第41話 ただのスーパーヒーロー
「天使様がお言葉を発するよ! みんな傾聴するように!!」
サジーさんの、魔力を乗せた声が響いた。
皆が注目して、ソレガシの旦那と《崩国の姫》がやり合ってる音だけが響く。
何が始まるんだ?
今のジュエリールならギリギリかもしれねえけどあのバケモンをやっつけられるだろうに。
意図がわからない。
「皆さま。マルマリ国をご存じでしょうか?」
穏やかなマキマキの声が、場に轟いた。
「ゼギアス大皇国で語られる、昔話の一つ。今は無きマルマリ国が、世界の疑問を解き明かそうと行った《進化の実験》の悲劇を」
何で今、その話をするんだろうか。
「魔獣を制御する秘宝が、マルマリ国にはありました。しかし、強大な進化を遂げてしまった魔獣は秘宝のチカラを弾き、暴走。国は蹂躙されて、マルマリ国王は神をも恐れぬ行為であったと、避難した民と共に神へ懺悔しました」
祈る人たちが増えてきた。
城壁の上にいる、責任者っぽい髭のおじさんまでヒザを落とす。
ボケっと見上げる俺。
「祈る彼らの声を聞き届け、神は《救世の戦士》を地上に遣わしたのです」
その《救世の戦士》はあのゲス野郎チョーロクで、いい手駒が出来たってタイミングよく回収しただけだったんだよな。
マルマリ家の、大切な言い伝えだったんだろう。
真実を知ったメイ姫が凄いショックを受けてた。
ソマリさんがチョーロクにいいように使われてたのも、ホントの事を告げられて《崩国の姫》をけしかけるって脅されたんだろうな。
あんな怪物チラつかされたら無理もねえや。
思い出すだけでも腹が立つ。
「マルマリ国を滅ぼした魔獣があの! 《崩国の姫》です! 伝説の魔獣がよみがえり、魔防都市メサルテの英雄たちが命を散らしました! しかし! 《救世の戦士》もまた! 再び姿を現したのです!」
マキマキが指差す先は……俺だ。
え、俺?
あ、《救世の戦士》ってか、救世戦士か。
「彼の名は! 救世戦士アスガイアー!! 彼は魔獣の強大さに傷つき、ヒザをついています!! 皆さま!! 声援を!!」
えぇ……。
凄い目立つじゃん。
でもなんとなく分かった。
……しょうがねえな。スーパーヒーローは目立つのも仕事か。
「救世戦士さま! 救いを!」
跪いた禿げのおっさんがいち早く叫んだ。
そこからポツポツと、やがてせきを切ったように声が飛ぶ。
声は轟音になり、ビリビリと目に映る全てを揺らす。
来た。
来たぜ。
腰のガイアコアが、キィィンと叫ぶ。
チカラが……みなぎる。
身体中から光が溢れ、俺は咆哮を上げた。
「うおおおおおおお!!」
赤色のボディーとマスク、黒色のベルト、輝く黄金のバックルに白銀のグローブとブーツ。
最終フォームに変わった俺に敵はねえ。
「最終フォームに変わった俺に敵はねえ!!!!」
歓声の中、ゆっくり歩いて戦い続けているソレガシの旦那と《崩国の姫》に近づく。
デカい図体の割に、ビュンビュン動いて素手でやり合う旦那。
その後ろから拳撃を右手、左手と振るって《崩国の姫》の両肩を吹っ飛ばした。
キョエェとかキョアァとかの甲高い叫びを聞きながら、旦那に声をかける。
「お疲れ旦那」
白い全身鎧は綺麗なモンだけど、肩で息してるところを見るとだいぶお疲れみたいだ。
「おお、その姿は。……ふっふ。もう少しでこやつを退治するところだったのだがな」
「まあまあ。選手交代だ」
俺が手を広げると、ソレガシの旦那も手の平を向ける。
パン! とハイタッチして、八つ足で地団駄ふんでる怪物に向き合った。
「お前も、姉ちゃんのところに行け。もう楽になっていい」
俺の言葉もお構いなしに、すげえ威嚇してくる《崩国の姫》。
上半身と下半身、両方の口に強い魔素を集中させて、放出してきた。
俺は踏ん張って、ソレが届く前に――
「じゃあな」
拳を振りぬいた。
◇◆◇◆
