらかわ遊園にも鉄道路線はあるが、すべてが施設内で完結する「遊戯施設」の扱いだ。
しかし上野懸垂線に関しては、公道上をまたぐため、たとえどれだけ短くても(332メートル)「交通機関」なのである。
「おい、どこ行くチューヤ」
「どこって、ひとを探してるんでしょ。……あっちのほう、行こうかなって」
口が裂けても休日のモノレールが見たいなどとは言えない。
「こっちにパンダがいるらしいぞ」
──パンダを見たがるマフユを眺めながら、チューヤは、もともと口が裂けてるからなこの女は、と思った。
ジャイアントパンダ舎。言うまでもなく不動の人気施設である。
なにしにきたんだよ、と突っ込みそうになったが、考えてみれば子どもが寄りつく場所といえばパンダ舎に決まっている。ウサコがいる可能性を考えれば、どう考えてもモノレールよりはパンダの近くだろう。
しかたなくそちらに足を向けながら、チューヤは問うた。
「先週、どうだったんだ? ドームコンサート、じゃなくて総選挙?」
「なんだ、知らないのか。まああたしも、そんなに興味はねーけどな」
「さっき、あー、なかおかちまち、エンジェル♪ とか歌いながら、ホテルから飛び降りる天使のような女の子、という凄惨な事件があったぞ」
チューヤの認識では、仲御徒町駅を支配するのは最下層の天使、エンジェルだ。
他の天使の面々が湾岸に集まっているのに対して、市井の人間に近いことを主張したいのかわからないが、ともかく上野近辺に天使が配置されているというのは異色のようにも見える。
「そもそもAKVNは手を広げすぎたのさ。仲御徒町エンジェルだかなんだか知らないが、予備軍を増やしすぎた」
「そーいや、AKVNは14だけど、中野総選挙には12人しか出てないよな。3人ずつ4チームだから、計算上」
「選挙は毎度、2人がオブザーバーにまわるんだよ。で……」
今回は、仲御徒町エンジェルと梅島ダフネが「応援」にまわった、ということのようだ。
マフユの顔を見た瞬間から漂っていた「AKVN14イベントのつづき感」は、ゆえなきことではない。
「マフユは小菊ちゃんを応援してたんじゃないの?」
「千住系はロキ兄に近いってだけだ。あたしは応援なんてしねーよ。欲しいものがありゃぶんどる、それだけだ」
ちなみに総選挙は、不動のセンターだったエリサが、まさかの3位転落という決着となったらしい。その下の順位が繰り上がり、1位ニナ、2位小菊で決着したという。
しかし、代わって同チームの雪が7位から4位へとジャンプアップした結果、僅差となったが、逆転勝利を飾ったのはチームKだった。3位4位という上位をキープしたことが、勝因だった。
所属事務所同士の駆け引きも活発だったようだが、ともかく史上初、1位をとったのにCDが出ない、というニコニコできないチームNという結果となった。
言い換えれば、チームK内における雪の存在価値が爆上がりしたということで、不動のセンター・エリサという枕詞は、しばらく返上せざるを得なくなったようだ。
現にエリサは体調不良で、表舞台から消えているらしい。
チューヤたちと接触した雪は、火中の栗を拾い、結果として幸便に乗ったということだ。
「まあ、たいへんな呪いが返ってきたらしいから、しかたないね」
当然、そこにはリョージから帰ってきた「呪詛」が掘った、ふたつめの穴がある。
リスクをとった雪がリターンを得たこと自体は、市場原理にとっても喜ばしい。
「過ぎたことはどうでもいい。──仲御徒町エンジェルがなんだって?」
ふりかえって問うマフユ。
マフユとは土曜の早朝に別れて以来、連休中のほぼ3日間、会っていなかった。
たった3日とはいえ、世界はあまりにも大きく変わってしまったことを、チューヤはなんとなく実感する。
「おまえが知ってることを教えてくれたら、俺も教えてやることにするよ」
