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朝キョ。  作者: TKG
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20/24

第20話 ご飯はやっぱり美味しい方がいい


───鳴神透───




「おはよー」

 あくびをかみ殺しながら、俺は自分の部屋から一階におり、茶の間の襖を開ける。

 今日は土曜。時間はまだ七時だ。

 そよかねーちゃんの訓練は午後から合流の予定で、十時ごろ博士のところへ行く約束になっている。


「よー。おはよ」

 もぐもぐと、俺の茶碗でご飯を食べているそよかねーちゃんが、挨拶してくれた。

 丁度口にふくんだ分が最後のようで、ハシを茶碗の上に置き、「ご馳走様」と両手をあわせている。


「あ、そよかねーちゃん。来てたんだ」

「ああ」


 俺のいつも使っている湯のみで、そよかねーちゃんが茶をすする。

 ついでに、座っているところは、いつも俺が座っているところだ。

 なので、俺はいつも座っているところではない、そよかねーちゃんの正面に座った。


「ところでさ」

「おう。なんだ?」

 座ったところで、俺はおもむろに、入室した時から思っていた疑問を口にする。


「その朝ごはん、誰の?」

「栞さんが食べていいって言ったんだよ」


「いやいや、答えになってないよ。誰の?」


「そりゃあ、お前のだよ」

「あー、やっぱりねー」


 そこ俺の席だし、俺の茶碗だったし、俺のハシだったし。

 いつも俺の朝飯が置いてある時間にきたんだから、あって当然だよね。


「つーか、なんでそよかねーちゃんここにいるの?」

「いちゃ悪いか?」

「いや、悪くないけど、なんでいるの?」


「あたしは別に。つきそいさ。あっちが用があってさ」


 ずずっとお茶をすすりながら、台所の方に視線を向けた。


「あっち?」

「ついでに、あたしが透の朝飯を食った理由でもある」


 俺が視線を向けると、そよかねーちゃんが補足してきた。

 ……メシとそよかねーちゃんのつきそいという言葉で、嫌な予感がした。


 がらりと、台所につながる引き戸が音を立て開いた。


「ふふ。起きたわね、透」


「げぇ。真姫さん!」

 そこには、エプロンを装着して皿をかまえる錬金術師の姿があった。

 座った俺の視線からでは、皿の上のモノは見えない。


「ま、まさか……」

「そうよ。あなたにリベンジしにきたの!」

「なんだってー!」


 俺の言葉に、彼女は即答してくれた。


 俺の脳裏に思い返される、悪夢。

 かつてのお泊り第一弾において、生まれたあの黒化錬金術が、また発動したというのか!?


「さあ、食べなさい!」

 皿が、どーんと茶の間のテーブルに置かれる。

 真姫さんがカーチャンや助手さん。そしてそよかねーちゃんに料理を教わっているのは聞いていたが、まさかここで俺に試食をさせに来るとは思いもしなかった。


 かつての黒い塊を思い出し、俺は思わずその皿から視線を外した。

 そして、恐る恐ると、視線を皿へと移す。


 心臓がバクバクいっている。

 まるで、巨人と戦っている時のようだ。

 死の危険を感じる。

 これは、戦場の気配……!


 だが俺は、すでに幾度となくその死線を潜り抜けてきた。ならば、こんなところで、恐れて逃げてたまるか!


 俺は、勇気を振り絞り、さらに乗った物体を、視界に捕えることが出来た!

 これは、人類にとって、大きな一歩であ……るわけない。



 その皿の上には、綺麗な黄色の卵焼きが乗っていた。



 拍子抜けするほど、形はまともだ。

 ちょっと焦げ目があって、形は悪いけど、黒くもなければ金属のような禍々しさも発していない。


 くっ、やられた!

 俺の頬を、冷や汗が滑り落ちる。


 まさか、ここまでレベルアップしていたとは。

 形がマトモというのは、見えない危険信号だ。見た目で判断できないのだから、それだけで危険が察知できない。

むしろ、危険性が増したと言っても過言ではない!


