EP 9
『元本保証で月利5%』? それは典型的なポンジ・スキームですわ!
「見ておくれセシリア! これが本物の『不労所得』というやつだよ!」
大広間の豪奢なガラス円卓の上で、実父アラン公爵は上機嫌で鼻歌交じりに、黄金に輝く大金貨の山を指先で弾いていた。
ジャララン、と室内に響く重厚な金属音。
机の上には、財務大臣ガストン卿の商会から届けられたばかりの、金箔押しが施された豪奢な分配金明細書と、金貨二百五十枚――【二千五百万リン(約二千五百万円)】が現物で積まれていた。
「先週、ガストン卿に預けた『黄金竜ファンド』の初月配当だよ! 元本五億リンに対して、本当に契約通りの月利五%がポンと入ってきたんだ! ガストン卿は『公爵閣下のために、新大陸との香辛料貿易の利権を特別に優先配分いたしました』と言ってくれてねえ。素晴らしいと思わないかい? これなら領地の年貢を担保にして、追加であと十億リンほど預ければ、我が家は働かなくても大富豪のままだ!」
無邪気な子どものように目を輝かせる父。
だが、その言葉を聞いた瞬間、私の背筋を氷河のような悪寒が突き抜けた。
「お、お嬢様……? なんだかお部屋の温度が氷点下まで下がっているような気がするのですが……」
背後でトランクを抱えるミアが、小刻みに歯をガタガタと鳴らしながら後ずさりする。
ノアもまた、アメジストの切れ長な瞳をスッと細め、警戒するように机の上の書類へ視線を落とした。
私は無言のまま、すっと胸元から銀縁眼鏡を取り出した。
キリッと鼻梁へ押し上げる。
そのレンズの奥で、獲物を八つ裂きにするハゲタカの目が冷徹な光を宿した。
「お父様」
「ん? なんだい、セシリア? 君もこの配当金で、新しいドレスでも――」
「――そのふざけた紙切れと配当金を、今すぐこちらへ寄越しなさい」
「へ……?」
私は円卓へ歩み寄ると、アラン父様の目前から金箔の契約書と分配金明細書をサッと奪い取った。
そして、獲物を解体するように、瞬時に眼球を走らせて書類の細則を読み解いていく。
『王室御用達・黄金竜ファンド出資契約書』
『一口:一億リン 運用対象:新航路開拓・超大型魔導商船「黄金竜号」による香辛料独占貿易』
『確定リターン:元本完全保証・毎月五%の配当金現物支給(中途解約時は六ヶ月前の事前予告を要する)』
「…………っ」
読めば読むほど、胃の奥から吐き気を催すほどの強烈な【詐欺の悪臭】が立ち込めてくる。
私は眼鏡のブリッジをクイと押し上げ、絶対零度の声を響かせた。
「ミア、黒板を持ってきなさい。ノア様、魔導投影機のセットをお願いできますかしら」
「は、はいぃっ!」
「喜んで。あなたの命じる通りに」
ミアが執務室から運んできたキャスター付きの黒板が、大広間の中央に据えられる。
私はチョークを握りしめ、特大の文字で黒板の中央に殴り書きした。
【元本保証で月利5%(年利換算60%超え)】
「アラン父様、そしてミア。よく耳の穴をかっぽじってお聞きなさい」
カツンッ! とチョークを叩きつける。
「投資の世界において、人類が過去数千年の歴史の中で積み上げてきた、絶対不変の黄金律が存在します。それは――【『元本保証』と『高利回り』が両立する金融商品は、この世に百パーセント絶対に存在しない】という真理ですわっっ!!」
「ひゃぅっ!? ひゃ、百パーセントですかぁっ!?」
ミアが目を丸くして飛び上がった。
ソファーのアラン父様もおろおろと狼狽えながら、口髭を震わせる。
「で、でもセシリア、現にこうして金貨二百五十枚の配当金が手元に届いているじゃないか! 月利五%なんて、たったの五パーセントだよ? 十パーセントや二十パーセントなら怪しいかもしれないが、五パーセントくらいなら、新航路の貿易ならあり得るんじゃないのかい?」