AAA級の冒険者である《法光》ソウリマンは、感動に胸を、いや、全身を震わせていた。
元々は大陸東部の、シュウ大帝国で貴族として生まれた彼は、法術の才能に恵まれ、三男として生まれた経緯もありオウゴン教へ帰依した。
民衆へ聖典を伝え、道徳心を広める日々は彼にとって有意義なものだった。
熱心さが認められ、ソウリマンは大司教として一部地域を任されるまでになる。
しかし、あの日全てが変わった。
《人魔大戦》だ。
中央教会へ出向していたソウリマンは、祖国への魔王軍侵攻に対し、オウゴン教の支援として一軍を率いて参陣した。
結果は燦燦たるもので、故郷は滅ばされ、一族は皆殺された。
総指揮官の展開した大型転移陣で命を拾ったものの、ソウリマンは聖職を辞す。
もはや神は信じられず、魔王軍を殺しつくす事を目的とするようになった。
冒険者協会へ登録したのは、先立つ物が必要だった為。魔王が滅ぶまで死ぬわけにはいかなかったのだ。
だが、自分があずかり知らぬところで魔王ゾルーバ・ディ・アブババは死んだ。
生きる目的を失い、神を信じる事も止めた彼は死に場所を求める。
そこで思いついたのが、大嶮山に生息すると言われる《暴虐龍》の討伐だ。
神は信じぬとも、人々の安寧を望まぬわけではない。
存在そのものが脅威である神話級の魔獣に挑み、敵わぬとも大陸の平和の為に命を散らそうと考えたのだ。
その準備を整えようと、魔術先進国のゼギアス大皇国に滞在していたところへ、蜘蛛型の魔獣群が《皇都の壁》である魔防都市メサルテへ襲い掛かった。
人々を守る為、齢50を超えるソウリマンは前線に立った。
特級・超級の魔獣が混じる大群。
しかし、こちらにも一流の英雄が揃っていた。
苦戦はするだろうが、退けられない事はない。
最新の魔導兵器を持った軍が敗れたとはいえ、戦を知らない者たちとは違う、百戦錬磨の古強兵がこれだけ揃っていれば大丈夫だ。
そう考えた。
誤りだった。
見たこともない恐ろしい魔獣の一体に、英雄はひとり、またひとりと散っていった。
自分が死ぬのはいい。
予定が少し早まるだけだ。
だが、無辜の民が被害に合うのは我慢がならない。
この場で最高の実力をもつ、S級冒険者《超級狩り》と連携して相対するも全く勝機が見えなかった。
彼は祈った。
かつて信じた神に。
すると、超常のチカラが場を席巻し、魔獣の群れが、あの恐ろしい魔獣が損傷を始めたのだ。
彼はさらに祈る。
(神よ。貴方が真に存在するのなら。どうか、どうか民を救いたまえ)
祈りが届いたのか、聖なる輝きをもった紅い戦士と白鎧の騎士が現れ、戦列に加わった。
さらに、空から《天使》が舞い降りたのだ。
ソウリマンの頬が熱く濡れ、肌が粟立った。
(おお! 神よ! 貴方は! 貴方は!)
言葉にならない想いを胸に、ただ祈るソウリマン。
祈りを忘れた14年分を込めて。
天使は言った。
《救世戦士》に声援を。
ソウリマンは力の限り叫ぶ。
「救世戦士さま! 救いを!」
救世戦士は神の力で発光し、聖なる姿を現した。
邪悪を滅ぼし、拳を突き上げた。
一帯は歓声に包まれた。
死した戦士たちは、天使に侍る従者によって魔素へと還る。
邪悪の怪物によって毒に塗れた大地は、幾百万の時はそのままであろうと思われたが、天使の唱える真言によって元の清らかさを取り戻した。
デウス・エクス・マキナ
この聖なる言葉を、自分は忘れない。
感慨深く清められた大地を眺めていると、救世戦士が城壁に、自分に向かって歩いてくる。
ソウリマンは感動に打ち震えた心そのままに、再び跪いた。
「おお! 貴方様! 貴方様こそ神の使い!!」
神の使いであらせられる救世戦士は、頬を指で掻き、答えた。
「神の使い? ハハ……ただのスーパーヒーローですよ」
第二章は終了です。
後はエピローグとなります。