 おのれ大門真姫。これほどの造形術を身につけ、俺の胃を破壊しにきたか!


 目の前に置かれた皿を、穴が開くほど凝視する。

 とはいえ、こうして見ているだけで、味がわかるはずがない。

 だが、朝起きてなにも口にしていない俺のお腹は、可愛らしくくぅ~。という自己主張を開始していた。

 なんてこった。朝から元気な俺の胃が、裏切りやがった!


 そよかねーちゃんが、ニヤニヤしながら、正面から俺を見ている。

 俺の横に座った真姫さんは、はらはらと心配そうだ。


 おのれ、だから朝飯をすでに消失させたのか!

 なんたる策士。この策を考えたのは、我が最大の宿敵カーチャンに違いない!


 くんくん。匂いを嗅ぐ。

 匂いは、正常だ。異臭や危険臭は感じない。


 じっと俺を見る二人の視線が、強くなった気がした。


 ダメだ。これ以上は引き伸ばせない。

 きっとがんばって作った真姫さんの情熱から、俺は逃げるすべは持ち合わせていない!


 気合を入れろ。前は死ななかったじゃないか。

 なら、今回もきっと大丈夫!


『生きたいな。ああ生きたいな。生きたいな』


 辞世の句も完成し、俺は覚悟を決め、ハシを手に取った。

 いくつかに切り分けられたうちの、一切れをつかみ、口へと運ぶ。


 ハシで掴んだその一切れは、信じられないことに、ぷるんと柔らかかった。

 かつては金属かと思える硬度を誇っていたというのに、なんという変化か!

 これだけでも、飛びあがって喜んでもいいかもしれない。


 だが、その感動にいつまでも浸って入られない。それは、あくまで前菜。伴奏に過ぎないのだから。ここからが、メイン!


 柔らかい卵焼きが、俺の口へと運ばれてゆく。



 ごくり。



 誰かが緊張のあまり喉を鳴らしたようだ。

 その時彼女達には、俺の口へ運ぶそれが、とてもゆっくりスローモーションに見えたそうだ。

 それほど、彼女達も緊張していたのだという。

 この、世紀の一戦を観戦することに!



 ぱくり。

 一切れ、口に入れた。



 口の中でそれは、溶けるようになくなる。

 かつて経験した鋼を体現した卵とは大違いだ。

 ぱぁっと、脳の中で、光が弾けた気がした。



「……おいしい」



 思わず、言葉が漏れた。

 外には少しの焦げ目があったが、中はとろけるように絶妙な火加減で、なおかつ甘美な甘さと、少しの塩加減が素晴らしいアクセントになっている。

 それはすばらしく、前に鉱物を練成していた人の作品とはとても思えないほどの味だった。


 それは、突然庭から、オーケストラが鳴り響いたかのような衝撃だった。

 それは、信じられない衝撃だった。

 真姫さんの作った一品が、普通に食べられて、しかもおいしかったのだから!


 まさか、誰か他の人が作ったのか?

 ゴーストクッキングだったのかと疑う。


 だが、俺の目の前でハイタッチをして喜ぶ女の子二人の姿を見て、それはありえないと悟った。

 むしろ、疑った自分が恥ずかしいと思う。

 それほど、二人は純粋に喜んでいたのだから!


 最初にあの黒卵を食べてから、一ヶ月と少し。たったそれだけで、彼女は立派に美味しい卵焼きを作るに至ったのだ!

