第21話 プロジェクト・タルタロス
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こちらから裂け目を開くすべを手に入れた人類は、いくつかの裂け目をこちらから開き、巨人世界へ偵察を送った。
巨人の動向を探るためだ。
それ以外にも、巨人と交渉をするため、使者を送る者もいた。
しかし、裂け目をくぐった者は、巨人の世界へ姿を現した直後、等しく狙い撃ちされ、消滅することとなった。
巨人にしてみれば、どのような意図を持って現れたとしても、人類は敵あるのにかわりないのだろう。
これにより、巨人側においても、こちらが裂け目を開けることに気づいており、それを察知するすべがあると判明した。
開いた裂け目を迎撃したのは、クロノスの槍による光と推測される。
その一撃は、開いた裂け目をとおり、いくつかの施設を霧散させた。
人が一人しか通れないような、小さな裂け目から漏れた、光の余波であるにもかかわらず、裂け目を開いた場所は、まるで巨人が暴れたかのような被害を出してしまったのである。
なんと、一つの街が丸々消滅してしまった場所もある。
一度は偵察を諦めた人類であったが、透の帰還より約半月後、飛行ユニットの完成。および、日本によって無効領域の発動に成功したという情報が世界を駆け巡り、各国は再び、裂け目を通り、巨人世界で『機鎧』を起動させての偵察を試みる。
無効領域を発動させれば、クロノスの槍も恐ろしくはないと思われたからだ。
しかし、クロノスの槍は、その無効領域さえ突き破り、『機鎧』を破壊する結果となった。
その圧倒的な威力に、その状況をモニターしていた者は、青ざめただろう。
こんなものを、地球上で放たれたとすれば、その被害は尋常ではない。
ただ、クロノスの槍をもってしても、人類の開く、人一人の通れる大きさの裂け目そのものを、広げることはできなかった。
裂け目が広がり、そこから新たに巨人が這い出てくるという事態にはならなかったのだ。
それは、裂け目を開き、一方的に砲撃を受けた中で、唯一の朗報だった。
しかし、無効領域さえ貫くクロノスの槍の存在は、人類にとって脅威である。
ゆえに人類は、ある決断を行おうとしていた。
それが成功すれば、人類は百万の巨人と戦わずして、巨人の王に勝利できる……
そんな夢のような方法が一つ、提案された。
誰もが、多大な被害を出す可能性のある巨人との決戦を望まず、それを支持する。
地球を戦場にせず、勝利できるのならば、それにこしたことはないからだ。
こうして、その計画は、動き出す。
その計画の名は、プロジェクト・タルタロス。
巨人の王、クロノスを、地獄へ落とす計画である。
───大門真姫───
「以上が、プロジェクト・タルタロスの概要です!」
今後地球へ攻めこんで来るだろう、巨人の王、クロノスに対し、最も被害を出さず、安全にして確実に倒す方法を、私は各国首脳のそろう会議の場で、発表した。
一応私は、世界ではじめて『機鎧』を生み出した大門博士の孫であり、その技術を受け継いだ者であり、さらに世界ではじめて巨人世界へ行き、無事その世界を見て帰ってきた生き証人でもある。
さらに、裂け目をこちら側から開き、二度目の偵察において、クロノスの槍の情報をこちらにもたらしたのも、私ということになっているため、巨人世界についての情報においては、私が第一人者というあつかいであった。
当然共に行ったそよかの名も、報告はしてあるが、私の場合は『大門』という、『機鎧』に関わり続けた実績もあるため、あつかいに大きな差があり、この名声のため、今回私が、この場で発表する役目となった。
透の帰還から約一ヶ月。
そろそろ巨人側の裂け目を生み出す装置も修理され、再襲撃が議論されるようになった今、巨人の軍勢百万をどうやって退けるかという会議を行っている。
その中で発表したのが、このプロジェクト・タルタロスだ。
プロジェクト・タルタロス。
これは、数の劣る人類が、いかにして被害を出さず、百万からなる巨人の軍勢に大きな打撃を与え、巨人の王、クロノスを倒すか、もしくは、二度と地球へ攻めこめなくさせるための計画である。
この計画は、作戦としてはとてもシンプルなものだ。
空に開かれる裂け目、その入り口と出口は連動しており、片方が閉じれば、当然もう一方も同時に閉じてしまう。
こちらも裂け目を開く技術を手に入れた今、開いた裂け目に干渉し、その裂け目を予定時間より早く閉じさせることも可能となった。
