EP 7
新米メイド・ミアの涙と『魔導ツケ払い札』年利18%の恐怖
「……うぅ……っ。なんで……なんで減らないの……?」
最上階の特別室を後にした薄暗い廊下で、ミアはその場にペタンと座り込み、小さな肩を震わせていた。
その両手には、王都の闇金街で配られているという、手のひらサイズの薄黒い魔導石板が握りしめられている。
表面には、青白い燐光を放つ数字の羅列。
ミアの大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ち、石板の冷たい表面を濡らしていた。
「ミア、その石板を見せなさい」
「ひゃぅっ!? お、お嬢様……っ! い、いつの間に……!?」
慌ててエプロンのポケットへ石板をねじ込もうとするミアの手首を、私はスッと優しく、けれど逃げられない強さで掴み取った。
そして、石板の表面に刻まれた契約内容を凝視する。
『魔導ツケ払い札(定額返済契約)利用明細:残債総額・金貨三枚(三十万リン)』
『今月のお支払い:銀貨三枚(三千リン)』
私の前世――公認会計士としての危険感知センサーが、けたたましく警報を鳴り響かせた。
「ミア、正直に話しなさい。この三十万リンはいったい何に使いましたの?」
「う……うぅ……っ。ごめんなさい、ごめんなさいお嬢様ぁぁっ!」
ミアは私の足元にすがりつき、泣きじゃくりながら白状した。
「半年前……王都の露店で、すっごく可愛い『幸運の魔導ブレスレット』を見つけて……。どうしても欲しかったんですけど、私のお給料じゃ全然手が届かなくて……。そしたら、金貸しギルドの親切そうなおじさんが『この石板を使えば、今すぐ持って帰っていいよ。支払いは毎月たったの三千リンだけでいいんだ』って……!」
「毎月たったの三千リン、ですって……!?」
「はいぃっ! 銀貨三枚なら、私のお小遣いでも無理なく払えるって思って……! だから半年間、毎月一度も欠かさず、お給料日に三千リンずつ払い続けてきたんです! 全部で一万八千リンも払いました! なのに……なのにっ!」
ミアはぐしゃぐしゃの顔で石板を指差した。
「今朝届いた明細を見たら……残りの借金が【二十九万四千リン】になってたんですぅぅぅっ! 一万八千リンも払ったのに、六千リンしか減ってないんです! 計算が合いません! 私、騙されたんでしょうかぁぁぁっ!?」
絶叫し、この世の終わりのように泣き崩れるミア。
私はすっと目を細め、胸元から銀縁眼鏡を取り出してキリッと鼻梁へ押し上げた。
獲物を狙うハゲタカの目が、漆黒の怒りとともに覚醒する。
「……ミア、執務室へいらっしゃい。今すぐその石板の皮を剥いで差し上げますわ」
執務室の扉を開けると、そこには驚いたことに、すでに着替えを済ませたノアが控えていた。
最高級羽毛布団で数時間の超高密度睡眠をとり、極上のコンソメスープで滋養をつけた天才魔導師は、驚くほど肌艶を取り戻し、国宝級の美貌を遺憾なく発揮していた。
「セシリア様……? 廊下でミアの悲鳴が聞こえましたが、何かトラブルですか?」
「あらノア様、起きていらしたのね。ちょうど良かったですわ。貴方の神がかった魔導演算能力をお借りいたしますわよ」
「あなたのためなら、俺の演算領域をすべて差し上げます」
相変わらず重たい愛のセリフをサラリと返すノアを横目に、私は執務机の黒板を引き寄せ、チョークを握りしめた。
「ミア、そこに座りなさい。貴方が足を踏み入れてしまった、現代社会でも数え切れないほどの人間を自己破産と自殺へ追い込んできた最凶の悪魔――【リボルビング払い(定額リボ払い)】の正体を教えて差し上げますわ!」
「り、りぼ……ばらい……?」
目を赤く腫らしたミアがおずおずと椅子に腰掛ける。
私は黒板に、大きく【年利18%】と書き殴った。
「ノア様、この魔導石板の裏面……最下段に刻まれた極小の隠し術式を光魔法で拡大投影してくださる?」
「お安い御用です」
ノアが指先を鳴らすと、淡い紫の光が石板を照らし、壁のスクリーンに米粒よりも小さい古代魔導文字が浮かび上がった。
そこには、虫眼鏡を使わなければ絶対に見えない細かさで、こう記されていたのだ。