 伊達に、『機鎧』というものづくりに携わっていないということか……



「うま、うまっ」


 ハシが止まらない。

 俺は、皿の上にある卵焼きを瞬く間に食らいつくしてゆく。

 その光景を見る二人の女の子は、嬉しそうにそれを見ていた。


「はー、おいしかった」

 皿の上を空にして、お腹をさする。

 卵焼きだけだったが、お腹より、胸が一杯になってしまい、これ以上食べなくても元気百万倍になった気がしたからだ。


「ご馳走様でした」

「お粗末様」


 真姫さんがニコニコしながら、皿を片付けるため、それを手にかけ、さらにそよかねーちゃんが食べた俺がいつも使っている食器も一緒に乗せる。


「いやー、まさかこんな短時間でこんなに上達するなんて」

「ふふ。見直したかしら?」


「うん」

 そして俺は、大して考えもせず、その言葉を口にした。

 それはもう、意識もせず、勝手に口から漏れたと言ってもいい。


 だから俺は、この時なんと言ったのか、次に瞬間には、頭になかった。

 頭に残るようならば、そもそも言いかけてとめている。



「これなら毎日でも食べたいくらいだよ」



 どんがらがっしゃーん。


 皿を持って台所へ立ち去ろうとした真姫さんが、派手にすっ転んだ。


「ど、どしたのいきなり!」

「な、ななななな、なんでもないわよ!」


 すぐに立ち上がり、手伝おうと立ち上がろうとした俺は、手で座ってろと制された。


「皿とかヒザとか平気?」

「平気よ。平気だから!」


 真姫さんは、落ちた皿をテキパキと拾って、そそくさと台所へ走っていってしまった。

 そんなに転んだのが恥ずかしかったのだろうか。

 確かに完璧を求める彼女なら、こんな凡ミス恥ずかしいだろうしなぁ。


 ……でも、なにか違う気がする!

 酸いも甘いも知る俺は、そんな彼女に、違和感を感じていた。さすが、大人である!


 ただ、それがなんなのかまではさっぱり。

 なので……


「どうしたんだろ」


 視線をそよかねーちゃんに向け、意見を求める。

 ひょっとしたら、あの日とか? だとすると、男の俺では、さっぱりなわけだからな。



「ばーか」



 なぜかそよかねーちゃんは、不機嫌だった。




───大門真姫───




 ドキドキドキドキドキ。


 なになになに? なんなのこれは……!

 まるで胸が爆発してしまうんじゃないかと思うほど、心臓が早鐘を打っている。

 あんな一言で、こんなにも胸がドキドキしている。顔が熱い。頭が沸騰してしまいそうなくらいだ。


 私は皿を持ち、台所へ逃げこんだ。

 皿をシンクへ置き、胸に手を当てる。


 まだ心臓がバクバクいっている。

 あんな言葉を投げかけられただけで、どうしてこんなに胸が高鳴ってしまっているのか、理由がさっぱりわからなかった。

 あんな……



『これなら毎日でも食べたいくらいだよ』



 ボンッ!

 彼の言葉を思い出した瞬間、また頭から湯気が出るかと思うほど顔が熱くなるのを感じた。



 おかしい。

 私はたまに透のことになるとおかしくなる時がある。

 なんなんだろう、この気持ちは。

 まるで、風邪にかかったような熱さと、夢でも見ているかのような心地よさが同居している。


 ……でも、この熱さは、気分の悪いものではなかった。

 むしろ、今ならなんでもできるような気がした。


 今までより、一層世界が大切で、キラキラ輝いているようにも感じた。

 これは、透と出会ってから、ずっと感じている、感覚だ……



 ふふっ。



 口元が、なぜか緩む。

 不思議と料理のやる気も生まれる。

 もっともっと上手になって、また透に食べてもらいたいという気持ちが生まれる。



 私はこの時、この気持ちがなんという名前なのか、知らなかった。

 そしてこれが、身を焦がすほど、私を苦しませるなんて、思ってもいなかった……




───早乙女そよか───




「これなら毎日でも食べたいくらいだよ」

 その言葉を聞いたとき、あたしの胸が、なぜかちくりと痛んだ。


 あー、あんまり意識しないでいたけど、これってやっぱりアレなのか?

 透は弟のようなものだと思っていたけど、違うのか?



 自分の心に、問いかける。


 久しぶりに会った透は、昔の女の子だったイメージとは違い、凄く大人っぽくなっていた。体が。ではなく、精神的にだ。

 昔と違って、頼りになって。いつの間にか、あたしがあいつの背中を追いかけることになっている。


 これは、透が強くなって手が届かないところへいったことへの、嫉妬なのだろうか?

