エピローグ
杯を持ち上げる。
《友人の幸せ亭》は満員御礼だ。
女将さんにご主人、アルセーヌさんとエカテリーナさん、フリードリッヒさんが忙しく動き回る中で、関係者各員が黙って立ち上がった俺を見上げる。
「あー……なんやかんや言うのも無粋だと思うんで……。ひとまず、なにはともあれ……お疲れ様でした!!」
俺の音頭に皆も応じる。
戦争は回避できたけど、ネカジャノ大伯さんはじめ沢山の人が亡くなった。
チョーロクとブヨークンの正体は謎のままだし、《神霊薬》探しも振り出しだ。
サジーさんによると、ゼギアス大皇国とポロイス大共和国の不仲は根が深いようで、一朝一夕で関係が改善するようなモノじゃないらしい。
気がかりは多々ある。けど、悪い事ばかりじゃない。
つるりとした仮面を着けたおかしな連中がいるって、大皇国と大共和国に伝わったし、大陸西側の大国庇護国にも通達されるそうだ。
サジーさんも別の《神霊薬》の当てがあるらしい。
仲が悪い二大国も国交が閉ざされたわけじゃないし、少しづつでもやり取りを続けていれば光明も見えてくるかもしれない。
みんなで頑張ったから、先に希望が繋がったんだ。
だから、今はまあ、酒を飲んでもいいかな。
杯を酌み交わすのは、
マキマキ・アグー・シソーヌ姫・アルマ・ソレガシの旦那の聖王国組。
メイ姫・護衛の三人・包帯ぐるぐるソマリさんとボンベさんのマルマリ家組。
あとはサジーさんと……。
「いやぁ……にぎやかですね」
俺の隣で顔色悪く笑う、ユウゲンさんだ。
あの後、二体目の《崩国の姫》を魔素に返してめでたしめでたし。
と思いきや、チカラを使い過ぎたユウゲンさんが死にかけていた。
もう凄かった。
え? 人ってこんな色になんの? ってくらい茶色になったユウゲンさんを見て俺があたふたしてると、フリードリッヒさんが現れて《神霊薬》を渡してきた。
「こちらでなければ回復いたしません」と言われて、聖王さまの顔が浮かんだけど、ガクガク身体を揺らすユウゲンさんに慌てて《神霊薬》を使った。
キスはしてない。
《神霊薬》ほど強力なクスリなら、どんな状況でもふりかけるだけで大丈夫なんだって。
……ホント良かった。
サジーさんの転移で合流してきたシソーヌ姫に、なんて謝ろうかって考えてたんだけどさ、サジーさんから既に事情を聞いてたシソーヌ姫は許すも何もなかった。
謝る俺に、そりゃそうでしょって言って、作り方は分かってるんだから大丈夫って逆に気遣ってくれた。
あんな辛い事があった後なのに、なにこの10歳。
危うく忠誠を誓いそうになった。
《崩国の姫》の毒塗れになった大地は、マキマキがソレガシの旦那を助けた時のチカラで元に戻した。
流石に死んだ人たちを生き返らせることはできなかった。
僅かでも息があればまあなんとかなるそうだけど、その説明の時に顔を伏せてたところを見るに、【生き返らせる】とか単純なことじゃなさそうだ。
あんまり人に使いたいチカラじゃないらしい。
いろいろ複雑なんだろう。
シソーヌ姫たちと一緒に転移してきたメイ姫は、ソマリさんが群集から進み出ると、走って抱きしめてた。
それを見て、なーんか面白くねえなって思ってると、アルマの細めた目と目が合った。
「……なんスか?」って聞く俺に、「……不満そうですね」って突っ込まれた。「べっつにー!」って誤魔化したけど。
だってあんなに好意を向けられた事ねえんだもん。ちょっとくらい浮かれてもいいじゃんねえ?