「愚か者っ!! 数字の恐ろしさをこれっぽっちも分かっておりませんわねっ!」
私は黒板の『月利5%』の文字を、赤いチョークで激しく丸囲みした。
「『たったの五パーセント』ですって!? お父様、それは【月利】ですのよっ! 投資の世界では、あらゆる利回りは【年利(一年間のリターン)】に換算して比較するのが常識中の常識ですわ! ミア、単利で計算してごらんなさい!」
「え、ええと……一ヶ月で五%だから……十二ヶ月を掛けると……5×12で……【年利六十%】ですかぁ!?」
「その通りよ! さらに配当を再投資した場合の複利で計算すれば――なんと【年利七十九・六%】に達しますわっ!」
「な、ななじゅうきゅう……!?」
アラン父様が息を呑む。
「いいこと、お父様? 前世の地球で『投資の神様』と呼ばれたウォーレン・バフェットですら、半世紀以上にわたる生涯平均リターンは【年利約二十%】ですのよ! 世界の超一流企業群にまるごと分散投資する世界株インデックスですら、歴史的な平均リターンは【年利五〜七%】程度! 国家が発行する最も安全な国債の利回りなど、せいぜい【年利一〜二%】ですわ!」
私は黒板をバンバンと激しく叩いた。
「それなのに! 元本を減らさないと保証した上で、毎年資産が六割から八割も増えるですって!? もしそんな魔法のような投資先が本当に存在するなら、ガストン卿はなぜ他人に教えるのですか!? 自分で銀行から年利五%で数千億リン借りて全額ぶち込めば、わずか数年で世界中の富を独占できるではありませんか! なぜわざわざ、お父様のようなカモ貴族に一口一億リンで小分けにして売る必要があるのですのっ!?」
「ぐ……っ、そ、それは……私とガストン卿の長年の友情と、公爵家の名声への敬意だと……」
「友情で年利六十%を配る大富豪がいたら、そいつは聖人君子ではなく、貴方の全財産を狙う詐欺師ですわよっっ!!」
容赦ない正論の連打に、父様の額から滝のような脂汗が噴き出した。
そこへ、ノアが静かに進み出た。
「セシリア様。仰せの通り、王都港湾ギルドの魔導通信記録を照合しました」
「さすがノア様、仕事が早いですわね! 結果を開示して差し上げて!」
ノアが水晶球に魔力を注ぐと、黒板の横の空間に、青白い魔導ホログラムが浮かび上がった。
映し出されたのは、王都の港の立体的な鳥瞰図と、ドックに停泊する巨大な船の映像だった。
「このファンドが運用対象としている新航路の超大型魔導商船『黄金竜号』ですが……」
ノアのアメジストの瞳が、侮蔑を孕んで冷ややかに細められる。
「過去六ヶ月間の出入港記録、および船体に刻まれた追跡魔導刻印のログを全て解析しました。結果――黄金竜号は、過去半年の間、王都の第七埠頭のドックに係留されたまま【一度も出航していません】」
「「――ええええええっっっ!?」」
父様とミアの悲鳴が重なった。
「出航していない……!? そ、そんな馬鹿な! 新航路でスパイスを運んでいるはずでは……!」
「船底にはびっしりとフジツボが張り付き、動力炉の魔石タンクは空っぽです」
ノアは淡々と、けれど残酷な事実を突きつけた。
「物理的に航行すら不可能な鉄の棺桶ですよ。当然、香辛料の仕入れも販売も、帳簿上の売上も、一リンたりとも発生していません」
「な……な……っ!?」
アラン父様の顎がガクガクと外れそうに震え、顔面から急速に血の気が引いていく。
「じゃ、じゃあ……ノア様……!?」
ミアがおそるおそる、震える指で机の上の金貨二百五十枚を指差した。
「貿易の儲けがゼロなら……この、本物の金貨二百五十枚(二千五百万リン)は、いったいどこから湧いて出てきたんですかぁぁぁっ!?」
「よくぞ聞いてくれましたわ、ミア!」
