12
明るい日差しが降り注ぎ、観葉植物が置かれているゆったりとした広い部屋。
窓際には大きな机があり、客人が来てもいいようなソファーとローテーブルもある。
一般の生徒はまず足を踏み入れる事も出来ない生徒会室である。
生徒会室と言っても、王族が入学したときの私室のような役割になっている。
生徒会というのも他国からの来賓があれば対応もする、名前だけの形式的な組織なのである。
ヴィンセントはソファーに座って読書をしていたが、集中できなくてページをめくる手を止めてしまった。
頭に浮かぶのは、エレノアの顔ばかり。
遠くから見たエレノアは、婚約者だった頃とは変わっていた。
生き生きとして、毎日が楽しくてしかたがないと、そんな顔をしていた。
気がつくとヴィンセントはここ数日、エレノアを目で追っていた。
そんな自分が嫌になる。
そもそも、自分から婚約破棄を言い渡したのに。
婚約者のときのエレノアは、ヴィンセントに対して、感情をあらわにすることはなかった。
ヴィンセントが嫌なことを言ったとしても、決して感情的にはならず、理詰めで反論してきた。
ゆくゆくは王妃になる立場の女性なら、それが正解なのかも知れない。
しかしヴィンセントは、面白くは思っていなかった。
そして将来、王妃として完璧なエレノアの隣にいることは、息苦しく、楽しいとは思えなかった。
だから天真爛漫なイザベラに惹かれた。
イザベラはヴィンセントに知らない世界を教えてくれた。
一緒に話をしながら食事をする事。
二人で授業をサボること。
触れた時の温かさ。
そして、
好きなものは好き。
嫌いなものは嫌い。
そんな、当たり前の感情を表すことを許してくれた、大切な存在だ。
コンコンとノックをする音が聞こえる。
「どうぞ」
ぴょこりとイザベラが扉から顔を出す。
「ヴィンセント様、お茶にでも行きませんか?」
にこりと笑う笑顔に、部屋の中が明るくなる。
それにつられて、ヴィンセントも笑顔を浮かべた。
持っていた本を机の上に置いた。
「そうだね。ちょうど気分転換がしたかったから」
イザベラは控えめに入ってきて、上目遣いでヴィンセントを見つめた。
「最近はお忙しいそうだったから、嬉しいです」
潤んだ瞳が愛らしい。
ヴィンセントはにやけそうな口元を手で隠して視線をそらした。
そんなヴィンセントに気がついているのか、いないのか、不思議そうにイザベラはヴィンセントに視線を合わせた。
「一昨日会ったばかりじゃないか」
「私、ヴィンセント様と毎日お会いしたいんです」
心臓が跳ね上がる。
彼女は、そっとヴィンセントに近寄った。
「駄目ですか……?」
潤んだ瞳がまた可愛らしい。
ヴィンセントは彼女の手をそっと取って、ささやくように言った。
「本当に?」
「本当です……」
ふと、エレノアの顔がよぎる。
エレノアが出てきたことに驚き、慌てて頭の中から追い出した。
一瞬、間が空いたことに、イザベラは不思議そうに首を傾けた。
「何でもない」
すると、安心したようにイザベラはほほ笑んだ。
か弱いイザベラが頼ってくれることは嬉しい。
できる限りのことを、彼女にしたいと思ってしまう。
「悪いね。できるだけ時間をつくるよ」
嬉しいとイザベラはヴィンセントの腕に甘えるようにしがみついた。
その瞬間、またヴィンセントの脳裏にエレノアの姿が浮かぶ。
なぜだか悪いようなことをしている気がして、ヴィンセントはイザベラを優しく振りほどいた。
「ヴィンセント様?」
「アレクに見つかったら怒られてしまうからね」
「……それもそうですね」
イザベラは気を取り直したようににこりと笑う。
「じゃあ、行こうか」
ヴィンセントとイザベラは並んで生徒会室を後にした。
学園内にはガラスで覆われたサロンがある。
中央には大きな噴水があり、それを囲むように円形のテーブルが配置されている。
周りには観葉植物が植えられ、暑い日はちょうどいい日陰にもなった。
ここは学生の憩いの場だ。
控えている学園執事に頼むと、お茶を運んできてくれる。
デザートやランチはオードブルになっていて、ランチは十二時から二時まで、デザートは三時まで自由に取り放題となっていた。