 いや、違う……

 むしろ、あたしを守ると言ってくれた時、喜びの方が大きかった。

 胸が、乙女のようにきゅん。となったのも事実だ。


 どんどん成長していく透に、命がけであたしを救ってくれたあいつに、あたしはなにを思っているのだろう……?


 でも、これに気づいちゃいけない気もする。

 これに気づくと、真姫の気持ちにも、気づくことになるから……



 というか、なにを考えて、透はあんなことを言ったんだよ!

 あいつは、今誰にアレしてるんだよ!


 なんて考えていたら……



「どうしたんだろ?」



 なんて聞かれた。

 ああ、付き合いの長いあたしは、透の内心が、わかった。


 こいつ、なにが起きたのか理解してない。天然かっ!


 ったく。お前のせいだっつの。

 あたしは、いろんな意味をこめて。


「ばーか」


 と言ってやった。




───鳴神透───




 その後、博士のところへ三人で行って、完成したそよかねーちゃんの新しい『機鎧』の報告とかを受けて、真姫さんの家へ移動。そこで色んな起動実験や、訓練をし、夕飯の時間となった。


「あー、もー、負けた負けたー!」

「二対一でももう少しマトモな勝負ができればいいのだけどね」


 今日のラストとして、シミュレーションで真姫さん&そよかねーちゃんVS俺をやったのだが、結果は俺の勝ちで、二人で反省会をしながら大門家の食堂へと足を踏み入れる。

 ちなみに、夕飯の用意をしてくれたのは、助手さんだ。


「でも、シミュレーションならあの単眼巨人を二人がかりで倒せるようになったんだから、十分な進歩だと僕は思うねー」

「十回中七回くらいあたしは死んでるけどな……」

「私も一体倒すのが精一杯だし、次に姿を現すのは、それ以上に強力な巨人の王、クロノスの可能性もあるから、まだまだだわ」

 博士の言葉に、二人が気を沈ませる。

 真姫さんのところのシミュレーターには、かつて大戦で姿を現した巨人のデータなども集められて、戦えるようになっていた。

 それプラス、今まで姿を現した巨人のデータも新たに入力され、最新の巨人バトルのシミュレートができている。

 このシミュレーターは、ゲームのような感じなので、どこか元の世界のバトブレを思い出させた。


 その中で、そよかねーちゃんはめきめきと腕を上げていた。

 十回中七回と言っているが、初めて一ヶ月もたっていないのに、十回中十回潰されないのは、凄いと真姫さんが言っているくらいだからだ。


 本当に才能がある人って、いるんだなー。


「そういえば、私達がタッグでシミュレートしている間、あなたはなにをしていたの?」

 俺がいると訓練にならないというので、その二人がかりでのシミュレートの時、俺は外されてしまったのだ。


「俺? 一人で寂しく訓練してたよー」


 というよりも、どちらかというと気晴らしをしていたというのが正しいだろう。

 もっと正確に言えば、遊んでいたと言ってもいい。

 巨人の動きを再現したシミュレーター。訓練としてそれをプレイしていると、元の世界のバトブレを思い出したと言ったが、そのプレイ感覚で、ちょっとした挑戦をしてしまったのだ。

 いわゆる、サバイバルモード。

 もしくは、無双系モードと呼べばいいのだろうか。


 区別なくランダムに巨人を表示させて、わらわらとわいてくる奴等を相手に、どこまで戦えるかを試していたのだ。

 最初こそ、大戦時の知らない巨人とかに知恵を絞って戦っていたのだけど、しょせんは対CPUオンリー。途中から全てのパターンがわかり、無双系ゲームによくある、わらわらわいてくる敵を倒すだけの、『草刈り』状態に入ってしまったので、途中で飽きてやめてしまった。

