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エレノアは前世の記憶があった。それが私、神崎遥だ。
遥は幼い頃からの夢を叶え、警察官になった。しかし子供の水難事故に巻き込まれ二十三歳で殉職してしまった。
これから社会の役にたつぞと思っていたところの事故だった。
子供を助けられたことは嬉しかったが、心残りのまま魂は消えていった……。
と、思っていたのだけれども、気がついたら十歳のエレノアの体に蘇っていたのだ。
エレノアはアルディス公爵家の長女で、正真正銘のお嬢様だった。
幼い頃から両親に愛され、室内で静かに過ごすことを好んだ。
そんな彼女が十歳の頃、重い病に倒れ、生死の境をさまよった。
それがきっかけだったのだろう。目が覚めたときには、遥の記憶が蘇っていたのだ。
十歳のエレノアの記憶と二十三歳の遥の記憶。どちらの影響が大きかったのかは明らかだった。
やがて遥は、エレノアの体を乗っ取ってしまったと思うようになった。
しかし、どんなに頑張ってもエレノアとしては生きられない。
ならば、せめて彼女のたった一つの夢を叶えようと誓ったのだ。
それは九歳の時に両親が決めたヴィンセント王子との婚約。それを必ず成就させて、小さなエレノアの初恋の王子と結婚しようと誓ったのだ。
だと言うのに、この有様だ。
やってしまった……。
こんな予定ではなかったのに……。
とはいえ、私の行動に間違いがあったとは思えない。
その結果の婚約破棄ならば、仕方がない。
そもそも今のエレノアには、ヴィンセントに対する恋愛感情は無い。
それが悪かったのかもしれないが、二十三歳の心を持ったエレノアが、どうやって十七歳のヴィンセントに恋愛すればいいのだろう。
相手はまだまだ未熟な子供だ。
なんなら、そういう目でみることに罪悪感まで生まれてくる。
むりむりむり。絶対に無理。
なので、結果としてはこれで良かったのだろう。六年間も頑張ったのだから、そんな自分の努力は褒めてあげたい。
もうヴィンセントのことは終わったこと。イザベラと仲良くするのも、微笑ましくていいじゃない。
それよりも、今、最大の問題は、お父様とお母様に今回のことをどのように伝えるべきかということだ。
アルディス家は王からの信頼も厚く、また大きな権力も持っている。
今回のことで王家と対立するようなことになることは、絶対に避けなければならない。
エレノアは大きなため息をついて、馬車の窓に頭をもたれさせた。
屋敷に帰ったエレノアは舞踏会用のドレスを着替えた。
ウエストも緩くなり、ほっと一息つく。
エレノアが脱いだドレスや外した宝石をメイドたちが次々に片付けていく。
彼女らにお礼を言うと、ソファーに座る。計ったようなタイミングで紅茶とお菓子が運ばれてきた。
目の前で注がれ、その香りだけで随分とリラックスできる。
そんなときノックがして、一つ下の弟のカイが入ってきた。
「お姉さま、お早いお帰りですね。
舞踏会は夜までと聞いていましたけど」
そう言うと、カイはエレノアの前に座る。
すかさず、メイドがカイの前にも紅茶を用意する。
本当に我が家のメイド達はよく働いてくれる。
エレノアがにこりとメイドに微笑むと、メイドは恥ずかしそうに深くお辞儀をした。
「何かありました?」
カイは父に似ていて体格がいい。身長はすでにエレノアを越え、見習い騎士として鍛えているために、十五歳とは思えないぐらい程よく筋肉がついている。後十年位したら、胸板ももっと厚くなり、ますますエレノアの理想の体型になるだろう。
にもかかわらず少し幼く甘い顔をしているので、女性からの評判もいい。将来は社交界の中心になるのも間違いない、自慢の弟だ。
「まあ……黙っていても仕方がないから話すけれど、王子に婚約解消されてしまって……」
カイは思わず飲みかけの紅茶を吹き出しそうになった。
口を押さえたままエレノアの顔を見る。
カイの動揺を察して、エレノアはぎこちない笑みを浮かべた。
「お姉様。また、どうして……」
「イザベラさんが同級生とドレスが被ったとかで、彼女を舞踏会に出させないように意地悪をしていたの。
それがどうしても許せなくて、イザベラさんを注意したら……」
「王子がイザベラを庇ったんですね」
エレノアはこくりと頷いた。
「アルディス家に喧嘩を売るとは、いい度胸ではないですか」
見た目によらず短気なカイは、今にも動きだしそうな勢いだ。
そんなカイをエレノアは慌てて止める。
「いいの。婚約には未練はないの」
「とはいえ、このままではお姉様はいい笑いものですよ! 俺はそれが許せません!」
「カイ……。私はその気持ちだけでいいの。ありがとう」
エレノアはそっとカイの手を取った。
「迷惑をかけてしまうと思うんだけど、ごめんなさいね」
カイは悲しそうにエレノアを見た。
「迷惑だなんて。
俺はお姉様が不憫でなりません。
あんなに一生懸命、王子を教育していたと言うのに」
エレノアは苦笑した。
確かに、愛情を深めるというよりも、姉もしくは教師のように何かと口うるさく言っていた自覚はある。
十歳で記憶が戻り、そこからは二十三歳
の目線でヴィンセントを見ていた。
もちろん立派な王になってほしいと思っていたのも、嘘ではない。
しかし少々厳しすぎたのかもしれない。
ついつい余計なお世話を焼いていたのも、ダメだったんだろうな。
黙り込んだエレノアを心配したのか、カイが口を開く。
「お姉様、気分転換に少し体でも動かしますか?
剣を一振りすれば、気分も晴れるでしょう」
「ありがとう。でも今日は大人しくしているわ。
お父様が帰ってきたら、報告もしないといけないし、今後のことも考えなくちゃ」
「今後のことなんて!
この家は俺が継ぐのですから、お姉様に不自由なんてさせません。
安心して屋敷にいてください」
「ありがたい話だけど、私、家で何もしないなんて無理よ」
エレノアは苦笑した。
「私も男性だったら騎士になるのに……」
「そうですね。お姉様の腕前なら、すぐにでも見習い騎士は合格しそうですが……」
そこまで言って、カイは、ふと言葉を止めた。
「お姉様、王妃や姫を護る女性騎士の存在はご存知ですか?」
エレノアは首をかしげてカイを見た。
「あまり存在は知られていませんが、女性王族を守るため、城に務めている者たちです。
人数も少なく、知性と武力が必要な職業ですが、お姉様にぴったりではありませんか?」
エレノアは驚いたように目を見開いた。
この世界でも誰かを守るために働けるの?!
エレノアの胸に忘れていた警察官への情熱が蘇る。
「カイ。なんていいことを教えてくれたの!!
私、女性騎士になりたいわ!」
エレノアは立ち上がり、高らかに宣言していた。