ならば、敵が裂け目に入った後、その裂け目を操作し、強制的に閉じてしまえば、その中に入った存在は、その空間。次元の狭間に閉じこめられる。
巨人の王、クロノスは、単体で百万の軍勢を運べる超巨大な母艦といえる存在である。
ゆえに、次回たった一つだけ裂け目が開いた場合、そこから現れるのは、巨人の王クロノスである可能性が非常に高い。
その際、クロノスが裂け目に入ったところで、裂け目を閉じ、そこに閉じこめてしまえばいい。という作戦だ。
同時に、巨人側にある、前回透が破壊して逃げてきた裂け目の発生装置を再び壊せば、二度と裂け目は開くことはなく、永遠に、クロノスは地球へやってくることはない。
これが成功すれば、地球に被害を出さず、巨人との戦いに終止符をうてる。
巨人の国の住人が幾人も犠牲になることとなるが、残念だが、それを考慮に入れられるほど、人類に余裕はない。
百万の戦力を持つ巨人と比べ、それに遠くおよばない、万に満たない数の『機鎧』しか所有していない人類が、そもそも真正面から巨人を迎え撃つというのは間違っている。
唯一危険にさらされるのは、裂け目が閉じるまで、クロノスや巨人をこちらの世界に来させぬよう、同じ裂け目に入り、時間を稼ぐ者だ。
この作戦は、裂け目と裂け目の間、次元の狭間に、裂け目が閉じるまで目標がとどまっていなければならない。
これは、英雄どころか、生贄と言ってもいい。
場合によっては、人類のために、クロノスと共にその裂け目の中へ残ることを要求されるからだ。
そしてそれは、いまだに存在を公表していない、ケラウノスを所有する、私達日本が担う。
むしろ、私達にしか出来ない。
各国は、万が一クロノスが空間を破って現れた時の対処と、巨人世界の装置の破壊を担当してもらう。
多くの作戦が議論された中、私達の計画が、最も成功率が高く、最も安全な策であった。
当然、この計画は、各国首脳、および上層部が集うこの会議で、見事承認され、世界の命運は、少数の『機鎧』乗りに託されることとなった。
…………
……
「……ふう」
「ご苦労だった」
控え室に戻り、一息ついた私を労ってくれたのは、共にこの対巨人対策会議に来ていた早乙女長官だった。
「だが、いいのかね?」
「なにがですか?」
「この作戦では、裂け目の中で時間を稼ぐ者は、脱出できない可能性も高い。それでも、君達はやるのか?」
心配そうな声が、私の耳に響く。
この人は、いつも難しい顔をしているが、実のところ優しい。
だが、その優しさだけで、人の上には立てない。
一度決断すれば、どんなに悲劇的なことでも、やりとげるだろう。
だから、私達は彼にこの計画を持ちかけ、承認してもらった。
でも、まだ引き返せる今だからこそ、彼はこう言ってきているのだろう。
「説明したとおりです。この作戦は、私達が最も成功の可能性が高い。むしろ私達は、クロノスを倒すために、あの作戦を選んだんですから」
プロジェクト・タルタロスのメインである、クロノスを次元の狭間に閉じこめるというのは、周囲の理解を得るための、表向きの話題だ。
万が一、私達がクロノスを倒すことに失敗した場合、最後の手段として、クロノスを次元の狭間に閉じこめる。
この作戦は、我々の、保険。
本当の目的は、裂け目という閉鎖空間で、ケラウノスを使い、クロノスを倒すこと。
クロノスの持つ槍を用いても、裂け目から漏れ出る光で、閉じ行く裂け目が広がることはなかった。
ならば、同種の力を持つケラウノスも、あの中でなら、撃ち放って問題がないはずだ。
だから、最も被害の出ない、次元の狭間で、それを使用する。
例えクロノスが赤い雫を纏っていたとしても、ケラウノスならば、クロノスの槍と同等の力を発揮するだろう。それを破壊し、クロノスにダメージを与えることができるに違いない。
裂け目というトンネルの中でなら、百万の軍勢を展開されても、それを使い、一気に薙ぎ払うことができる。
数という力も使えない裂け目の中ならば、クロノスも討ち取れる可能性が最も高いと考えたのだ。
ケラウノスを放つならば、その威力ゆえ、周囲に人がいない方がいい。
生贄として裂け目に入る役目があれば、それも実現する。
これらのことを考えると、表向きクロノスを次元の狭間にとじこめるという理由は、好都合だった。
人類にとってみて、クロノスを倒す必要性はない。
二度とこの地球に現れなくなれば、それでよいのだ。
ただ一人。
鳴神透という人間だけは、クロノスを倒さねばならない。
彼だけが、人類で唯一、クロノスを倒さねばならない理由がある。
ゆえに私達は、彼を救うため、知恵を絞り、クロノスを倒さなくてはならない!