幾人もの学生たちが、思い思いにリラックスする、そんな空間だった。
しかし今日のサロンはいつもと雰囲気が違っていた。
生徒たちが遠巻きに注目している中心には、近衛騎士の制服を着ている女性と、男子生徒と、そしてエレノアが楽しそうに話をしていた。
イザベラとサロンに来たヴィンセントは、いつもと雰囲気の違うサロンを思わず見回した。
そしてエレノアたちを見つけて足をとめる。
会話までは聞こえないが、楽しそうに笑顔を浮かべている。
エレノアは婚約者としてすごしていた頃とは明らかに表情が柔らかくなっている。
そんな顔を見ていると、なんだか悔しくなってきた。
エレノアは、向かいに座る近衛兵の制服を着た女性と夢中になって話していた。
彼女の顔は記憶にはない。
母や祖母の警護をする女性騎士の顔はだいたい記憶している。
おそらく彼女は、女性騎士と言っても低い階級なのだろう。
その隣、エレノアと女性騎士に挟まれるように座る男は誰だ?
話に加わることはないが、エレノアの顔を優しそうに見守っていた。
その男に対して、なんとも言えない嫌な気持ちが湧き上がる。
学年も、名前も、エレノアとどういう関係かも知らない。
けれど、ついこの間まで自分の居場所だと思っていたエレノアの隣に当たり前のように座っている男にたまらなく腹が立った。
そして、あんなに楽しそうに笑うエレノアの顔を、近くであの男に見せたくはなかった。
そんな感情に戸惑いながら、ヴィンセントは否定する。
今更、エレノアがどこで何をしようと関係ないと。
しかし、これ以上見ているのは不愉快だと、顔を背けると同時に、イザベラが囁くようにヴィンセントに言った。
「あら、あれはエレノア様と騎士科のローガン様。
それでは、エレノア様の向かいの方はお姉様のイングリッド様かしら」
「騎士科だと?」
ヴィンセントはちいさく呟いた。
エレノアは騎士科で新しい婚約者を探していると、聞いた。
そんな噂はバカバカしいと思っていた。
しかし……。
「もしかしたら、もう素敵なお相手が見つかったのかしら」
イザベラの言葉が、自分の疑問と重なる。
それを聞いた瞬間、ヴィンセントは何も考えられなくなっていた。
「ヴィンセント様?」
隣で急に動き出したヴィンセントにイザベラが驚いた。
イザベラが伸ばした手を、ヴィンセントはするりとかわして、エレノアの元に歩いた。
イザベラはその後ろ姿を苦々しい顔で見ていた。
ヴィンセントはエレノアたちの前に行く。
突然ヴィンセントが現れても、三人は言葉を失った。
イングリッドは一礼しようと立ち上がるが、それよりも先にヴィンセントはエレノアの腕を掴んだ。
「話がある」
ヴィンセントはローガンを一瞥すると、周囲が驚く中、エレノアを連れてサロンを後にした。
残された人々は突然の出来事を、呆然と見送っていた。
「ヴィンセント様、なんです?」
戸惑うエレノアを無視して、ヴィンセントはエレノアを生徒会室に連れてきた。
そしてエレノアに向き合うと、エレノアの二の腕を痛いぐらい掴む。
「もう相手が見つかったのか?」
その一言で、ヴィンセントが新しい婚約者のことを言っていることがわかり、エレノアの顔が怒りで赤くなる。
「ローガンは私の大切な仲間です。失礼なことを言わないでください」
「仲間? あんな顔をしている男が仲間だって言うのか」
エレノアはヴィンセントを見あげて睨む。
「ローガンに失礼です! 」
ヴィンセントは奥歯を噛み締めた。
「なら、俺との婚約は本当は嫌だったのか?」
突然の問いにエレノアは意味がわからなくて戸惑う。
「何のことでしょう?」
「俺と婚約をしていたときのエレノアは、少しも楽しそうじゃなかった」
エレノアは驚いたようにヴィンセントを見た。
「今みたいに楽しそうにしていたら、俺だって婚約破棄をしようなんて思わなかった」
ヴィンセントの一方的な言い分は、エレノアには受け入れられなかった。
「私はヴィンセント様の婚約者として恥ずかしくないように生きてきました。
そしてあなたが将来立派な王になるように、支えていたつもりです。
それを嫌がって、イザベラに心を奪われたのは、ヴィンセント様ではないですか!
