EP 8
悪徳金貸しギルドへの逆襲!繰り上げ返済と不当利得返還請求
王都の歓楽街の外れ、鉄格子の窓が並ぶ物々しい石造りのビル――悪徳金融組織『ブラックウルフ金融ギルド』の本部。
薄暗い応接室の革張りソファーで、ギルド長のドミニクは下卑た笑みを浮かべながら、手元の魔導通信石板を眺めていた。
「ケケッ! 今月も愚民どもから『魔導ツケ払い』の利息が吸い上げ放題だぜ。一度この札に手を出しゃ、一生元本が減らねぇ永久搾取システムの完成よ。無知な豚どもを太らせて毟り取る……これほど美味い商売はねぇな!」
ガハハと響く下品な哄笑。
――だが、その悦楽の時間は、轟音とともに唐突に粉砕された。
ドガァァァンッ!!
「な、なんだぁっ!?」
突風のような衝撃波で、頑丈なオーク材の扉が蝶番ごと吹き飛んだ。
木片が舞い散る煙の向こうから現れたのは――優雅に扇子を揺らすプラチナブロンドの美少女、セシリア。
その背後には、淡い紫色の魔力残光を指先に宿らせた黒髪の美青年ノアと、重たいトランクを両手で抱きしめてプルプル震えている新米メイドのミアが従っていた。
「……朝っぱらから下品な豚の鳴き声が聞こえますわね。ここが、無知な庶民を食い物にする金融ハイエナの巣窟ですかしら?」
「な、何者だてめぇらっ! いきなり扉を吹き飛ばしやがって!」
ドミニクが腰の短剣に手を伸ばしかけた瞬間、ノアがスッと前へ出た。
アメジストの瞳から放たれた絶対零度の殺気に、ドミニクの指先が凍りついたようにピタリと止まる。
「セシリア様に向かって刃を向けるなら、その腕を分子レベルで分解しますが……よろしいですか?」
「ひっ……!? な、なんだコイツの魔力……!?」
「ノア様、粗暴な真似はおやめなさいな。私たちは野蛮人ではなく、極めて文明的で合理的な【債務精算】に来ただけですもの」
私は胸元から銀縁眼鏡を取り出し、キリッと鼻梁へ押し上げた。
冷徹無比なハゲタカの視線が、脂汗を垂らすドミニクを射抜く。
「ブラックウルフ金融ギルド長ドミニク。我が公爵家の専属メイド・ミアが貴方たちに負っている残債の件で、お話がございますわ」
「せ、セシリア……公爵令嬢だと……!? チッ、なんだ、そこの貧乏メイドが払えなくなって泣きついてきたのかよ!」
公爵家の権威に怯みつつも、ドミニクは狡猾な笑みを取り繕って契約石板を机に叩きつけた。
「だがなぁ、公爵様だろうと契約は契約だ! この小娘は正規の契約書にサインして『魔導ツケ払い札』を利用したんだぜ! 現在の残高は【二十九万四千リン】! 今月の返済分を払えないってんなら、身ぐるみ剥いでタダ働きで返してもらうまでよ!」
「ひぃぃっ……!」
怯えるミアの肩を、私は優しく手で制した。
そして、執務机の上にドスンと重たい革袋を投げ落とした。
ジャラランッ!