そして、もう一つ。
表にクロノス討伐を素直に報告しなかったのは、ケラウノスの威力を他の人達に知られたくなかったからだ。
おじいちゃんが懸念したとおり、あれは、人類が使用するには危険すぎる威力だ。
他者に見られない。という意味でも、この作戦は好都合だった。
このような理由もあり、自身を取り戻す、透とサムライ号。そして、ケラウノスを積んだ私とアレクが、その裂け目へ飛びこみ、クロノスとの決着をつける。
これは、私達にしかできず、私達しかやる理由がない。
「そうか……」
私の決意に対する説得は不可能と考えた長官は、諦めたようにため息をついた。
当然、クロノスを倒しにゆく理由は、私にはない。
でも、私がいなければ、ケラウノスは使えない。
だから、私も透と行くと、決めていた。
例え、帰ってこられなくとも……
「……だが、クロノスは来るのかね?」
早乙女長官が、ある意味当然の疑問をあげた。
例え裂け目を開く装置が修理されたとしても、王自ら地球に現れるとは限らない。
なにより、最初の襲撃のように、多数の裂け目を開く可能性も否定はできない。
「来る。と言いたいところですが、それは人間の思考の場合ですね。巨人の考えでは、確実とは言えません。でも、透が感じた印象なら、運命から解き放たれたクロノスは、先陣を切る。そういう存在だろうと言っていました」
「……透君か」
裏切り者対策として秘密にしてあった透のことは、今回の件の了承を得るため、早乙女長官に全てを伝えた。
一番最初に巨人が現れた時、単眼巨人を倒したのは私ではなく、本当は透であったこと。
防衛戦で、たった一人で最大の戦果をあげた謎の『機鎧』のパイロットも、彼だったこと。
縮小巨人が現れた時、観測機の本体を預かってもらったこと。
そして、巨人世界へ誘拐され、運命がないがゆえ、他人の運命を変えられる存在だということ。
ゆえに、クロノスに食われ、世界で唯一、クロノスを倒さねばならない人間であること。
それら全てを、長官に伝えた。
とはいっても、透はクロノスを倒す気はあまりないように見える。
今回の作戦を考えたのは、主に透と博博士だ。さらに作戦の名前をつけたのは彼だが、彼は自分の体を取り戻せずとも、クロノスを次元の狭間に閉じこめられればそれでいいと考えているようだ。
クロノスが狭間に閉じこめられても、移し身の彼は一応、死なないからだ。
ここまでの作戦を考えておいて、皆の安全を考えて、最も危険なところに自ら立つと言っているのに、それでも彼は、自分の命はあくまで守るという徹底さだ。
ある意味彼は、ブレていない。
勝てないと判断したら、あっさり逃げると宣言しているくらいだ。
でも私は、それをよいとは思わない。
いつ消えるかわからない体のまま生きるなんて、それでいいとは考えない。
だから、なにがなんでも、クロノスを倒し、彼の体を取り戻す。
「……ですから長官。もし私達が帰ってこなかったときは、早乙女そよかに、ごめんなさいと言っていたと、伝えてください」
絶対に勝てるとは限らない。
ゆえに、足手まといになりうる彼女は、連れて行けなかった。
万が一、閉じこめられる人数は、少ない方がいい。
「残念ながら、それは約束できないな」
「え?」
即答され、驚きを返してしまった。
「言いたいことは、必ず帰ってきて伝えたまえ。君達は、死にに行くのではないのだろう?」
「……」
ふふ。言われてしまった。
思わず、口元が緩むのがわかる。
「そうですね。では、帰ってきたら、長官とそよかの対面は、別のやり方で実現させましょう」
「君は、なにを企んでいるんだ……」
「ちょっと不器用な父親と娘の団欒といったところでしょうか」
「おいおい、本気かね。私があの子にあわせる顔なんて、あるわけないだろうに……」
やれやれと、早乙女長官は苦笑し、肩をすくめた。
私はそれを見てくすりと笑い、
「勇気を出して一歩踏み出せば、必ず和解できると思いますよ。最初は嫌われている状態かもしれませんが、必ず、ね」
私は長官に、そう告げた。
───早乙女そよか───
「ぶすー」
あたしは博士の研究所で、一人むくれていた。
今透と真姫は、あのプロジェクト・タルタロスってヤツの最終調整で、サムライ号とアレクを真姫んちで動かしているはずだ。
この前ついに、裂け目の予兆ってヤツが観測され、三日後、再び巨人が攻めてくるのが判明したからだ。
