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昼休み、エレノアはしょんぼりといつもの木陰に座っていた。
昨日ヴィンセントに言われた言葉が頭から離れない。
公女が騎士になるなんてと、笑われることは覚悟していた。
笑われたとしても、新しい人生を生きるのなら、誰かの役に立ちたいと思ったことも嘘ではない。
それなのに、あんなふうに思う人がいるなんて……
このままでは、エレノアが騎士科にいることも、ほかの生徒の迷惑になるかもしれない。
そんなことは嫌。
でも、どうしたらいいのか……。
途方にくれていると、いつも通りフィラがやってくる。
フィラはエレノアの隣に座ると、じっとエレノアの顔を見た。
エレノアは思わず後ずさる。
「どうかした?」
「エレノア様……」
ドキリとしてエレノアはフィラを見る。
フィラは大真面目な顔で、エレノアの顔を繊細な両手で押さえてのぞき込む。
少し体温の低いフィラの指が肌に触れ、エレノアは少し体を硬くした。
美しいフィラに見つめられると、同性でも心臓の鼓動が速くなる。
美女って凄い。
そんなことをのんびりと考えているとフィラは優しく言った。
「いつもより目が腫れていますね」
エレノアは思わず自分の顔を押さえる。
確かに朝まで目の周りの腫れが引かなかった。
でも水で冷やしたし、メイドたちも何も言わなかったのだけど、どうしてフィラにはわかってしまったのか。
「泣いてました?」
フィラはさらにエレノアに詰め寄る。しかたなく、エレノアは頷いた。
フィラは悲しそうに言った。
「やはりあの記事が原因なのですか?」
「記事?」
エレノアが不思議そうに聞き返すと、フィラはハッとして口を押さえた。
「ねえ、記事って何?」
今度はエレノアがフィラに詰め寄る番だった。
フィラはエレノアから目をそらした。
「エレノア様が気にすることではありませんわ」
「フィラ。私に隠し事はしないで」
真剣なエレノアの勢いに押され、フィラは気まずそうに話し始めた。
「エレノア様も学園内で新聞が発行されているのはご存知ですよね」
学園内には学生が主体になって新聞が、作られていた。主に二誌は学園内の広報や国内外の出来事を記事にした公式なもの。
それとは別に、非公式なものもいくつか発行されていた。
それらは生徒が自主的に作っているので、決まって発行されているとは限らない。なかには誰が発行者かもわからないものもあった。
「ゴシップを主に扱うとある新聞で、エレノア様が騎士を目指していることが取り上げられていたのです」
フィラは面白くなさそうに、ゆっくりと話した。
「内容は?」
しばらく黙っていたフィラだったが、エレノアが何度も頼むのでようやく重い口を開ける。
「エレノア様が新たな婚約者を探すために騎士科に所属したと……」
なんですって!
エレノアは思わず口を押さえて、声を失った。
それからのエレノアの行動は素早かった。フィラにその新聞の発行元を聞き出した。
エレノアは知らなかったが、代々学園内でのゴシップを発行している新聞らしい。
今の編集長はルーカス・グルンドという平民の男性らしい。
普通は平民が公爵家令嬢についての記事を書くなんて命知らずもはなはだしいことだ。
しかしこの学園では、平民だとしても自由に意見を発信することができるし、その発言も大切に尊重される。
だからこそ、エレノアのことも記事として取り上げることができたのだ。
しかし記事の内容は事実とはまったく違う。そのことにエレノアは怒っていた。
そしてこの記事が原因で騎士科の人たちに誤解が生まれることを恐れていた。
エレノアはゴシップ誌「ザ・オブザーバー」の編集室になっている空き教室へやってきた。
勢いに任せて、力強くノックすると「開いてますよー」と呑気な声が返ってきた。
「失礼します」
ドアを開けると、中には三人の生徒がいた。
「おや、これはこれはエレノア嬢」
部屋は思いのほか狭く、窮屈そうに机が押し込まれていた。
しかも壁は書籍やら、資料のような紙で埋まっているため、通路は人一人がようやく通れればよさそうな広さだ。
一番手前に座って、眼鏡をかけた茶色い髪の男性がにやにやとしながら顔を上げた。
緩くウェーブした髪を、横で一つにまとめている。
「何か御用ですか?」
男は立ち上がると、エレノアの近くへやってきた。
ほかの生徒と同じく、白のワイシャツと紺色のズボンなのだが、ボタンを二番目まで空けている。
そのため、彼のまとっている雰囲気と相まって、随分と大人っぽく色気をはらんで見えた。
エレノアは彼の顔を見あげた。
「編集長のルーカス氏にお会いしたいんだけど」
「ルーカスは俺だけど、何か用?」
エレノアはルーカスを睨むとはっきりと言った。
「あなたがたが書いた記事の訂正をお願いに来ました」
「訂正ってどれのこと?」
「私が婚約者探しのために、騎士科に入ったというものです」
ルーカスは腕を組んで、余裕の表情でほほ笑んでいる。
「エレノア嬢、記事はきちんと読んでいただいていますか?」
エレノアは言葉に詰まった。
「……いえ。私は人から聞いただけなので……」
彼の余裕の態度に気圧される。
「では、きちんと読んでいただいて、それでも訂正を求めるのでしたら、こちらも考えましょう」
そう言うとルーカスは部屋の奥から持ってきた新聞を手渡した。
『公女・エレノア・フォン・アルディス嬢、新たな道へ!』
大々的に書いてある見出しに、エレノアは恥ずかしくなった。
しかしその羞恥に耐えながら、エレノアは読み進めた。
記事の内容は婚約破棄をされてからの流れで、特に問題となるようなところはない。
ただ最後に『エレノア様が女性騎士として活躍することを期待するとともに、彼女が新しいステージで良きパートナーと巡り会い、輝く学園生活を取り戻されることを祈るばかりである』と書いて締めくくられていた。
大きなお世話よ!
確かに読みようによっては、騎士科で婚約者を探そうとしているようにも思えるけれど、直接的に書いているわけではない。
むしろこれを読んだ読者が勝手に想像して噂を広めているようにも思える。
「どうかな?」
勝ち誇ったようにルーカスは微笑んだ。
優雅な笑みだが、今は悪魔の微笑みにしか見えない。
エレノアは何度も記事を読んで、悔しそうに呟いた。
「確かに、書いてないわね」
「でしょ。訂正してほしいと言うのなら、記事はきちんと読まないとね」
嫌味っぽく言われるが、何も言い返せなかった。
「じゃあ、お疲れさま」
ウインクをしてルーカスは扉を閉めた。
またその姿がさまになるのが腹が立つ。
エレノアはふんと鼻を鳴らすと、渡された新聞を握りつぶして、おおよそ令嬢らしからぬ足取りでその場を離れた。