そんなあなたのそばで、どうしたら楽しく過ごせるのですか!」
思わずエレノアの言葉も強くなる。
「僕が悪かったのか?」
ヴィンセントはエレノアを責めるように言った。
そんなヴィンセントにエレノアは首を振る。
「私だって悪かったところはあると思います。
だけどもう私たちは婚約者同士ではないのです。
今の私はあなたに振り回されるのは、もう嫌なんです。
あなたとイザベラの事も邪魔しません。 ですから、私に関わらないでください」
完全に拒否した言葉に、改めてヴィンセントはショックを受ける。
腕を押さえていたヴィンセントの力が少し緩む。
「もう……いいですか?
放してください」
エレノアは顔をそらせた。
そしてヴィンセントを見ようともしない。
自分から手放した相手とはいえ、どこかでエレノアは離れないのではと思っていた。
エレノアは常に一番に自分のことを考えてくれていた。他の者が言いにくいことも、エレノアははっきりと言ってきた。
それがうっとうしいと思ったことは、一度や二度ではない。
だけど何があってもエレノアは自分の隣にいるものだと、思い込んでいた。
それが単なる勘違いだったことにようやく気がついた。
エレノアを放すと、彼女はすぐに距離をとり、用心深くヴィンセントを見た。
そんな姿すら、今は切ない。
ジリジリとドアに向かってエレノアは下がっていく。
この部屋から出ていったら、二度とヴィンセントの元には戻ってこないだろう。
行ってほしくない。
どこにも。
ヴィンセントは腕を伸ばし、思いきり抱きしめた。
エレノアは驚きすぎて声も出ない。
ヴィンセントもそんなことをするつもりはなかった。
だけどどうすれば説得できるのか、まったくわからなかった。
抱きしめたエレノアは、思ったよりも小さく、その華奢な体にヴィンセントは思わず息をのんだ。
「いい加減にしてください!」
エレノアはヴィンセントの胸を押すとその腕の中から抜け出し、逃げるように部屋から出て行った。
しばらく自分の両手を眺めていたヴィンセントは、倒れるようにソファーに腰を下ろした。
失敗した……。
あんなこと、強引にするつもりはなかったのに。
逃げようとするエレノアをどうしても引き止めたかっただけなのに。
完全に嫌われたな。
しかし両腕には、エレノアに触れた感触が残っていた。
ヴィンセントは情けなくて頭を抱えた。
エレノアと入れ違いでアレクが入ってくる。
アレクはソファーで頭を抱えるヴィンセントの姿を見た。
「今、エレノア様のようすがおかしかったのですが、何かしましたね?」
「何でもない」
アレクは眉を寄せ、明らかに不快な表情を浮かべる。
「わかってます? あなたが彼女との婚約を破棄したんですよ」
容赦ないアレクの言葉が胸に突き刺さる。
「ああ。分かってるよ」
アレクはヴィンセントの顔を見て、大きなため息をついた。
※本作品は、ChatGPTなどのAIを補助ツールとして活用し、誤字脱字の確認や文章表現の整理を行っています。世界観・設定・ストーリー・登場人物はすべて作者によるオリジナルです。
※本作品は「カクヨム」と「小説家になろう」で同時連載しています。掲載内容は基本的に同一ですが、更新日時が前後する場合があります。