開く穴の数は一つ。しかも、巨人の王の推定サイズ、三十メートルが通れるサイズ。
つまり、真姫の予想通り、巨人の王様ってヤツが、やってくる。
ついに、決戦の時がきたわけだ。
なのにあたしは、その決戦の場に出られない。
穴の下に集結して、万一裂け目から敵が出てきた場合の保険にさえなれない。
確かにケラウノスって武器を使うために、真姫の知識は必要だろうし、巨人のボスを倒すのに、透の技術も必要なんだろう。
そして、クロノスを倒すことができなければ、あいつ等は裂け目から戻ってくることはできない。
この戦いの結果によっては、二度と地球へ戻ってこれないかもしれないのだ。
あたしもなんとか透と真姫の力になりたいと思ってがんばってきたが、結局、足手まといで、お留守番にしかなれなかった。
「しかたがないねー。ケラウノスを使うには、サムライ号とアレクの二機が必要だから」
イライラしているあたしを見つけた、この研究所の所長である博士が、あたしに声をかけてきた。
ついでに、助手っちが応接室の椅子に座るあたしの前に、お茶を置いてくれる。
彼女に軽く礼をし、あたしは博士へ視線を向けた。
「一応あたしの方でもできるんだろ?」
それは、博士があたしのために作った『機鎧』のことだ。
それを使えば、あたしでもケラウノスが使える設計になっていると、自慢された。
「そりゃ君の方とも同期できるけど、その場合、君と大門君じゃ無効領域が使えないからねえ」
「……」
そういや、二人で乗るのは、そういう意味もあったっけか。
無効領域の発動には、なぜか男女一組という条件がある。まあ、クロノスの槍には紙のような効果みたいだけど、なくて損することはない。
なら、あたしと透でもいいじゃないかと思うが、あたしは真姫みたいにケラウノスの出力制御ができないから、やっぱりだめだ。
「でもよ、真姫だって行かなくていいはずだろ?」
裂け目の中でケラウノスを放つのなら、漏れるのは穴からだけだ。
確かにそれは、都市を一つ破壊する可能性もある木漏れ日かもしれないが、あのクロノスと戦うのなら、威力を絞る必要はないはずだ。
透がクロノスと戦う理由は、自分の体を取り戻す。という理由だからだ。
真姫が、命をかけて、透の体を取り戻す理由は、ない。
「それを言い出したら、そよかさんだって一緒に行けないままじゃないですか」
「んぐっ……」
真姫の行けない理由を考えていたら、助手っちに言われてしまった。
まさか、口に出てたか?
「出てましたよ。でも、そよかさんも同じなんですね。理由は、透君の体を取り戻すって」
にこにこと、ちっこいくせに胸は大きい、年上の女の子が微笑んだ。
思わず頬がかーっと赤くなるのを感じた。
「べ、別に、当然のことですよ! それが博士だからって、誰だって、取り戻すために力をつくすってのは一緒デスカラ! 透だけのためってわけじゃないんですからね!」
「はいはい。そうしておきましょう。あ、お茶のおかわり、いかがですか?」
「……もらいます」
今ここにいる三人で、お茶をすすることになった。
「くやしいな。あたしに力があれば、透をばーんと助けてやれるのに……」
「難しいね。勝手についていっても足手まといになるだろうし。いくら僕でも、これ以上『機鎧』を強化はできないし」
「はいはい。わかってるよ。ぐちぐち言ってもどうしようもねーってことは!」
できるのはせいぜい、囮だ。
あたしが敵にやられている間に、敵を倒す。そんな使い方しかできないくらいの。
「せめて狙われず一方的に攻撃できればいいんですけどねえ」
「巨人に遠距離攻撃が効けば、遠くからライフルでも撃たせてあげられるんだけどねー」
助手っちと博士が、二人でたらればを口にする。
それができねーから、みんなで武器持って叩きあってんじゃないかよ。
もしくは、なんかすげー槍でそれごとぶち抜くか。
どっちもマトモにできないから、困ってんだけどさ。
「透明になるあの兜が見つかれば、また別なんだろうけどなー」
あーあー。と後頭部に両手をまわし、あたしは天井を見上げた。
結局三種の武具ってやつは、真姫のとこにあったケラウノス以外見つかっていない。
見つかっているのなら、もっと別の戦い方もあっただろう。
「話は聞かせてもらったー!」
突然、研究室の入り口が派手な音をたて、開き、一つの人影が、飛びこんできた。
「お、お前は……!」
そこに現れたのは、あたしの希望ともなる、とある男だった……!