どうもマフユから得られている情報が少ない気がするので、そろそろ情報量の平準化を図るべきだ。
マフユはしばらく考えてから、
「バロックの調子がわるいらしいぜ、きのうから。大事な思考回路の一部が機能停止してるんだってよ」
ダークウェブそれ自体を、彼女らはバロックと呼んでいる。
「……それ、俺らのせいかもしんねー。異世界線の自閉空間ってところで、脳みそ大集合のサーバをぶっ壊したからな」
いろいろなところで、関係が複雑に絡み合っている。
コアとなるメンバーのだれも、部分的には知っていても、全容まではとうてい理解しえないが。
「あ? なんだそりゃ。……それからロキ兄の重要な資金源だったヤクザの相良組が、なんか警察に首根っこ押さえられて、資金繰りヤベエってよ。もっぱらマネロン担当らしいが、これもおまえらのせいか」
「それは俺のせいではないが、オヤジが関係はしてるだろうな。てか、仕事してるだけだろ。資金洗浄イクナイよ」
正確には二課の仕事だが、世界に誇る警視庁の組織犯罪対策部が活躍している事実は揺るがない。
マフユはめんどくさそうに舌打ちしながら、
「ちっ。世界を終わらせるために、この週末がいちばん大事だってんで、みんながんばってたんだぜ。まあ、だいたいのところは成功してんだが、要所要所で邪魔がはいったって、あんまりロキ兄の機嫌は良くねーな」
「ダークの親玉が上機嫌だったら、そりゃ俺らのほうがたいへん困ったことになってるわけだしな」
この手のゼロサムゲームでは、不可避的にそういうことになる。
顔を見合わせるチューヤとマフユ。
考えてみれば、彼らは大いなる視座に立つかぎり永久に敵対的であるはずだが、末端であるチューヤたちにしてみれば、それをもって殴り合う理由にはならない。
「ポリどもはともかくよ、神学なんたらってところが、邪魔くせえってぼやいてたぜ。だからAKVNに天使なんか加えるべきじゃないって、あたしは最初から反対してたんだよ」
「バラエティ豊かな人材がAKVNの魅力なんじゃないのか。じっさい同一種族の悪魔がいないからな。よく集めたと思うよ、すごいアイデアだ」
AKVN14はフォーマットとして、すべての事務所(勢力)に対して開かれている。
忖度がないとまではいえないが、魂の回収システムとしては優秀だ。キリスト教や仏教が火花を散らす「くらやみ坂」にも通じる。
人間の魂を集める方法というのは、さまざまに用意されているものだ。
「まだ天使と正面切って戦う段階じゃないって、ロキ兄は言ってたぜ。あいつらはデカすぎるから、もっと身内で削り合って弱体化してもらわないと」
「光と闇でつぶし合ってくれれば、それはそれでありがたいような気もするけどね」
ダークとライト以外の面々にとってみれば、それがベストシナリオとなる。
この世のかぎられたパイに対して、どのように優先順位をつけ、どのような成果をもって妥協点とするか。
おとなのパワーポリティクスが、大いに関係してくる。
「だれにとっても、そうそううまくはいかねえ。……ロキ兄も言ってたよ。独り勝ちは無理だ、だからおもしれえ、ってな」
現状の不安定な勝ち負けの相剋も、ある程度織り込み済み、ということか。
そうとう手ごわい相手と、陣取り合戦をしていることを自覚する必要がある。
が、そもそもチューヤはそれほど偉そうな立場ではないし、そうなるつもりもない、という引きこもり思考が頭をもたげてどうしようもないことも、また事実だ。
──そのとき、チューヤの目が反応した。
木陰に逃げ込む小動物、あれは。
「……見つけた!」
「そこ動くんじゃねえぞ、もめんこ!」
弾かれるように駆け出すチューヤとマフユ。
逃げる小動物。
野生の王国における追跡劇が、はじまった。
「で、洗浄された資金のさきは割れたのか、貫地谷」
足立ナンバーのPC内で合流し、互いの資料を交換する中谷と貫地谷。