アルマになんか最近、気後れしちまうんだよなぁ。
伯爵さまのクセに、庶民的な宿で蒸留酒を飲むサジーさん。
戦闘になった時はホントまいった。
ブヨークンのヤツをおびき出す為だったそうだけど、多分、俺の実力を探ってたってのもあったと思う。
理由は知らねえけど、何か事情があるんだろう。
不思議なヒトだけどさ、ユウゲンさんが死にそうな時の慌てようとか見てると、アルセーヌさんの言うように悪い人じゃねえってのは分かるよ。
サジーさんの眷属の人たちも、サジーさんに救われたんだってアルセーヌさんから聞いた。
アルセーヌさんの場合は、ある日ケガで死にかけてた事があったそうだ。
その時サジーさんが現れて望みを聞かれ、アルセーヌさんが妻と子供たちに会いたいって伝えると、望みを叶えてくれたそうだ。
それからの付き合いだってさ。
いい話ね。
ソレガシの旦那は口の手ぬぐいを捲りながら、酒をガブガブ飲んでいる。引くぐらい。
……今回も世話になったしな。まあいいか。
でも、あの酒好き過ぎ具合はどうかと思う。
毛のアグーはバックバク飯を食ってる。見苦しい。
女将さんに「いい食べっぷりと飲みっぷりだねぇ!」とか言われてるけど、身内として恥ずかしいわ。
欠点がない俺を見習ってほしいな。
「欠点がない俺を見習ってほしいな」
「どの口が言うんですかソレを」
マキマキが俺の独り言に突っ込んでくる。
若いボンベさん達にチヤホヤされて、ニヤニヤしてるコに言われたくないね。
「明日は大皇陛下に謁見しないといけないからね。深酒注意だよ、うん」
今回の功労者の俺たちは、すぐさま皇都に来なさいって言われたんだけどさ、サジーさんの執り成しで明日にしてもらった。
みんな疲れてたから助かったよ。
疲れたで思い出したけど、禿げたおっさんが俺とマキマキに縋り付いてきて宥めるのにも疲れた。
虎柄の毛が全身から生えたお兄さんに握手して、責任者っぽい髭の貴族さんに挨拶したあと、そそくさとサジーさんの転移で《友人の幸せ亭》に逃げ込んだんだ。
マキマキなんか顔真っ赤。人見知りが演説なんかして、かなり無理してたしな。
「大皇陛下にマキマキ様のお言葉は伝わっているでしょう。マルマリ家の軍事実験を、ああいった風に仰っていただいたのは感謝に堪えません。仮面の、救世戦士が再び現れた事も、件の領地復興事業への瑞兆として認識されるでしょう」
ソマリさんの言葉に納得。
瑞兆って、良い事の前触れって意味だっけ?
あの時マキマキ達が無理しなくても、俺を最終フォームにした方が絶対勝てるって作戦かと思ったらそういう意味もあったのね。
アグーは小賢しいな!
「私が絶望に打ちひしがれている時、カブラギ様はおっしゃいました。仮面の英雄はここにいるって……。ああ! 婚儀の日取りを決めなくては!」
「相手がいらっしゃらない予定より、喫緊の課題へ注力した方がよろしいのではないですか?」
メイ姫の言葉へ即座に答えたアルマ。
二人がめっちゃ見つめ合ってる。オロオロする魔人族組の人たち。
仲いいなオイ。
「カブラギさん」
乙女二人が見つめ合ってるのを眺めてた俺に、ユウゲンさんが声をかけてきた。
どことなく申し訳なさそうだ。
「どしたん? ユウゲンさん」
「いや……自分を助ける為に、《神霊薬》を使ってくれたそうですね?」
あー、サジーさんが言ったのか。
「シソーお嬢様……もう知ってるか。シソーヌ姫からオッケーもらってるから気にしなくていいよ」
ユウゲンさんが目を細めて、ふふっと笑う。
「そういうわけにもいかないでしょう。……シソーヌ・ヒーメ・アークガド殿下」
ユウゲンさんがイスから立って、拳を胸にあてた。
アルセーヌさんにハンカチで口を拭かれてたシソーヌ姫が、気持ちを切り替えたように背筋を伸ばす。
「御温情により、命を救われました。このままでは自分の気が済みません。これから《神霊薬》を求めて、大陸東部のアッキンド大商国へ赴かれると伺いました。それなら商人が同行した方が都合の良い事もあるでしょう。自分も旅のお供に加えて頂けないでしょうか」
ユウゲンさんの真剣な声に、皆が注目した。
「ミーからも推薦しよう。ユウゲンくんは優秀だよ、うん」
サジーさんのお墨付きが出た。
シソーヌ姫が目を伏せる。
「条件があります」
「なんでもおっしゃってください」
胸に拳をつけたままのユウゲンさん。
「公の場所以外でそういうの禁止!」
頭の上でバッテンを作った姫を見て、ユウゲンさんが驚いたように掠れた笑い声を出す。
まあね。そうなるよね。
「商人さんが一緒なら金の管理も安心だな。ウチは金使いが荒いのが多いから助かるね」
愉快な気持ちでそう言うと、再び場が静まり返った。
なんか身内からの視線がキツイ。
「どの口が言うんですかソレを」
マキマキの言葉で、賑やかさが戻ってきた。
◇◆◇◆
「おっほっほ……死に戻ったか。テイアンペイちゃん」
「くっふっふ……ハンショちゃんの策で、想定以上の成果が上がったぞ」
「それは重畳……次の策も、既に動き出しておるよテイアンペイちゃん」
「抜け目ないな、ハンショちゃん」
「異界の英雄を有効に使おう」
「異界の英雄を有効に使おう」
「おっほっほ……」
「くっふっふ……」
「「全ては創世神の御心のままに」」
第二章完結です。
また充電に入りますので、宜しくお願い致します。