 実践がこんなに簡単だったら、苦労はない。


 でも、久しぶりにバトブレっぽい遊びができて、気晴らしにはなったと思うから、よしとしよう。



「はーい、夕飯はできていますよー」



 食堂では、小さな体で、なぜか割烹着を着た助手さんが、手作り料理を並べて待っていてくれた。

 ちなみに大門家の食堂は、いわゆる西洋風の部屋で、長いテーブルに白いシーツがかけられた、十二畳くらいの広い部屋だ。

 俺達五人がいても、当然まだ余裕がある。


 そのテーブルには、所狭しと料理が並び、しかもその料理はおいしそうにキラキラと光っているように見えた。


「おおー」

「すげー」

「すごい……」

 俺とそよかねーちゃん、それと真姫さん、感嘆の声をあげる。


「いやー、相変わらず助手君の料理はおいしそうだねー」


「はい。一生懸命作りましたから。皆さんたくさん食べてくださいね!」

 笑顔がまぶしい。


 皆席に着き、一斉にいただきますをして、夕飯がはじまった。


 味は人の好みの問題なので、順位をつけるのはおこがましいが、俺の味覚でランクをつけさせてもらうなら、助手さんの味は、ランク二位に位置するほどおいしかった。

 ちなみに不動一位はカーチャンである。


「やっぱり、おいしい……」

 一口食べた真姫さんが、ポツリとつぶやいた。

 何度か研究所でもお世話になっているから、すでに彼女の腕はおなじみである。

 だが、その助手さんも、人に教えるのは苦手だったようで、なかなか真姫さんの腕を上達させることは出来なかったようだ……


「あとでそよかさんに教えておきますねー」

「はい」


「これ、隠し味になにかいれてますね?」

 口にふくんだそよかねーちゃんが、助手さんに聞く。

 なぜか料理上手な助手さんにはそよかねーちゃん、敬語を使うのだ。

 あと、一応カーチャンにも使うけど。


「あ、わかります。それはですね……」

 女の子が、食べ物の話題で盛り上がっている。


「助手君のご飯はいつも美味しいねー」

 もふもふと、ビーフシチューを口にふくんで、博士が言う。

 その味に、博士もご満悦だ。


「そうですかー。いつもおいしそく食べてくれて、わたしもうれしいですよ」

 やはり、博士に言われるのが一番嬉しいようだ。

 てれてれと、明らかに照れている。


 その瞬間。俺の頭脳に、ぴぴーんと来るものがあった。

 おせっかいなキューピットなんてのが、頭に舞い降りたのだ。


「そうですね。凄く美味しいです。これはいいお嫁さんになれますよ!」


 さあ、博士、俺の言葉に、同意するのだ!

 そして、助手さんを気にするようになるのだ!

 助手さんも、そこからアッピールをして。一気に二人の仲を縮めるといいのです!


「そうだねー。助手君ももう二十三だし、そろそろ考えてもいいかもねー」


 博士も、俺の誘いに乗り、見事に乗ってきた。

 ああ、さすが俺。素敵なアシストパス!


「そ、そうですか」

 えへへ。と助手さんもまんざらではない。

「な、なら……」


 真っ赤になった助手さんが、勇気の一言を搾り出そうとした、その瞬間。


「だから透君。そう思うのなら、どうかな助手君のこと! 一つ彼女を恋人にすると考えてみては! なに、一回りも離れていないんだから、問題ないよ!」


 どがしゃーんと、俺とそよかねーちゃんが机に突っ伏した。

 真姫さんだけは、スプーンを加えて、よくわかっていない顔をしている。


 そして助手さんは、大きくため息をついていた。


「あ、でも透君はまだ中学生か。十八になるにはまだまだ時間がかかるかー。結婚を考えるなら、これは問題かな? となると誰か他にいい人は……」

 博士はアゴに手をあて、本気で考えをめぐらせはじめてしまった。


 知っていたけど、この人自分を勘定に入れてねぇ……

 恋愛感情とか皆無なのか、それとも、自分に助手さんは相応しくないと思っているのかは知らないけど。


「あの人、マジで言ってるんですかね?」

「本気で言ってるんですよ……」

 俺の問いに、助手さんがトホホと答えを返してくれた。


「苦労、しますね」

「ありがとうございます」


 惚れた弱みってのは、ホント大変だ。


「うんうん。仲良くてよろしい!」


 そうしてひそひそ話している俺と助手さんを見て、博士は一人満足そうにうなずくのだった。



 とりあえず、一つ言わせてもらおう。



 ダメだこりゃ!