警視庁の精鋭は、きょうも最前線で闇社会と戦っている。
「急くなよ。──組織内で相良の発言権が強いのは、なにはともあれ資金力だ。やつをつぶせば、組織の力は半減する」
「どんな罪状でも、しょっ引けりゃまあいいが」
──端緒は、タイ在住のアセットマネージャーとかいう怪しげな人物からのタレコミだった。
日本人が何十人も行方不明になっている、という。
バンコクの高級コンドミニアムで、購入者の日本人ばかり数十名が、お金だけ払って消え去った。
すわ大量殺人か、と気色ばんだが、調べはじめるとすぐに中身は割れた。
善良な購入者である日本人が、日本から代金を送るのに必要なのは契約書だけで、5万バーツ(15万円)程度しかかからない。それで数千万円が送金できる。
お金を受け取ったタイのデベロッパーは、商品の引き渡しを行ないたいと通知する。
連絡はない。
やむなく、期日までに引き渡しを受けなければ支払い済みのお金の権利を抹消して、デベロッパーのものとする、という対応を行なう。
「パタヤ在住の日本人ってやつ、組員の身内か」
「準構成員ってわけでもないようだから、そんなところだろう」
そもそも存在しない人間を購入者とし、日本側のエージェントからは「パタヤ在住の日本人」と称する人間が、代役に立てられていた。
タイにコンドミニアム代として多額の金を送金する、マネーロンダリングが目的。
日本の大手建設会社も噛んでいて、深刻な問題だった。
その時点で、海外送金によるマネロンを組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)で逮捕することは、可能ではあった。
が、彼らは見つけた尻尾を捕まえることなく、そのまま「泳がせる」ことにした。
「スイス当局に照会したところ、相良がスイスの銀行にもってる口座には、7000万スイスフラン以上が残っているらしいな」
昨今のスイスも、そのくらいの情報は提供してくれる。
「出資法違反あたりで引っ張ってもよかったが」
「金の流れが断てれば、組織は壊滅、だろ?」
「そんなうまくはいかねえよ。そうとうダメージは食うだろうがな」
ヤミ金融を中心として、直接カネを吸い上げるシステムをつくり、動かしているのが組織の金庫番、相良だ。
複数の中間組織で構成され、上納金を納めるという昔ながらのピラミッド構造である。
警視庁は、こうした関係者の立ちまわりさきから、ヤミ金グループが多額の割引債を購入していた多数の明細書を押収。
行方を追ったところ、都内の銀行での換金を突き止めた。
「おまえもおまえで、仕事はしてんだな」
資料に目を通す中谷。
とことん現場に徹している彼も、逮捕状の中身くらいは理解していなければならない。
「言ってくれるね。まあ、おまえがもってきた情報が端緒だが。──相良の兄弟分だった高村は、2年まえまで直参の本山組の組長だった。そこから、やつらの組内部での力関係が変わっていった」
相良の関係先の貸金庫から、数百万ドルの米ドル紙幣を押収。傘下の組織が両替した米ドル紙幣の記番号と一致。
捜査網は、さらに狭まった。
収益の一部は都内の金融機関で、無記名の割引債の購入に充てられる。これを証券代行会社に持ち込んで換金、そのまま香港の支店を経由して送金した証拠も押さえた。
「カネの流れってやつは、意外に正直だな」
「よく言うだろ。犯罪者は嘘をつくが、カネは嘘をつかない。……待ってろ。もうすぐ相良までたどり着く」
世界で1年間に洗浄されるダーティマネーは、5000億ドル。
ケイマン諸島のオフショアなど、規制の甘い国を狙って移動し、ラスベガス、香港、スイスなどを巡っている。
その一端でも捕まえ、罪深い資金の流れを暴き、防がなければならない。
今夜の上野で、大きなパーティが開かれる。
警察官たちは視線を交わし、気合を入れた。