『手数料率:実質年利十八・〇%(月利一・五%)。毎月の弁済金は元利均等残高スライド方式に基づき、元本返済と利息充当に自動按分されるものとする』
「ひゃぅっ!? な、なんですかこの難しそうな呪文はぁっ!?」
「呪文ではありませんわ、合法を装った強盗のサインですわよっ!」
カツンッ! とチョークを黒板に叩きつけ、私は数字を並べた。
「いいこと、ミア? リボ払いの最も邪悪な罠はね、『どれだけ高額な買い物をしても、毎月の支払額は一定でいい』という【偽りの安心感】を与える点にありますのよ!」
「だ、だって……毎月のお給料から決まった額だけ払えばいいなら、家計の管理もしやすいし、親切だと思ったんですぅ……!」
「それこそが金融業者の思う壺ですわ! 普通の人間は『毎月三千リン払っている』という行為に満足してしまい、自分が【いくら借金しているか】という現実から目を背けてしまうの! では、数字で現実を解体いたしましょう」
私はチョークを走らせ、激しい音を立てて計算式を叩きつけた。
「貴方が借りた元本は【三十万リン】。これにかかる金利は【年利十八%】ですわ! 一年間で発生する利息は、三十万×〇・一八=【五万四千リン】! では、一ヶ月あたりに発生する利息はいくらになりますこと、ノア様?」
ノアが眼鏡越しの私の横顔を愛おしそうに見つめながら、即座に涼やかな声で答えた。
「五万四千リンを十二ヶ月で割ると、一ヶ月あたりの利息は【四千五百リン】ですね」
「――っ!?」
ミアが息を呑み、ぽかんと口を開けた。
「え……? 四千……五百……? あの……お嬢様……? 私、毎月【三千リン】しか払ってないんですけど……?」
「お気づきになりましたかしら?」
私は冷徹なハゲタカの笑みを浮かべ、黒板の数字を赤チョークで囲んだ。
「毎月発生する利息が四千五百リンなのに、貴方が支払っているのは三千リン。――つまり! 貴方が払った三千リンは、一リンたりとも借金の元本返済には回っておらず、すべて【利息の支払い】だけで消えていたのですわ!」
「えええええええええっっっ!?」
ミアの悲鳴が執務室を揺るがした。
「そ、そんな馬鹿なっ! じゃあ、足りない千五百リンはどうなってるんですかぁ!?」
「ノア様、解説して差し上げて」
「はい」
ノアが淡々と、けれど容赦のない冷徹さで告げた。
「払いきれなかった利息千五百リンは、翌月の借金元本にそのまま上乗せされます。つまり、借金は減るどころか、毎月千五百リンずつ増えていく構造です。最初の数ヶ月間は『初回限定お試し低金利キャンペーン』とやらで利息が安く設定されていたため、奇跡的に六千リンだけ元本が減ったようですが……正規金利が適用された今月からは、払えば払うほど借金が増える【負の無限ループ】に突入していましたね」
「ひ……ひゃああああああああっっっっ!!!!」
ミアは両手で頭を抱え、椅子から転げ落ちそうになりながら絶叫した。
「払ってるのに増えるぅぅぅっ!? なんですかその呪いの石板はぁぁぁっ!?」
「これぞ、アインシュタインが『人類最大の発明』と呼んだ【複利】を、最悪の形で敵に回した地獄の姿ですわ!」
私は机をバンと叩いて身を乗り出した。
「投資において複利を味方につければ、雪だるま式に資産が増えて富豪になれます。しかし、借金において年利十八%の複利を敵に回せば――利息が利息を生み、孫の代までむしり取られ続ける【永久奴隷契約】の完成ですわ! もしこのまま毎月三千リン払いを続けていたら、三十万リンのブレスレットを買った代償に、生涯でいくら払うことになっていたと思いますこと?」
「い、いくらですかぁ……?」
「百二十万リン以上ですわよっ! 元の価格の四倍以上をドブに捨てていた計算になりますわっ!」
「ひ、ひゃくにじゅうまん……!? わ、私の年収以上ですぅぅぅぅぅっ!!」
ミアは床に突っ伏し、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして震え上がった。
「わ、私……ただ、可愛いブレスレットを腕につけて、お友達に自慢したかっただけなのに……っ! 見栄を張って、身の丈に合わない買い物をしたせいで……! 私、一生あの金貸しギルドの奴隷としてタダ働きするしかないんですね……っ! うわあぁぁぁんっ!」
