第七章 襲撃
少し時は遡り、同日の早朝のこと。
リーベルタース首都、河原。
発見された遺体の周囲には、簡易的な縄が張られ、衛兵たちが周囲を固めていた。川の流れはいつもと変わらず穏やかだが、その場だけ空気が重く沈んでいる。
ジェフリー・タッカーの息子、マイク・タッカーが立っていた。
遺体の前。
白布がかけられている。
ラルストンが視線で合図する。
衛兵が静かに布をめくる。
マイクは一歩前に出る。
顔を見る。
息を呑む。
震える声で言った。
「間違いありません、父のジェフリーです」
ラルストンは頷く。
「分かりました。ありがとうございます。遺体はこちらで教会に運んでおきます」
マイクは深く頭を下げる。
「よろしくお願いします……」
ラルストンは静かに言う。
「お悔やみ申し上げます」
一拍。
マイクが顔を上げる。
「いったい何があったんですか?」
ラルストンは首を振る。
「まだ分かりません。分かっているのは他の場所で剣で胸を一突きにされて殺された後、河原に遺棄されていたという事だけです」
マイクの拳が強く握られる。
「犯人が分かったら教えてください」
「分かりました」
短い約束だった。
捜査は進展しないまま4日が過ぎた。
リーベルタース首都、道具屋ギルド会館。
再び会合が開かれていた。
重い空気の中、ヘリオットが口を開く。
「タッカーさんの件は非常に残念でした。一刻も早く解決することを祈っております」
言葉だけは整っていた。
だが、その奥にあるものは別だった。
「さて、この前の議題について決を採りたいと思います。回復薬の値上げの件、反対の方はいらっしゃいますか?」
一瞬の静寂。
その空気を破る声があった。
「私は反対です!」
扉が開き、一人の若者が入ってくる。
エルナンドが眉をひそめる。
「何だお前は?」
若者は真っ直ぐ前を見た。
「ジェフリー・タッカーの息子のマイク・タッカーです。父から話は聞いていました。私は断固反対です」
室内がざわつく。
ヘリオットの顔がわずかに歪む。
「くっ。」
エルナンドが舌打ちする。
「若造が生意気な……」
別のメンバーが口を開く。
「ギルド長。タッカーさんの御子息が反対している以上、この件は否決という事で良いですか?」
ヘリオットは一瞬だけ目を閉じる。
そして、言った。
「止むを得ませんね。今回は否決という事で……」
それで決まった。
その日の夜。
ベネディクト・パターソン邸。
パターソンが椅子に腰掛けている。
目の前にはヘリオットとエルナンド。
「それで、おめおめと引き下がったというのか?」
低い声だった。
ヘリオットは表情を崩さない。
「仕方ありません。一人でも反対の者がいれば否決と言うのがギルドのルールですから」
パターソンは軽く息を吐く。
「それで?どうするつもりだ」
ヘリオットは即答した。
「反対してるのはタッカーの子倅だけで他の者は何とでもなります」
一瞬の間。
パターソンの目が細くなる。
「始末しろ」
空気が凍る。
ヘリオットは即座に応じる。
「はい」
ヘリオットはエルナンドへ視線を向ける。
「モーガン。もう説得の余地はない。ロドルフォに命じて始末するぞ」
エルナンドは頷く。
「分かりました」
マイク・タッカーは閉店作業を終えて帰路に就く。
夜の通りは暗く、人影も少ない。
足音だけが響く。
その先に、影が二つ現れる。
コンラッド・ヘリオット。
モーガン・エルナンド。
マイクが足を止める。
「ヘリオット・ギルド長、エルナンドさん、どうしたんですか?こんなところで……」
ヘリオットが静かに言う。
「マイクくん。例の値上げの件……どうしても反対かね?」
マイクは迷わない。
「はい。私も父と同意見です。賛成はできません」
ヘリオットは小さく頷く。
「そうか……では、仕方がない。君もお父上と同じ運命をたどってもらおうか」
その瞬間、マイクの背後に気配。
ロドルフォ・カルリーニが現れ、剣を抜く。
マイクの顔が凍る。
「まさか……父さんは……」
エルナンドが答える。
「そうだ。我々が殺った」
ヘリオットが言い放つ。
「殺れ!」
カルリーニが剣を振り上げる。
「ぐあっ!」
斬撃。
マイクは間一髪で身を引く。
だが腕を切り裂かれる。
血が飛ぶ。
マイクは傷を押さえる。
カルリーニがゆっくりと距離を詰める。
そのとき――
「おい!何をしている!?」
声が響く。
ヘリオットの表情が変わる。
「まずい!逃げるぞ!」
三人は顔を隠し、その場から逃走する。
衛兵が駆け寄る。
「大丈夫か?」
マイクは息を荒げながら答える。
「はい……助かりました」
「傷の応急処置もしなきゃいけないし、事情も聴きたいから衛兵詰所へ来てもらおう」
「分かりました」
衛兵詰所。
マイクは手当てを受けながら、ラルストンに事情を説明していた。
「なるほど……」
マイクから経緯を聞いたラルストンがマイクを助けた衛兵に問う。
「お前はコンラッド・ヘリオット、モーガン・エルナンドの姿を見たか?」
衛兵は首を振る。
「いえ……暗かったので……」
「そうか……」
ラルストンは短く息を吐くとマイクに言う。
「とにかく明日、調べてみる」
「よろしくお願いします」
翌日。
ラルストンはヘリオットとエルナンドの元を訪れる。
ヘリオットが答える。
「昨日は午後から都市評議会長のベネディクト・パターソン氏の邸宅へ伺っており、深夜まで一緒におりました」
エルナンドも続く。
「その通りです。おかしな言いがかりはやめてもらいたいですな」
ヘリオットが静かに言う。
「お疑いならパターソン氏に聞いてみて下さい」
ラルストンは頷く。
「分かりました」
ラルストンはそのままパターソン邸へ向かう。
パターソンが応じる。
「ああ。エルナンドとヘリオットの言う通りだ。我々は午後から深夜までずっと一緒にいた。まさか、この私の言う事を疑う訳ではないよな?」
ラルストンは一瞬だけ言葉に詰まる。
「ま、まさか……。お話、分かりました。お手数かけました」
頭を下げ、屋敷を後にする。
扉が閉まる。
パターソンは一人になる。
静寂。
小さく舌打ちした。
「あいつら……しくじりおって……」