私は眼鏡をクイと押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「これこそが、資本主義の歴史において最も多くの人間を破滅させてきた、世界最悪の投資詐欺手口――【ポンジ・スキーム(自転車操業型・出資金詐欺)】の正体ですわっ!」
「ぽんじ……すきーむ……!?」
私は黒板に、ピラミッドのような三角の図を素早く描き殴った。
「いいこと、ミア? ポンジ・スキームの構造は、極めて単純かつ悪質です。首謀者は、集めた出資金を事業や投資で運用など【一リンたりともいたしません】! ではどうやって配当を払うのか? 答えは簡単――【後から入ってきた新しい出資者のお金を、あたかも利益が出たかのように偽装して、先に出資した人へ横流ししているだけ】ですのよっ!」
「ひゃあああああっ!? よ、横流しぃぃぃっ!?」
ミアが両手で頭を抱えて叫ぶ。
「そうよ! お父様が受け取ったこの二千五百万リンは、新航路のスパイスから生まれた利益などではありませんわ! 先週ガストン卿の甘言に騙されてファンドを買った、どこかの別のカモ貴族の出資金か……あるいは、お父様自身が預けた【五億リンの元本の中から、自分の肉を削ぎ落として返されただけ】ですのよっ!!」
「ば、馬鹿なああああああっっっ!!」
アラン公爵の絶叫が、大広間の天井を突き破らんばかりに響き渡った。
父様は膝から崩れ落ち、絨毯の上に四つん這いになって激しく震え出した。
「私の……私の五億リンは……運用などされていなかったというのか……!? 自分の金を配当だと見せかけられて、喜んでいただけだったのかぁぁぁっ!?」
「その通りですわ、おめでたいお父様!」
私は容赦なくチョークを走らせ、ピラミッドの図に大きな亀裂を描き込んだ。
「ポンジ・スキームの詐欺師は、最初の数ヶ月間はこうしてキッチリ配当を払ってみせます。なぜなら、『本当に配当が出た!』と信用させることで、出資者に『もっと大金を預けよう』と追加出資をさせ、さらに口コミで新たなカモを呼び込ませるためですわ! お父様もまんまと『追加で十億リン預けよう』と罠にハマりかけていたでしょう!?」
「うぐっ……! は、はい……その通りです……!」
「ですが、この詐欺には数学的に絶対に避けられない【破滅の瞬間】が訪れます」
私はピラミッドの頂点をチョークで粉砕した。
「新規のカモの流入が少しでも滞り、支払うべき配当の総額が、集まる出資金を上回ったその瞬間――首謀者はすべての金を抱えて夜逃げするか、ファンドの破綻を宣言して姿を消します! 残された出資者の元本五億リンは、一リンも戻らず完全に海の藻屑! 全額蒸発ですわっっ!!」
「ぜ、全額蒸発ぅぅぅぅぅぅっっっ!?」
ミアの悲鳴とともに、アラン父様は白目を剥いて泡を吹き、絨毯の上でピクピクと痙攣し始めた。
「ご、五億円が消える……!? 屋敷を担保に入れたのに……! もう終わりだぁぁぁっ! 我が家は本当に路頭に迷うんだぁぁぁっ!」
「お、お父様がまた失神しちゃいそうですぅぅっ! お嬢様、どうしましょう! 五億円、奪われちゃったんですかぁ!?」
泣き叫ぶミアと、床で絶望に打ちひしがれる父。
だが、その騒乱の中――。
スッ……と、張り詰めた殺気とともに、室内の空気が一変した。
前に歩み出たノアの周囲に、バチバチと紫電を帯びた高密度の魔力が渦巻いていたのだ。
そのアメジストの瞳には、感情の消え失せた絶対零度の光が宿っている。
「……セシリア様」
「ノ、ノア様……?」
「ガストン卿ですね。……あの豚が、あなたを苦しめ、公爵家の資産を騙し取ろうとしているのですね」
ノアの低く透き通った美声が、静かに紡がれる。
「今すぐ財務大臣邸へ向かいます。俺の並列展開術式なら、警備の結界ごと屋敷の地下魔導炉を共振させ、事故に見せかけて屋敷ごと蒸発させるのに三分もかかりません。ガストン卿の細胞を原子レベルで分解してきましょうか?」
