第九章 依頼
その日の夜。
リーベルタース首都、街外れ。
人通りの途絶えた道を、マイク・タッカーは一人で歩いていた。街の灯りは背後に遠ざかり、足元は月明かりだけに頼るようになる。
やがて、廃教会が見えてくる。
壁は風雨に晒され、所々が崩れている。扉も半ば朽ち、打ち付けられた板の隙間からは、わずかに中の暗闇が覗いていた。
人の気配はない。
だが――
マイクは足を止めない。
ゆっくりと扉に手をかける。
軋む音を立てながら、扉が開く。
中は静まり返っていた。
かつて祈りの場だった空間は、今では埃と静寂に覆われている。だが奥には、かろうじて形を保った告解室が残っていた。
マイクは迷わずそこへ向かう。
扉を開け中へ入る。
狭い空間。
そして――
向こう側に、人の気配。
暗くて、姿はよく見えない。
ただ、そこに“いる”ということだけが分かる。
マイクは一瞬だけ息を整え、口を開いた。
父のこと。
殺されたこと。
ヘリオットとエルナンド。
カルリーニ。
そして、自分が襲われたこと。
すべてを話す。
言葉は途切れながらも、最後まで絞り出す。
沈黙。
向こう側は何も言わない。
マイクは震える手で、懐から金貨を取り出す。
四枚。
それを、仕切りの下にある隙間へ滑り込ませる。
金貨が木に触れる乾いた音が、小さく響いた。
「今私が用意できる全ての金です。これで父の恨みを晴らして欲しい」
言い切る。
それが終わると、空気がわずかに変わった。
向こう側から声がする。
口を何かで覆っているような、くぐもった声だった。
「分かりました。今、お話頂いた内容の裏が取れ、真実で有れば恨みを晴らしましょう。しかし、裏を取った結果、故意に虚偽があった場合、秘密を守れなかった場合には、恨みはあなた自身に返ります。それでもよろしいですか?」
淡々としている。
感情がない。
だが、その言葉には逃げ場がなかった。
マイクは迷わない。
「はい。私の発言に嘘は有りませんし、今回の事は誰にも他言しないことを誓います」
一切の揺らぎなく答える。
一瞬の沈黙。
やがて、再び声が響く。
「分かりました。それではお受けいたします。くれぐれも他言無き様に……」
それで、すべてが決まった。
マイクはゆっくりと立ち上がる。
「よろしくお願いします」
それだけ言う。
返事はない。
マイクは告解室を出る。
振り返らない。
そのまま教会を後にする。
外に出ると、夜の空気がわずかに冷たく感じられた。
だが、その足取りは、来たときよりも確かだった。
告解室の中。
静寂。
やがて――
わずかに布が擦れる音がする。
暗闇の向こう側。
そこにいた“何者か”は、まだ動かない。
ただ、金貨の音だけが、静かに残っていた。




