第八章 圧力
翌朝。
リーベルタース首都、衛兵詰所。
まだ朝の光が差し込みきらない時間帯。詰所の中は静かで、夜勤の衛兵が交代の準備をしているところだった。
アルフレッド・ラルストンが中へ入る。
昨夜の件が頭から離れていない。足取りは重かった。
その時、入口の扉が開く。
都市司令官付副官テレンス・ギネスが入ってくる。
空気が一瞬で張り詰めた。
ラルストンは足を止める。
「……どうなさいましたか、副官殿」
ギネスは真っ直ぐにラルストンを見る。
「ラルストン。昨日のマイク・タッカーが襲われたという事件だが、捜査は中止する。上からの命令だ」
唐突だった。
ラルストンの眉が寄る。
「何故です!?実際に怪我をした被害者がいるんですよ!?」
声を抑えてはいるが、怒りは隠しきれていない。
ギネスは表情一つ変えない。
「さっきも言ったが、上からの命令だ。この件に関する捜査は禁止だ。指示には黙って従え」
冷たい言い方だった。
ラルストンは一歩踏み出す。
「納得いきません!」
詰所の中に緊張が走る。
だがギネスは一切揺らがない。
「命令に従えないのであれば都市評議会に逆らう事になる。辞職どころかこの街で生きていけなくなるぞ」
その言葉は脅しではない。
事実だった。
ラルストンの拳が強く握られる。
「都市評議会……!」
歯を食いしばる。
(都市評議会がかかわっているのか……)
数秒の沈黙。
やがて、力が抜ける。
「……分かりました……命令には従います……」
低い声だった。
ギネスはそれ以上何も言わない。
「理解が早くて助かる」
それだけ残し、詰所を後にした。
それから少し経った後、アルフレッド・ラルストンはタッカー道具店の前に立っていた。
黒布はまだ掛けられたまま。
扉を叩くと中から足音がしてマイク・タッカーが出てくる。
ラルストンは目を伏せる。
「すまない……。昨日の事件の捜査が打ち切られた」
マイクの顔が固まる。
「そんな……何故……?」
ラルストンは顔を上げない。
「上からの命令だ。俺の力ではどうすることもできん……」
その言葉には、悔しさが滲んでいた。
マイクは震える声で言う。
「それじゃあ、父の件も……」
ラルストンは短く答える。
「当然、打ちきりだ」
沈黙。
マイクの視線が揺れる。
「そんな事って……」
ラルストンは頭を下げた。
「本当にすまない……分かってくれ……」
それ以上は言えなかった。
背を向け、そのまま立ち去る。
入れ替わるように、一人の男が店の前に現れる。
アクセル・ハイド。
扉を叩く。
マイクが顔を出す。
「ハイドさん」
アクセルは視線を落とす。
「その腕、どうしたんですか?」
マイクは一瞬だけ言葉に詰まり、やがて昨夜の出来事を話し始める。
襲われたこと。
コンラッド・ヘリオットとモーガン・エルナンドがいたこと。
ロドルフォ・カルリーニに斬られたこと。
アクセルは黙って聞いている。
一切、口を挟まない。
やがて話が終わる。
アクセルが口を開く。
「それじゃあ……」
マイクは言葉を続ける。
「私を襲ったのはギルド長のコンラッド・ヘリオットとモーガン・エルナンドです。確証は有りませんが彼らの話からすると父を殺したのも彼らです。しかし……彼らが裁かれる事は無く、泣き寝入りするしかありません……悔しいですが……」
拳が震える。
アクセルはわずかに視線を落とす。
そして言った。
「マイクさん。仕事人というのをご存じですか?」
マイクが顔を上げる。
「ええ。聞いたことがあります。報酬を払えば晴らせぬ恨みを晴らしてくれるとか……」
アクセルは続ける。
「噂なんですが、街外れの廃教会の告解室で恨みを告白して寄付金を納めると仕事人が恨みを晴らしてくれるとか……」
マイクの目に、わずかな光が戻る。
「本当ですか?」
アクセルは肩をすくめる。
「まぁ噂なんで何とも言えませんが、試してみる価値はあると思います」
マイクはゆっくり頷く。
「ダメで元々です。試してみます」
短い決意だった。
アクセルは話を切り替える。
「ところで、どうですか?雑嚢とアイテムポーチは?」
マイクは一瞬だけ驚いた顔をするが、すぐに頷く。
「素晴らしい出来だと思います。とりあえず、それぞれ十個ずつ納めてもらえませんか?」
アクセルは静かに答える。
「分かりました。ありがとうございます。一週間ほど頂けますか?」
「ええ、構いませんよ。よろしくお願いします」
それは、いつも通りのやり取りだった。
だが、その意味はもう違っていた。