袋の口からこぼれ出たのは、朝陽を浴びて眩く輝く魔導純金貨の山。
「な……っ!? 金貨……!?」
「ミアの残債二十九万四千リン――いえ、端数は切り上げて【金貨三枚(三十万リン)】。本日ただいま、現金を一括で叩きつけて差し上げますわ!」
「い、一括返済だとぉっ!?」
ドミニクの目が飛び出さんばかりに見開かれた。
「ば、馬鹿言っちゃいけねぇ! 『魔導ツケ払い』は毎月三千リンずつの定額払いが規約なんだよ! 一括で払われちゃ困るんだ! 残りの期間分の予定利息と途中解約違約金を合わせりゃ、百二十万リン以上払ってもらわねぇと割に合わねぇんだよっ!」
「寝言は棺桶の中で仰いなさい!」
私は扇子をビシッとドミニクの鼻先へ突きつけた。
「エルディア王国商法第四十二条・金銭消費貸借契約規律! 『借主は、いつでも将来に向かって残債務の全部または一部を弁済することができる』! これぞ、借金地獄を脱出するための最強の盾――【一括繰り上げ返済】の権利ですわっ!」
「く、くりあげ……へんさい……?」
後ろからミアがおずおずと首を傾げて尋ねてくる。
私は眼鏡のブリッジをクイと押し上げ、即座に講義を始めた。
「いいこと、ミア? 金融業者が一番嫌がる顧客の行動、それが『繰り上げ返済』ですわ! 借金の利息というのはね、『元本が存在する期間』に応じて毎日チャリンチャリンと発生するものなの。だから元本を一括でゼロにしてしまえば――貴方が将来支払わされるはずだった【九十万リン以上もの暴利(将来利息)】は、この瞬間に綺麗サッパリ蒸発して消滅するのですわっ!」
「ひゃあぁぁっ! お金を一気に返すだけで、何十万円も得しちゃうってことですかぁっ!?」
「その通りよ! どんな怪しい高利回り投資を探すよりも、年利十八%の借金を一刻も早く繰り上げ返済することこそが、世界で最も確実で高利回りな『ノーリスクの資産防衛』ですことよ!」
「ぐ……ぐぬぬぬぬ……っ!」
ドミニクが悔しそうに歯ぎしりをする。
「ちっ、クソアマが、法律に詳しいじゃねぇか……! いいだろう、金貨三枚、確かに受け取った! これで手打ちだ、とっとと失せやがれ!」
金貨袋を掻き集め、追い払おうとするドミニク。
しかし――私のハゲタカの目は、ここからが本番だった。
「あら? 失せろ? 誰が手打ちだなんて言いましたかしら?」
「……あぁん? 全額返済したんだから、もう用はねぇだろうが!」
「いいえ。こちらはまだ、貴方たちから【一リンも回収しておりません】もの!」
「な、なんだと……!?」
私は不敵な笑みを浮かべ、ノアに合図を送った。
ノアは懐から水晶球の魔導投影機を取り出すと、机の上にコトンと置いた。
青白い光が部屋を満たし、壁一面に巨大な立体グラフと計算式が投影される。
「ノア様、先ほどの解析結果をこの無知なハイエナに開示して差し上げて」
「了解しました、セシリア様」
ノアが淡々と、けれど氷のように透き通った美声で解説を始めた。
「この『魔導ツケ払い札』の内部演算回路を逆アセンブルし、過去半年間の決済ログをすべて照合しました。ドミニク氏、あなたのギルドは、意図的に【三重の違法不正】を仕組んでいますね」
壁のグラフに、赤い警告マークが次々と点滅した。
「第一に、王国の法定上限金利は【年利十五%】であるにもかかわらず、あなた方は『魔導維持管理手数料』という名目で実質【年利十八%】の金利を徴収している。これは明確な脱法行為です」
「うぐっ……!」
「第二に、毎月の日割り利息計算において、本来なら切り捨てるべき端数を、術式を使って【すべて繰り上げ徴収】し、毎月不当に余分な利息を上乗せしている」
「な、なぜそんな細工までバレて……!?」
「そして極めつけは第三――」
ノアの指先が、グラフの頂点をピシッと指し示した。
「ミアが支払った毎月三千リンの弁済金から、元本返済分をわざと翌月へ繰り越し、利息を【重複二重請求】して元本が減らないようにアルゴリズムを偽装していた点です。……初歩的な詐欺回路ですね。あまりに稚拙で反吐が出ます」
「ひ、ひぃぃぃっ……!?」
ドミニクの顔から、完全に血の気が引いていく。
私は机をバンッ! と叩き、分厚い羊皮紙の請求書をドミニクの額に叩きつけた。
