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アスガイアーの⑤



 冗談じゃない。


 あんなヤツと戦えるか。


 ハイエナ男は路地裏に座り込み、思い返す。


 ワニ男、ハヤブサ男は救世戦士アスガイアーに殺された。

 まぁそれはいい。


 アイツ等はクズだった。


 ワニ男は連続強姦魔だ。

 それを武勇伝のように自慢する、真性のゲス野郎だ。


 ハヤブサ男は児童虐待犯だ。

 しかも止めない伴侶のせいにする、責任転嫁のゴミ野郎だ。


 ざまぁみろだ。

 

 奴等の胴体がアスガイアーにちぎられた時、正直スッとした。

 だが、そのままアスガイアーの拳が自分に向いた時……。

 

(あ、俺もか)


 気が付いた。

 自分もクズの仲間だと。 

 自分も殺されるんだと。


 それを自覚した時、ヘソから頭のつむじ・・・までが急激に冷えた。


 嫌だ! 嫌だ!


 死にたくない! 死にたくない!


 あの時の万能感はどこへやら。

 みっともなく四つん這いで、その場の全てから背を向けて、

 ハイエナ男は走りに走った。



 


 戻る場所も無くし、ケダモノのようなこの姿では寄る辺もない。

 明石海峡大橋の戦いから数日、宿なしのまま、ハイエナ男は浮浪者のような生活をしていた。


 路地裏で残飯を漁り、高架下で新聞紙に包まって眠り、途方に暮れる。


(実家に帰ろうか……)


 田舎に帰れば何とかなるかもしれない。

 父ちゃんと母ちゃんには変な宗教に掴まったとでも言おうか。

 新興宗教がミイラを作るような時代だ。

 ハイエナにされたって言えば、戸惑いながらも匿ってくれるかも。


 ふと、表通りが騒がしい事に気が付く。


 覗いてみると、繁華街でダルダム団の鉄仮面たちと救世戦士アスガイアーが対峙していた。


 はぁ!?

 なんでこんなトコで!

 他所でやれよ!


 きびすを返して路地裏に戻ると、人影が見えた。

 Ⅾr.ザンコックだった。


「いやー。サガーしマシタよー」


 コツコツと、紙袋を下げて親し気に近づいてくる。


「いや、違うんだよ旦那。あん時は急に具合が悪くなってさ、すぐ戻ろうと思ってたんだけど、ほら、基地の連絡先も知らねえし」


 ハイエナ男は大きな体をなるべく縮めて、しおらしさを演出する。


「イーんデスよ。勝てナイ相手に向かってイクなんて、愚カ者ノする事デース」


 Ⅾr.ザンコックは、紙袋を地面に下す。


「出来ないコトをムリにヤレなーんテ、そんな事言いまセーン。スキルアーップの研修モ、組織負担で行ってマスし♪」


 腰に手を回し、ゆったりと辺りを歩く。


「出来ない事ハ出来るようニ、失敗は改めればイーンデス! ダルダム団は! 健全ナ組織なのデス!」


 なんだ。怒ってないのか。

 心配してソンしたな。

 よーし、じゃあスキルアップってヤツで、いっちょ強くなってやるか。


「デモ、決まりは決まりデース。そこはナァナァではいけませんよネ?」


 顔色の悪い、こけた頬をニコリと上げて、こちらを振り向く。


「決まり……? なんかあったっけ?」


 思い当たることがない。

 Ⅾr.ザンコックは眉を下げる。


「オゥ。契約書にアッタでショー? 敵前トーボーは……」


 紙袋を倒す。

 ゴロリと二つ、丸いものが顔を――

 いや、頭を出す。



「身内の処刑だと」



 ハイエナ男はそれを凝視する。

 やがて、叫ぶ。



「ああああああああああああああああ!!!!!!」



 父と母だ。



「父ちゃあああん!!!! 母ちゃああああああん!!!!」



 フッと、腰が砕けた。

 みぞおちの辺りにある底なしの穴に砲丸を落としたような感覚。

 ヘソの穴を広げてコールタールを流し込むような感覚。

 