 ※透も人のこと言えないけどな!




───助手───




 皆さんとお別れして、研究所に戻って、わたしも帰ろうと、戸締りの準備をしていたんですが、博士がなかなか机から離れてくれません。

 このまままたここで一夜を明かすのかと思い、今日くらいは帰ってくださいと声をかけるために、再び博士の研究室へ入っていきました。


「博士。今日くらいは家に帰って寝てくださいよ」

 色々と完成して、ひと段落したと聞いたので、今日くらいはベッドで寝て欲しいと思ったからだ。


 でも、反応がありません。

 なにやら博士は、モニターにかじりついて、その画面を凝視しているみたいです。


 まさか、エッチな画像を……!

 なーんて、ありえませんね。


 博士が興味を持つのは、今のところ『機鎧』か巨人のことだけですから。


 一体なんなんだろうと思い、後ろからそっとのぞきこんでみました。


 それは、今日のシミュレーションのデータだったようです。

 サムライ号が、巨人をばったばったとなぎ倒しています。


「うわー、すごいですね。これ、透君の今日のシミュレーションデータですか?」

「……」

 私の言葉に、博士は反応すらしてくれません。

 いつもならこういう映像の場合、なにかを作って集中している時とは違い、無駄に大げさに反応してくれるというのに。

「博士?」


「し、信じられるかい、助手君……」

「なにがですか?」


 やっと博士が反応してくれました。

 博士は、震える指で、画面を指差します。

 画面には、戦うサムライ号と巨人の他に、画面の右下に、千百九十七という数字がありました。


「この、データが、だよ……」

「はあ。透君なら、十体や二十体くらいなら、一度に相手できても不思議じゃないと言っていたのは博士じゃないですか」


 今、透君は標準型約十体を相手に戦っています。

 これだけでも凄いことですが、彼はそれより恐ろしい単眼巨人を三体たった一人で倒す実力がありますから、当然とは言えます。


「違うんだよ。助手君……」

 なぜか、博士の歯切れが悪いです。

 いつもならもっと、ケラケラ笑って「ダメだなー。それでも僕の助手なのかい」とかおふざけするのに。


「これね、千二百体目なんだ……」

「へ?」

「このシミュレーションで、彼が倒した、巨人の、数」


 右下に、カウントされた数字が、千二百二に増えました。

 ひょっとして、この数字って、倒した巨人の数なんですか……?


「しかもこのあと、彼は飽きて止めてしまうんだよ。つまり、その気になれば、まだまだ戦えたということなんだ」


 理解が追いつきません。

 単眼の巨人が、画面の中であっさり首を落とされ、倒れました。

 あれって、普通は『機鎧』三体がかりで倒す存在ですよね。標準型だって、一対一で戦うのは危険と言われている存在です。

 それ以外にも、剣闘型と言われた新型は、サイズが標準型でも、下手すると単眼巨人より強いと言われていますし、他にも大戦時には、いくつかの種類の巨人が出現しました。

 それらはどれも、たった一人で倒せるような相手ではありません。

 なのに、透君は、一人で、そいつらを……


 え? 意味がわかりません。


「いくらシミュレーションと実践は違うと言っても、これは僕も力を貸した、今最も正確な巨人シミュレーターなんだよ。それを、たった一人で千体以上も倒せるなんて、彼は、本当に……」