「これらをすべて適正な法定金利(年利十五%)に引き直し計算(過払い金再計算)した結果――ミアが過去半年間で払いすぎた金額は、利息の二重取り分を含めて【大銀貨四枚と銀貨五枚(四万五千リン)】! 民法上の不当利得返還請求権に基づき、今すぐ全額の即時現物返還を要求いたしますわっ!」
「よ、四万五千リンの返還だとぉぉぉっ!?」
ドミニクの喉から、蛙の潰れたような悲鳴が上がった。
ミアが目を丸くして、私の腕にすがりついてくる。
「お、お嬢様ぁっ!? 借金を返しに来たはずなのに、逆にお金を取り返しちゃうんですかぁっ!?」
「当たり前ですわ! 違法に取られたお金をそのまま放置するなど、公認会計士のプライドが許しませんわよ! ドミニク、さあ選びなさい!」
私はサファイアブルーの瞳を冷ややかに細め、死刑宣告のように告げた。
「今すぐ四万五千リンをミアに耳を揃えて返還するか。それとも、このノア様が記録した不正アルゴリズムの全エビデンスを王立騎士団と貴族院財務監査局へ提出し、ギルド営業許可取り消しおよび詐欺罪で地下牢へブチ込まれるか――どちらがよろしいかしら?」
「う……うわあああああああっっ!! は、払います! 返しますから、それだけはご勘弁をぉぉぉぉっっ!!」
ドミニクは涙と鼻水を撒き散らしながら金庫に縋り付き、震える手で大銀貨四枚と銀貨五枚を取り出すと、床に額を擦り付けてミアの足元へ差し出した。
チャリン、チャリン……。
ミアの小さな手のひらに、ずっしりとした銀貨の重みが収まる。
さらに私は、ドミニクの首根っこを掴んで契約石板を取り上げさせると、ノアに命じた。
「ノア様、その呪いの石板を完全消滅させて差し上げて」
「了解です」
パリンッ!
ノアが指先を鳴らすと、高密度の魔力が炸裂し、黒い魔導石板は粉々の塵となって大気中へ消え去った。
残債ゼロ。契約完全消滅!
「お、終わった……! 借金が……消えた……? それどころか、お金が戻ってきた……?」
呆然と銀貨を見つめていたミアの瞳から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
そして次の瞬間――。
「うわあああぁぁぁぁんっっ!! お嬢様ぁぁぁっ! ノア様ぁぁぁっ!」
ミアは私の腰に抱きつき、子どものように大号泣した。
「ありがとうございますぅぅぅっ! もう二度と、あんな怪しい石板使いませんっ! 身の丈に合わないお買い物もしませんっ! 一生、お嬢様についていきますぅぅぅっ!!」
「はいはい、分かればよろしいのですわ。ほら、涙でドレスが汚れますから離れなさいな」
苦笑しながらミアの背中をポンポンと叩く。
これで公爵家の大切な人的資本の可処分所得は守られた。
従業員の家計破綻を救うことは、業務効率と忠誠心を最大化させる最強の福利厚生投資なのだ。
私が内心で電卓を弾きながら満足していると――。
背後から、フワリと暖かな気配が近づいてきた。
振り返ると、ノアがその長身を屈め、息を呑むほど美しいアメジストの瞳で私を見つめていた。
その瞳は潤み、頬は熱情に染まっている。
「……ノア様? どうかいたしましたの?」
「……セシリア様。あなたは本当に……恐ろしいほど気高く、美しいお方だ」
低く甘い美声が、私の耳元で囁かれる。
ノアはそっと私の右手を取り、自らの胸元――トクトクと激しく脈打つ心臓の位置へと導いた。
「え……? あ、あの、ノア様……!?」
「暴力に頼らず、法と数字と論理の力で弱者を守り、理不尽な搾取者を鮮やかに裁いてみせる……。こんなにも鮮烈で、慈悲深い光を、俺は生まれて初めて見ました」
「い、いや、私はただ、うちのメイドが搾取されて労働意欲を落とされたら公爵家のROI(投資対効果)が下がるから打算で動いただけですわよ!?」
「いいえ、言い訳なさらないでください」
ノアはふっと優しく微笑むと、私の指先に熱い吐息を吹きかけ、恭しく唇を落とした。
「あなたがどれほど冷徹な仮面を被ろうと、その奥にある魂の温かさを、俺は知っています。……セシリア様。俺の計算能力も、魔力も、そしてこの命の全てを……生涯、あなたのために振るう剣として捧げます。どうか、あなたの隣で戦い続けることを許してください」
カアァァァッ! と私の顔が沸騰するように熱くなった。
至近距離の国宝級イケメンによる、殺傷能力百パーセントの蕩け顔!