 怒りではない。

 悲しみとも違う感情。


 視界の明度が上がり、色彩が薄くなる。

 肺が急激にしぼんだように呼吸がおぼつか無い。

 手が小刻みに震える。


 涙は出ない。

 それどころではない。

 ハイエナ男は荒い呼吸のまま、地べたに這いつくばった。


「アゥ……そんなに、ショッキングでシタか。カワイソウニ……ワターシも、こんなコトは、したくなかったんデス……でも、決まりハ、守らナイと……」


 オロオロと、ハイエナ男に寄りそうⅮr.ザンコック。

 背中を優しくさすりながら、やがて思い出したように、クックと笑いだした。


「ソウソウ。ケッサクだったんデスよ? 息子サンの失態でシヌ事になるってワタシ、言ったんデスよ。アナタの自宅で」


 Ⅾr.ザンコックの、肩の震えが徐々に大きくなる。


「はぁ。ナーンテ言うから、銃でフトモモを撃ったんデス。そしたらオトーさん。ゼェゼェ言いながら、息子に何したーって、息子に手を出すなーって!」


 父は、ただのサラリーマンだ。


「ウルサイから! 眉間を撃ったんデス! そしたらオカーさん! アナターって叫ぶんですヨ! ウケル!!」


 ゲラゲラと、天を仰ぐ。


「あんまりアナターアナター言うカラ、オカーさんにも銃を向けたんデス。一人シネばいいカラどーデモ良かったんデスけどね。ヒッ! とか声出したアト、なんか突っ伏してブツブツ言うんデスよ。命乞いカナーっと思うでショ!? ナニ言ってたと思いマス!?」


 楽しさを溢れさせたように、満面の笑みを浮かべる。


「キョウジを助けて下さい、キョウジを助けて下さいって! 繰り返してるんデスよ! 言われんでもそうするっちゅーの!!」


 ハイエナ男の背中を、バンバンと叩く。

 

「はあ……あんまりオモシロかったカラ、撃っちゃいました」


 ハイエナ男は這いつくばったまま、無造作に転がった両親の頭部を見る。


 万年係長の、ヨレヨレの肌着でナイターを見ながら、ビールを飲んでいた父。

 つまみを俺に分けて、早くお前と酒が飲みたいなぁなんて言っていた。


 ビア樽みたいな身体だった、専業主婦で心配性の母。

 都会に出てからも、電話で痩せてないか痩せてないかとうるさくて、月に一度は米を送ってきていた。


 もう会えない。


 景色が歪んで、自分が泣いていることに気が付いた。

 頭の中に、おんおんと低い声が響く。

 

「ツラいデショーね……。ゼンブあのアスガイアーのせいデス。ヤツを倒して、ごリョーシンの手向けにシマショーね……」



「誰を倒すって?」



 後ろから声がした。

 首だけで振り向くと、救世戦士アスガイアーが立っていた。


「ガイアイヤーで全部聞こえていた。……おいハイエナ」


 返事は出来ない。

 嗚咽で他の言葉が口から出ない。


「俺はこいつらを潰す、その為だけの戦士だ。守るのが目的じゃないから目が届かない事もある。でも家族を殺されるってのは、ツラいよな」


 ハイエナ男は泣く。


「ひっぐ、ぉ俺のせいでぇぇ。俺がこんな奴らと関わったからぁぁ……」


 アスガイアーは腕を組む。


「立てハイエナ」


「……は?」


「立って戦え」


 何を言うのか。

 無理に決まってるじゃないか。

 大事な人が……、


「大事な人が死んだんだぞ!!」


 ハイエナ男が地面に吠える。

 家族が殺されて即座に立てるものか。戦えるものか。


「甘えるな!!!!」


 スタスタと、足音が近づいてくる。


「ならどうする。泣き続けるか? 両親を殺されたまま怯えて暮らすのか? 思い出を胸に抱いたまま、後悔しながら死ぬのか?」


 引っ張り起こされる。


「お前がするべきなのは! 今に向き合い! 前を見て! 人生に区切りをつけることだろうが!!」


 胸倉をつかまれる。


「その為に!! 立って!! 戦え!!!!」


 手を離され、膝をつく。


 Ⅾr.ザンコックは路地裏の室外機に腰を下ろして、爪をパチンパチンと切っていた。


「あ、おわりマーシたカ?」

 

 微笑を浮かべるその顔に、ハイエナ男の臓腑は煮え滾った。

 


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