───望月望───
先生がいなくなって、もう一ヶ月……
巨人の再襲撃まで、残り三日。
なのにまだ、先生は帰ってこない。
先生。
一体、どこへ行ってしまったんですか?
突然旅に出るって、どこへ行ってしまったんですか?
こんな大切な時にいなくなった先生のことを、みんな、逃げ出したとか、腰抜けとか言っているんですよ。
本当に、逃げ出してしまったんですか?
なぜ、いないんですか?
「ふっ、ふふふ。そうですよね。そう、先生は、悪くない」
呆然と、そのビルを見上げながら、ぼくは笑う。
悪いのは、みんなアイツだ。
先生を狂わせたのは、みんなアイツのせいだ。
鳴神透。
これも全部、お前のせいだ!
先生はお前と出会っておかしくなった。
だから、お前がいなくなれば……
いなくなれば、先生は帰ってくるんだ!
ぼくは、懐に隠し持っていたナイフがあるのを確認し、電柱の影に隠れ、アイツがここに姿を現すのを待つ。
博士機鎧研究所。それの入るビルの入り口が見える。
ここで待っていれば、いずれ必ず、姿を現すはず。
その時、ぼくが……!
お前を……!
懐の中で、グリップの握りを確認する。
「今回そよかねーちゃんはお留守番?」
「ええ。博博士の方で彼女の『機鎧』を調整するそうよ」
来た……!
ビルから姿を現す人影が二つと、話し声が聞こえた。
片方は聞いたことがある。
鳴神透の声だ!
電柱から頭を出す。すると、髪の長い少女。大門真姫と並んで歩く鳴神透の姿が見えた。
これから、どこかへ向うという雰囲気だ。
ふふ。それも、もうじき終わりだ……!
ぼくは懐で握ったナイフを引き出し、電柱から躍り出た。
それを両手に握り、ぼくはヤツに向って走り出そうと……
「お、望月じゃないか」
……した、時。
背後から、先生の声が、聞こえた。
「え?」
ぼくの体が、驚きに止まる。
走り出そうと身を落とした状態で、ぼくはまるで、油の切れたロボットのように、後ろへ顔を回した。
そこに、いた。
ちょっとボロっとした格好になって、ダッフルバックを担いだ、ぼくの先生。
日本ランク第二位の、頂上一さんが、そこにいた……!
からんからん。
ナイフを取り落とし、ぼくは呆然と、先生の顔を見る。
一か月分の髪が伸び、無精ひげが生えている。
「せ、先生?」
「おう。今帰ったぜ」
よっと、バックを担いでいない右手を高々と上げる。
「ど、どうして、こんなところに?」
「そりゃお前、約束を守りにきたのさ」
「え?」
やく、そく?
ぼくには、なんのことかさっぱりわからなかった。
ただ突っ立ったまま、呆然としているしかできない。
だって先生。あいつを女の子と勘違いして、実は男だとわかって、そのショックで姿を消していたんじゃないですか?
自分が情けなくて、どこか消えてしまおうと思ったんじゃないんですか?
約束……
そうだ、思い出した。
あの時、ビルから出る前、先生は、約束していた。
最近すでに見つけることが諦められつつある、三種の武具。
先生は、その一つを見つけてくると言っていなかったか……?