後悔と絶望に打ちひしがれ、小さな体を丸めて泣きじゃくるミア。
無知ゆえにカモにされ、見栄の代償に人生を奪われかける――前世の日本でも、どれほど多くの若者がこの罠に散っていったことか。
私は静かに歩み寄り、床にしゃがみこむと、ミアの頭をポンと小突いた。
「痛っ……お、お嬢様……?」
「泣くのはそこまでになさい、ミア。みっともないですわよ」
私はスッと立ち上がり、ドレスの裾を優雅に払った。
「貴方は我が公爵家の大切な専属メイド。すなわち、我が陣営の貴重な人的資本の一部ですわ! その貴方の可処分所得が、怪しげな悪徳金融屋の肥やしに吸い取られるなど、公認会計士として一ミリたりとも許容できませんわね!」
「お、お嬢様……?」
「それに――この石板の契約、よく見ると穴だらけですわ」
私の言葉に、ノアがアメジストの瞳をスッと細めて頷いた。
「セシリア様の仰る通りです。先ほどこの石板の演算術式を解析しましたが、金利計算のアルゴリズムに明確な不正が仕組まれていますね。日割り計算の端数処理を違法に切り上げ、さらに『手数料』という名目で、王国の商法が定める法定上限金利(年利十五%)を実質的に超過して二重徴収しています。――これは立派な【不当利得】です」
「ふふふ……さすがノア様、素晴らしい監査能力ですわ!」
私はノアの肩をポンと叩いて称賛した。
ノアは一瞬息を呑み、耳朶をカッと真っ赤にして、蕩けるような甘い眼差しを私に向けてきた。
「セシリア様……俺の頭脳が、あなたのお役に立てて光栄です。あなたの敵なら、金貸しギルドの連中など、魔導回路の過負荷で工房ごと灰塵に帰すことも容易いですが……」
「物理で燃やしてどうしますの! それはただの器物損壊と放火ですわよっ!」
私はピシッと扇子でノアの額を叩いた。
「私たちは暴力など使いません。数字、エビデンス、そして契約書面という名の――【最もエレガントで合法的な暴力】を使って、相手を徹底的に解体するのですわっ!」
「……っ! なんと気高く、美しいお考えでしょう……。分かりました。俺の魔力と計算の全てを、あなたの合法的な暴力のために捧げます」
跪いて私の手を取ろうとするノア。
相変わらず感情のレバレッジがカンストしているが、今は頼もしいことこの上ない。
私は執務机の金庫を開け、先日エドワード王太子からむしり取った手付金の中から、眩い純金貨三枚――【三十万リン】をチャリンと取り出した。
「ミア、涙を拭きなさい! この三十万リンは、公爵家から貴方への【無利息・前借り給与】として貸し付けます! 返済は毎月のお給料から無理のない範囲で、利息ゼロで少しずつ天引きすれば結構ですわ!」
「えっ……ええええっ!? 利息ゼロで三十万リンも立て替えてくださるんですかぁっ!?」
「当たり前ですわ。借金地獄から抜け出す唯一絶対の正攻法――それは、高利回りの借金を一刻も早く一括で叩き切る【全額繰り上げ返済】しかありませんものね!」
私はトランクに契約書類と計算用紙を詰め込み、ビシッと執務室の扉を指差した。
「ノア様、ミア! 明日の朝一番で、王都の悪徳金貸しギルド本部へ殴り込みをかけますわよ!」
「は、はいぃっ! お供しますお嬢様ぁぁっ!」
「セシリア様、あなたの露払いはお任せください」
無知な庶民を食い物にして私腹を肥やす悪徳金貸しどもめ。
元・公認会計士の恐ろしさを、その身に骨の髄まで刻み込んで差し上げますわ――!
【巻末付録】セシリアお嬢様の3行マネー講座
リボ払い(定額払い)は絶対に使うな! 毎月の支払額が一定なのは優しさではなく、残高と利息の恐怖を麻痺させるための悪魔の麻酔ですわ!
手数料(年利15〜18%)は最凶のマイナス複利! 支払いの大半が利息に消え、元本が一向に減らない無限借金地獄に転落いたしますことよ!
欲しいものは「先にお金を貯めて一括」で買いなさい! 借金をして未来の収入を前借りするのではなく、現在の身の丈に合った支出を守ることこそが鉄則ですわ!
読んでいただきありがとうございます。
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