「物騒なこと言うんじゃありませんことよーーーーっっ!!」
私は持っていた扇子で、ノアの額をパシィィィンッ! と叩いた。
紫電が一瞬で霧散し、ノアは額を押さえながら、きょとんとした顔で私を見つめ返した。
「……セシリア様? なぜ止めるのですか? 俺の技術も命も、あなたの敵を排除するためのものですのに……」
「物理攻撃で解決したら、わたくしたちが国家反逆罪で指名手配されるだけですわ! それに、そんなことをしたら預けた五億リンがガストンの隠し口座ごと永遠に回収できなくなってしまいますでしょう!?」
私はフッと不敵な笑みを浮かべ、胸元に手を当てて優雅に一礼した。
「言いましたはずですわ。公認会計士の戦いは、暴力ではなく――数字と合意と人間の心理を操る、エレガントなゲームですのよ」
「……っ」
ノアが息を呑み、その白い頬をカッと赤く染めた。
アメジストの瞳が熱く潤み、私の姿を陶酔したように見つめる。
「……ああ、なんと気高く、美しい……。怒りに身を任せず、理性の刃で敵を屈服させようとするその強さ……。セシリア様、やはりあなたは俺の唯一の神です……。あなたの頭脳が描く盤面なら、俺はどんな駒にでもなりましょう」
ノアは恭しく跪き、私のドレスの裾に唇を落とさんばかりの勢いで誓いを捧げてきた。
(重い! いちいち忠誠のレバレッジが高すぎるんですのよノア様ーーーっっ! 私は単に、五億円を損切りしたくないだけの強欲な守銭奴ですわよっ!)
「きゃあぁぁぁっ! ノア様の忠犬っぷりが今日も限界突破してますぅぅっ!」
「ミア! 貴方も床で転がっているお父様を立たせなさい!」
私は咳払いを一つして動揺を隠すと、机の上の金貨二百五十枚をトランクへガバッと放り込み、蓋をバチンと閉めた。
「お父様、安心なさい。ポンジ・スキームには、唯一にして絶対の【脱出ルート】が存在いたしますわ」
「え……? だ、脱出ルート……? お金が戻ってくるのかい……!?」
床のアラン父様が、涙と鼻水にまみれた顔を跳ね上げる。
「ええ。ポンジ・スキームが崩壊するのは『資金繰りがショートした時』です。ですが、ガストンの黄金竜ファンドはまだ始まったばかり。貴族たちから集まった出資金で、ガストンの金庫は今まさに【現金が一番潤沢にある絶頂期】ですわ!」
私は銀縁眼鏡を指先でクイと押し上げ、最高に邪悪で美しいハゲタカの笑みを浮かべた。
「詐欺師の最大の弱点は、彼ら自身が誰よりも【強欲】であること。より巨大な利益という極上のエサをチラつかせてやれば、彼らは警戒心を解き、自ら金庫を開けますわ」
トントン、とトランクを叩く。
「公爵家再建計画・第四フェーズ――【詐欺ファンドからの破綻前・全額キャッシュアウト奪還作戦】を開始いたしますわよ! 預けた五億リン、利息ごと一リン残らず吐き出させて差し上げますわっ!!」
悪徳財務大臣ガストン卿の喉元へ、公認会計士の冷徹な牙が迫っていた――!
【巻末付録】セシリアお嬢様の3行マネー講座
「元本保証+高利回り」は100%詐欺だと刻み込みなさい! 投資においてリターンとリスクは表裏一体。リスクゼロで異常に増える話などこの世に存在しませんわ!
月利の表記に騙されず「年利換算」で現実を見よ! 月利5%は年利60%超の超異常値。世界のプロですら年利20%で神様扱いされる基準を絶対に忘れてはなりませんことよ!
ポンジ・スキームは「最初の配当」で信用させるのが罠! 自分の出資金が切り崩されて配られているだけの自転車操業に気づき、怪しい話からは即座に逃げ出しなさい!
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