「そういうわけだ。行くぞ、ついて来い!」
「え? ど、どこにですか?」
「そりゃもう、透ちゃんにあいに、ビルの上にだよ!」
凄く嬉しそうに、ビルを指差したけど、その肝心の透ちゃんは、先ほど出かけましたよ先生。
振り返って鳴神が歩いていった方を見たが、すでにその人影はなかった。
にこにこスキップしてビルに入ってゆく先生に、「今、そいつはいませんよ」と言う勇気は、ぼくになかった。
あともう一つ。鳴神は男だけど、あいつのことをどう思っているのか。それを、先生に聞く勇気も、ぼくにはなかった。
───博士───
「話は聞かせてもらった!」
そう研究所に姿を現したのは、日本ランク二位の、頂上一君だった。
そういえば、一ヶ月ほど前、ウチにやってきたと聞いたけど、それから全く話を聞かなくなったんだっけか。
ひさしぶりの来訪だねー。
「話を聞かせてもらったって、どういうことだよ?」
早乙女君が、いぶかしむような視線を送る。
「この俺は、一ヶ月旅をする間に、色々な危険を乗りこえ、耳がとってもよくなった!」
「いや、んなの聞いてねえよ」
「だから、君達の会話を全て聞かせてもらった! 望月からの話もちゃんと理解した! つまり、三日後に迫った決戦に、参加したいというのだろう!?」
「そ、そうだけど……」
はっきりと言い当てられた早乙女君が、たじろいている。
ホントにドアの外から全部聞いていたのかい。
こいつは凄い聴力だねー。
「だが、あの透ちゃんの監視や、他に集まる『機鎧』達の目をくぐりぬけ、一緒に裂け目へ飛びこむなんて、できるはずがないだろうと考えているだろう!」
頂上君が、胸を張って言った。
当然の話だね。
まず空を飛べる『機鎧』でなければ、裂け目まで自力で到達できないし、余計な犠牲となる可能性のあるものを、透君が連れて行くとは思えない。
「クロノスを倒すのだろう? なら、二人より四人の方がいい。だから、博士よ。そこの早乙女よ。俺に力を貸して、共に透ちゃんを助けに行こうではないか!」
「え? い、いや、言いたいことはわかるけどよ、どうやんだよ」
僕の言葉を、早乙女君がかわりに代弁してくれた。
正攻法でついていこうとしても、正直透君の怒りを買うだけだと思うけどね。
「まず博士に、裂け目に行ける飛行ユニットつきという『機鎧』を用意してもらう。むしろあるんだろう?」
「そりゃ、そよか君用に用意してあるからね」
「そして、最近流行の無効領域。そのために、男女一人ずつが必要なのだろう!? あれがあれば、色々便利! 俺と、お前! この二人でだ!」
「はあぁぁぁぁ!?」
突然指名された大門君が大きな声をあげて驚いている。
「んー。言いたいことはわかるけど、彼等の目を逃れて裂け目に行くのは至難の業だよー?」
「大丈夫だ。そのために、これがある!」
頂上君は、背中に背負ったダッフルバックから、一つの兜をとりだした。
大昔に作られた、地中海沿岸で流行ったような、トサカのある兜だ。
「それは?」
「俺は、約束を守るからな! 透ちゃんのために、このかぶれば透明になれる兜を見つけてきたんだ! だが、足止めの役目をする透ちゃんはこれをかぶるわけにはいかない! だから、俺達がこれを使って、あの子の助けになるんだ!」
「お、おおおおー!」
先ほど話題に出た、透明兜ということで、早乙女君が拳を握った。
「博士。あの白い『乙女』を生み出したあんたなら、これを『機鎧』に組みこむことができると思うんだ! やってくれないか!?」
「ちょっと見せてねー」
上から下まで眺めてみる。
これは、アレクの背骨に入っている無意味と思われた一部と同じ素材……
なら、同じように、『機鎧』に組みこむことも不可能じゃないね……
となると、その力が発動する条件も同じ。
「……ねえねえ」
「なんだ?」
僕は、頂上君にたずねることにした。
「どうしてわざわざ、複座で行くことを考えたの?」
「こうするのがいいと思ったからだ。勘。というやつかな」
「凄い勘だねー。よし、一丁やってみるよ! こうなったら、透君と大門君を驚かせてやろう! 待っているだけじゃなく、彼等の力になれるところ、見せてあげなよ!」
僕はにっと笑い、親指を立てた。
「おー!」
「おう!」
早乙女君と頂上君が、同時に歓声をあげた。
「つーわけか。ちょっとの間だけど、ヨロシクな、頂上さん」
「ああ。よろしく頼む。早乙女君!」
二人はがしっと握手をかわす。
ふふふ。
どうやら、君達に力強い援軍がついたようだよ。透君に大門君。
ここまでして、君達をサポートしてくれるなんてなんて心強いんだろうね。
……だから、必ず生きて帰って来るんだよ。
僕も、出来る限りのことをやるからさ……
こうして僕達は、透君と大門君には内緒で、この透明作戦を進めることにした。
そして、決戦の時が迫る。