 ごくりと、博士はその言葉を飲みこんだ。


 博士が、なんと言おうとしたのかは、大体想像がつきます。

 でも、口にはできなかった。

 口に出したら、見方が変わってしまうから……


「でも彼は、確かに僕達の希望だと思うよ」


 博士が、キーボードになにかをうちこみます。

 どうやら、ここまでの戦いから、彼がどれだけ巨人を倒せるか、予測するようです。


 なんと結果は、九千七百八十九体……


 信じられない数字でした。

 まさに、人類の希望と言っても過言ではありません。

 思わず拳を握ってしまいます。


「でもね、助手君……」


 さらに、博士はある数字をうちこみます。

 わたしは、それを見て、半ば絶望してしまいました。


 百万引く、九千七百八十九は?


「あっ……」

 そう。巨人の総数は、百万体。

 しかも、その王クロノスは、それを自由に出し入れ出来るのです……

 そしてそれが、次にこちらへ攻めてくる可能性があるのです。



 彼が一人で、約一万体倒したとしても……



「で、でも、こちらにはケラウノスもあるじゃないですか!」

 真姫さんの記憶と、博士の技術があわさって、ついにケラウノスが起動できるのが判明しました。

 それは、本当に強力で、あのクロノスの槍とかいうものと同等の威力があってもおかしくないと聞きいています。


 なら、透君とそれがあれば……!


「うん。それじゃあこれも見てもらおうか」

 博士がキーボードを叩くと、別のシミュレーションが立ち上がりました。

 それは、ケラウノスの発射シミュレーション。


 それを見て、私は愕然とします。

 放たれたその一撃は、都市を吹き飛ばし、さらに日本をまっぷったつにして、大陸さえ引き裂くものでした……


「な、なんですか、これ……?」

「ケラウノスの射出シミュレートだよ。しかもこれは、暫定データでの出力だから、実物より低い可能性が高い」

「それってつまり、実物撃ったらどうなっちゃうんですか!?」

 大陸を引き裂くより出力が上って、どういうことなんですか!?


「下手すると地球が火の海になるね。マグマの塊だった頃の、約四十五億年前にタイムスリップだ」


「なら、威力を落として使えば!」

 そうです。コントロールできる兵器なんですから、被害が出ないように放てる方法もあるはずです!


「似たようなものを持つ相手は、遠慮なく撃ってくるというのにかい?」

「あ……」

 博士に言われ、気づきました。


「これは、敵の持つ槍の威力についても推測できるシミュレーションでもあるんだよ。つまり、敵は一撃で大陸を引き裂ける。予言の恐怖とは偉大だったね。漠然とした恐怖だからこそ、立派な抑止力になっていた……」


 透君をとりこんで、予言に縛られなくなったクロノスがこちらへやってくる。

 敵のボスがみずから来てくれるのだから、それは好都合だなんてわたしは思っていました。


 でも、違った。


 巨人にとって、予言とは、確実な運命を現していたものなんです。

 それだけ、重い意味があった。


 どんな武器で武装しようと、避けられない運命だから、直接はやってこなかったということなんですね……



「運命や予言に左右されて動くなんて、僕達からは考えられないけど、魔法もある世界だしね。ともかく、彼がどれだけ強かろうと、百万の軍隊は倒せないし、もしあの槍を地上で撃たれる。もしくは撃ちあいにでもなったりしたら、この地球が吹き飛ぶかもしれない……」


「っ!」


 博士が、苦渋の顔を見せました。

 こんな博士、私は見たことがありません。

 わたしの前では、いつも飄々として、余裕たっぷりでおふざけをする博士が、こんなに苦い感情を表に出すなんて……


 敵との戦力差は、それほど大きいということなんですね。



「やっぱり、僕達はまた、彼に重荷を負わせるしかないのか……」

「え?」

 博士が、ポツリとつぶやきました。



「巨人の王様がきたら、彼一人を裂け目の中に置き去りにするしかない。ということさ……」



 博士は、目を伏せながら、そう言いました。



 それが、裂け目の中に巨人の王を永遠に封じる、『プロジェクト・タルタロス』という計画でした……


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