(重い! やっぱり感情のレバレッジが高すぎるんですのよノア様ーーーっっ!! 打算百パーセントの過払い金回収を、聖女の救済劇みたいに解釈しないでくださるーーーっっ!?)
「きゃあぁぁぁっ! お嬢様、ノア様のプロポーズが止まりませんよぅ! もう早く結婚しちゃってくださいぃぃっ!」
「ミア! 貴方のお給料から今の立て替え分、十倍速で天引きしますわよっっ!!」
「ひゃあああっ! ごめんなさいお嬢様ぁぁっ!」
大騒ぎしながら金融ギルドのビルを後にし、私たちは晴れやかな青空の下、公爵家の馬車へと乗り込んだ。
悪徳金融の罠を粉砕し、気分は最高潮だ。
――だが。
公爵邸へ帰り着いた私たちを待ち受けていたのは、さらなる【超弩級の金融爆弾】だった。
「おお、セシリア! おかえり!」
大広間のソファーで、呑気に高級クッキーを頬張っていたのは、我が父アラン公爵だった。
父様は満面の笑みで、机の上に置かれた『金色の紋章が刻まれた豪奢な証書』を指差した。
「見ておくれ! 先日、ガストン卿に預けた『黄金竜ファンド』から、早くも第一回目の配当金が届いたのだよ! なんと金貨二百五十枚(二千五百万リン)! 元本五億リンに対して、本当に月利五%がポンと入ってきた! ガストン卿は本物の大恩人だよ! 追加で領地の年貢を前借りして、あと十億リンほど預けようと思うのだが、どうだろうねぇ?」
「………………」
ドサリ、とミアがトランクを取り落とした。
ノアのアメジストの瞳が、スッと細められる。
そして――私の眼鏡の奥で、真の地獄の業火がゴウッと音を立てて燃え上がった。
(……元本保証で月利五%……。投資家に配当だけ渡して安心させ、さらなる大金を貪り食う……)
「お父様ぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
公爵令嬢セシリア、最大の敵――財務大臣ガストン卿が仕掛ける【歴史上最凶の投資詐欺】との全面戦争のゴングが、今まさに鳴り響こうとしていた――!
【巻末付録】セシリアお嬢様の3行マネー講座
高金利の借金は「一括繰り上げ返済」で秒殺しなさい! どんな投資商品を探すよりも、年利15〜18%の利息を消滅させることが世界一確実な資産防衛ですわ!
契約書の細則と約款を必ず精査せよ! 悪徳業者が紛れ込ませた違法な手数料や計算ミスを見逃さず、法律を盾に徹底的にカウンターなさい!
払いすぎた利息(過払い金)は不当利得として奪い返せ! 法定上限を超えて搾取されたお金は、泣き寝入りせず1リン残らず回収するのが資本主義の掟ですことよ!
読んでいただきありがとうございます。
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