第0話 聖王国の危機
第二章でございます。
「若さが懐かしいな……」
大聖王国が聖王、アークガド18世は椅子にギシリと背を預けて目を閉じると瞼を強く押した。
ぼんやりと照らされた机は多くの書類に埋め尽くされている。
やや広い政務室でポツンと一人、大きく息を吐く。
七国会議は無事に終えたものの、十数年で大陸の情勢はかなり変化していた。
大陸東部で一番の国土を持っていたシュウ大帝国は瓦解。
東南に位置するザバナン大連邦国も半壊。
連邦のハイエルフ大集落は無傷らしいが、ホワイト・ドワーフが治める中央工房都市が打撃を受けていたのは予想外だった。
魔王軍は大連邦国の国境を崩しただけでなく、生産力まで奪ったうえでアークガド聖王国まで侵攻してきていたのだ。
これでは技術力・生産力の支援要請が滞ってしまう。
ガドニア侯国からの物資支援を受けた上で四割の国力回復がなったのち、正式に依頼する予定がご破算だ。
ザバナン大連邦国は会議で技術力こそ二割に低下しているものの、生産力・軍事力は七割を保っている為に魔王軍残党狩りへの武力派遣は問題ないと宣言した。
よく言う。
支援魔術に特化したエルフ族や、芸術分野に定評のあるハーフリング族では派遣武力とは呼べまい。
強大な力をもつハイエルフとホワイト・ドワーフ達も同じ国家の中にいながらその仲は険悪。
故に、どちらかが国を留守にして戦場へ出るなど有り得ない。
ドワーフ族の魔導兵器があってこそ大連邦国は戦力として数えられたのだ。
支援魔術と妨害魔術は紙一重、信頼関係が不足している現状で背中を任せられるはずもない。
恐らくは噂に聞いた異界人の黒騎士と覆面の魔術師をあてにしているのだろう。
国力衰退を正直に告げぬ相手に信をおけようか。
(……いや、他所を悪くは言えぬな。)
聖王国も国力は《人魔大戦》以前の三割にも満たない。
魔導車・魔導筒など技術体系は進んだが生産する体力がない。
その事実を馬鹿正直に伝えれば【危機感を持たない国】と思われる。
故に魔王4将軍の死のシャマカを打ち取った事実を告げて、さらに異界人の英雄を自国に保護していると伝えるに留まった。
損害は受けたが有能な諸侯が努力している為に問題ないと。
自分の無能さが嫌になる。
結局のところ大陸東部、その最北部に位置するアッキンド大商国が損害をほとんど受けていない事が問題なのだ。
大陸統一貨幣の三割を保有する、商会組合が政治を取り仕切る大国。
戦時中ですら《凍らない海域》を経由して大陸西部にある亜人の大国、ポロイス大共和国と貿易を重ねていた。
国力は維持されて優秀な冒険者も多く駐留している。
何よりも魔王4将軍《戦刃》を撃退したという異界人の軍隊を保護しているのだ。
弱みを見せれば不平等な条約を結ばされかねない。
国力回復が急がれる。
やはり大陸西部、特に親交のあるゼギアス大皇国の《サンジェルマン卿》へも支援の要請を図るべきだろうか。
考えられる問題点を書き上げ、サイロス宰相と相談する対策案を連ねていく。
静寂の中でペンを走らせ、ふと溜息を吐く。
「ふう……、疲れる」
「では休まれては?」
机に立てかけた聖王剣を抜いて即座に後ろを薙ぎ払う、
ブンと空気を切った先でストンと壁際に立つ人影。
深藍色の軽鎧を着た、かたびらの頭巾で頭部を覆う凹凸のない白仮面を被った160センチ程の男がいた。
「くっふっふ。ご挨拶が遅れましたなぁ聖王陛下。ワタクシの名はブヨークンと申します。ハイ」
扉がバンッと音を立てると燕尾服に身を包んだ初老の男が飛び込んでくる。
執事長のアルセーヌだ。
ブヨークンと名乗った仮面の男が腰に幾つもぶら下げたナイフをアルセーヌ目掛けて投的する。
アルセーヌは刃先が触れる直前、複数のコウモリへと姿を変えた。
「!! ヴァンパイアですか!!」
後ずさるブヨークンの目前でコウモリは結集すると、アルセーヌへと再び姿を変えた。
靴底をキュッと鳴らし、片眼鏡の奥の目が紅く光る。
「ハッ!!」
中段に放たれた電光石火の蹴りにブヨークンは壁へ叩きつけられる。
「ゴホ!」
バラバラと破片が零れる中で、仮面の男はうずくまった。
ブンッという音と共にエルフ族のサイロス宰相が現れる。
「陛下。ご無事で」
「うむ。サイロスの聖結界を抜ける者がいようとはな」
聖王アークガド18世は聖王剣を下し、サイロス宰相とアルセーヌ執事長が曲者の前に出る。
「転移阻害を張りました。執務室に集中させましたので抜ける事は不可能かと」
聖王はサイロス宰相の言葉に頷くと、うずくまる仮面の男に問いかける。
「貴様は何者だ」
曲者は伏せたまま不敵に笑う。
「……くっふっふ。なるほどなるほど、こりゃあ一筋縄ではいきませんなぁ」
身体を起こすと軽鎧には傷ひとつない。
「ですが準備は終えているのです。でないと不用意に声などかけるはずがないでしょう」
そう言ってブヨークンと名乗った曲者が指をパチンと鳴らすと、政務室全体が淡く輝きだした。
身構える聖王たち。
「くっふっふ。もう止められませぬぞぉ」
サイロス宰相が両手を突きだすと、銀色の球体がブヨークンの身体を覆う。
「死ね」
冷酷に告げるエルフが両手の平を握ると球体が圧縮され、曲者は不快な音を立ててカタチを無くした。
しかし部屋中の光は収まらない。
「これは……」
その呟きに二人が目をやると、聖王の足が石に変わっていた。
「くっ! 石化解除!」
宰相サイロスが即座に魔術を唱えるが石化は止まらない。
「ならば! 時間遅延!」
速度は遅くなれどやはり石化は止まらない。
「死してなお発動する術とは……申し訳ありません陛下。今は手が……ありませぬ」
サイロス宰相は眉を下げ、目を伏せる。
執事長アルセーヌが膝をついた。
「陛下。私の元の主、サンジェルマン卿ならば手立てを知るやもしれません」
聖王はふっと息を吐いた。
「そうか、よきにはからえ。……椅子を持て」
サイロス宰相が政務椅子をもって聖王の後ろへ置く。
どかりと座る聖王。
「アルセーヌよ、マントを」
アルセーヌ執事長が懐から、収まるはずのない大きく立派な赤マントを取り出すと聖王の後ろからかける。
聖王剣を逆さに、剣先を床に両手で刺すとニヤリと笑う。
「石像となるならば、この恰好の方がキマるであろう?」
そう告げられ、二人は苦笑いを浮かべた。




