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午後からのエレノアは集中力を欠いていた。
あの記事と噂が原因で、授業にまったく集中できない。
エレノアは真剣に取り組んでいるつもりでも、結局周りは、公女のお遊びとしか見ていないのだ。
もちろんそう思われても仕方がないし、覚悟もしていたつもりだ。
しかし現実に突きつけられると、これほど堪えるものとは思わなかった。
そして、午後の授業もさんざんなものだった。
ローガンとはなるべく距離を置き、ほかの生徒と稽古をした。
しかも集中力も切れているとなると、あちこちが傷だらけになってしまった。
いつもより精彩を欠くエレノアの動きに、ガレスも首を傾げている。
何か言われるかとひやひやしていたが、結局ガレスは何事もなく授業を終えた。
服を着替えてしばらくすると、足首がじわじわと痛み始めた。
練習中に捻ったようだが、全く気がついていなかった。引きずりながら部屋から出ると、ローガンが待ってくれていた。
ローガンはエレノアの歩き方がおかしいことにすぐに気がついた。
「どうかしたのですか?」
「ちょっと足を捻ったみたいで……」
バツが悪そうにエレノアは答える。彼はすぐにエスコートをするように腕を差し出した。
「すぐに処置室に行きましょう。捕まってください」
しかしエレノアはそれに戸惑いを見せる。
こちらは怪我をしているのだから、仕方がないのだけれども、誰かに見られたら何を言われるかわからない。
「エレノア?」
「あー……。いえ……。
大丈夫です。一人で行けますから」
すると彼はわかりやすく悲しそうな顔をした。
「俺では頼りないですか?」
その義務感というか、責任感というか、優しさはありがたいのだけれども、今は困る。
「そんなことはないのですが……。
あなたにばかりご迷惑をかけていると思って」
「ですから、そのような遠慮はしないでください。
同じ仲間ではありませんか」
あっ、仲間。
そう言ってくれるローガンの気持ちがありがたい。
だけど仲間ならなおさら、彼をおかしな噂に巻き込みたくなかった。
「ありがとう。本当に大丈夫。
処置室には一人で行けるわ」
「その足で、ですか?」
「ええ」
エレノアは笑顔で返事をした。そこまですると、さすがのローガンも何も言えないようだ。
その時、明るくエレノアを呼ぶ声が聞こえてきた。
振り返るとカイが思いきり手を振ってやってくる。
「あまり遅いんで迎えに来ました」
カイはエレノアとローガンを見て不審そうに言う。
「どうかしました?」
「私が足を挫いてしまって、ローガンが心配してくれているの」
「ああ。早く処置室に行ったほうがいいのではないかと思うのだが」
驚いたカイはエレノアの足元に跪き、痛む足にそっと触れた。
瞬間、雷が走ったような痛みがエレノアを襲う。
「痛っ!」
「ごめんなさい。
でも、これは急いだほうがいいですね」
そう言うとカイは突然エレノアを両腕に抱きかかえた。
小柄なエレノアはその胸にすっぽりと収まる。
しかし姉弟と言ってもこれはさすがに恥ずかしい。
「子供じゃないんだから、やめてよ!」
「この方が速いし、お姉様の足も痛まないでしょう」
カイはどうしてエレノアが怒っているかも理解できないようで、ごく当たり前に答えた。
「ローガン、ありがとう。
後は俺が姉上を処置室に連れて行くよ」
カイはそう言うと爽やかな笑みをローガンに向けた。
「ローガン、心配してくれてありがとう!」
エレノアはカイの肩越しにお礼を言った。
「ええ。また明日」
「また明日ね」
ローガンはしばらく二人を見送ると、小さくため息をついてその場から静かに立ち去った。
処置室に着くと回復の先生はいなかった。そのかわり二・三歳下のような少年が、僧侶のローブを着て座っていた。
「あれ? いつもの先生は?」
「今、急な会議が入って、かわりに僕が留守番をしています」
そう言った少年は、黒髪のまるで天使のような愛らしい顔立ちだった。
「それは困ったな」
「どうかされたのですか?」
「姉が足を挫いたから、治してもらおうと思って」
「では少し見せていただいてよろしいですか?」
年齢に見合わず落ち着いた雰囲気の少年は、カイにそういった。
「お前が診るの?」
「ええ。こう見えて治癒魔法はマスターしているので」
その言葉にカイとエレノアは驚いた。
治癒魔法は普通、この学園に来てから学んでいくものなのに、この少年はもうマスターしているなんて。
カイは訝しみながらも、エレノアを椅子に座らせた。
「失礼します」
少年はそう言うと、靴を脱がしエレノアの足首を見る。
「確かに腫れていますね」
そう言うと、優しくエレノアの足首に触れ、小さく神に捧げる言葉を詠唱する。
少年の手のひらから青白い光が広がり、エレノアの足首を包んだ。
すると痛みがどんどん引いていく。
詠唱が終わった頃には、痛みは全くなくなっていた。
少年はエレノアに靴を履かせると、そっと手を差し出した。
「僕に捕まって、ゆっくり立ち上がってください」
言われたとおりにゆっくりと立ち上がる。足の痛みは全く無かった。
「痛くないわ!」
「それはよかったです」
少年はにこりと微笑んだ。その顔がまた可愛らしくて、エレノアまで笑顔になる。
「いつもの先生より早いんじゃないか?」
カイは感心して言った。
「そんなことはありませんよ。エレノア嬢の怪我が軽かったんです。
でも、念のため明日の稽古はお休みしてください。
もしも痛みが出たら、白魔術科のユリウスを訪ねて来てくださいね」
あれ? 私、彼に名乗ったかしら?
不思議そうにユリウスを見ると、彼はくすりと微笑んだ。
「このような怪我をしてくるのは、学園広しと言えども、エレノア嬢ぐらいでしょうから」
予想以上に有名人になっていることに、エレノアは頭を抱えた。
「エレノア嬢、お気をつけて」
笑顔で送り出すユリウスに手を振って、エレノアはカイと歩いて処置室を後にした。
しばらくすると、処置室に先生が戻ってくる。
「ユリウス様、誰か来ましたか?」
「ええ。偶然ですけれど、エレノア嬢が来ましたよ」
「騎士科に入った公女様ですね。いつかは来るとは思っていましたが、思ったより早かったですね」
「ええ。騎士科ですからね。
今後はちょくちょく来ると思いますよ。
……本当は僕の方からご挨拶に行くつもりでしたが、ちょうどよかった。
今後、先生が忙しいときには、僕が留守番に来ますね」
「百年に一度の天才と呼ばれるユリウス様が手伝ってくれるのでしたら、心強い」
その言葉に、ユリウスは大人びた笑みを浮かべた。




