EP 7
メイド・ミアの初投資!お給料の1割を『先取り貯蓄』いたします
「わーいっ! お給料日ですぅぅぅっ! 今月も金貨と銀貨がピッカピカですぅぅっ!」
アークライト公爵邸の執務室に、小鳥のさえずりのようなミアの歓声が響き渡った。
本日は、公爵邸の月に一度の給与支給日。
執務机の上には、麻袋に小分けされた使用人たちの給与袋が整然と並べられていた。
ミアが両手で抱きしめているのは、彼女自身の給与袋だ。
中には、基本給の銀貨三枚(三万リン)に、先月導入された経費削減インセンティブボーナスの銀貨二枚(二万リン)が上乗せされた――合計【銀貨五枚(五万リン/約五万円)】がずっしりと収まっている。
「第8話でお嬢様に立て替えていただいた借金三十万リンも、毎月のお給料から無理のない範囲で少しずつ天引きして、先月ついに【全額完済】できましたしっ! 今日いただいたこの五万円は、まるまる私の自由なお金ですぅぅっ!」
「ええ、よく頑張りましたわね、ミア」
私は執務机で紅茶のカップを傾け、優雅に微笑みかけた。
地獄のリボ払いから抜け出し、額に汗して稼いだ正当な労働の果実。
かつて借金で泣き崩れていた新米メイドが、自力で生活を再建したのだ。主人としても、公認会計士としても喜ばしい限りである。
「それでミア? その汗水垂らして手に入れた貴重な五万リン……貴方は今月、何に使うおつもりかしら?」
私の問いかけに、ミアはパッと目を輝かせ、両手を胸の前で組んで夢見るように語り出した。
「ふふふ、もう決めてあるんです! まずは王都の中央広場に新しくできたカフェで、生クリームたっぷりの特製ベリークレープを全種類制覇します! それから、流行りのレースのリボンを色違いで十本買って、可愛いガラス細工の小瓶と、ふわふわのクッションを買って……ええと、残ったお金は、月末にぜーんぶ貯金箱へ入れちゃいますぅ!」
満面の笑みで散財計画をまくし立てる少女。
だがその瞬間――。
ビシィッ!
「ひゃぅっ!?」
私の愛用の扇子が、鋭い風切り音とともにミアの額をクリーンヒットした。
「お、お嬢様ぁっ!? な、なんで叩くんですかぁっ! 私、もう借金なんてしてませんよぅ! 自分のお給料の範囲内で使って、残ったら貯金するって言っただけなのにぃっ!」
涙目で額を押さえるミア。
私は胸元から銀縁眼鏡を取り出すと、キリッと鼻梁へ押し上げた。
サファイアブルーの瞳の奥で、獲物の急所を捉えるハゲタカの目がギラリと覚醒する。
「愚か者っ!! 寝言はベッドの中でシーツを頭から被って仰いなさいと言いましたはずですわよ、ミアっ!」
「ひ、ひぃぃっ!?」
「ミア、貴方が今おっしゃった『使って残ったお金を貯金する』という考え方……それこそが、人類の九十九パーセントを一生貧乏の檻に閉じ込め続ける【最悪の貧民思考(パーキンソンの罠)】ですわっ!」
「へ……? ひ、ひんみんしこう……!? 余ったお金を貯めるのって、普通のことじゃないんですかぁ!?」
「普通だからこそ、世の中のほとんどの人間は一生お金が貯まらないのですわ!」
私は執務机の黒板をガラガラと引き寄せ、チョークを手に取って激しい音を立てて書き殴った。
「いいこと、ミア? 英国の歴史・政治学者パーキンソンが提唱した、恐るべき法則が存在しますの。
――【支出の額は、収入の額に達するまで膨張する(パーキンソンの法則・第二の法則)】ですわっ!」
「ししゅつの……ぼうちょう……?」
「そうよ! 人間という生き物はね、『手元に使えるお金がある』と思うと、無意識のうちにそのお金を使い切る理由を勝手に脳内ででっち上げてしまうの!
『今月は給料が三万リンだから、三万リン全部使っちゃった』。翌年、昇給して給料が五万リンになっても、『五万リンあるから、五万リン全部使っちゃった』!
手取りが増えても、支出のレベルを無意識に引き上げてしまうため、月末には常に【残金ゼロ】!
『余ったら貯金しよう』などと考えている人間には、未来永劫、一リンたりとも余る瞬間など訪れませんのよっっ!!」
「う、うわあああああああっっ!!」
ミアが両手で頭を抱え、床の上を転げ回った。
「み、身に覚えがありすぎますぅぅぅっ! 私、先月ボーナスをもらった時も、『少し贅沢しても大丈夫』って気が大きくなって、気がついたらお財布が空っぽになってましたぁぁっ!」
「お分かりになりましたかしら? ならば、どうすれば確実にお金を残せるのか?
今から四千年前、古代バビロニアの都市で富豪たちが実践し、現代でも世界中の大富豪が守り続けている【黄金の富裕化法則】を伝授いたしますわっ!」
カツンッ! とチョークが粉を散らす。
私は黒板の中央に、極太の金文字で書き殴った。
【収入の十分の一を『先取り貯蓄』せよ!(バビロンの大富豪の法則)】
「さきどり……ちょちく……?」
「そう! 貯蓄の方程式とは、【収入 − 支出 = 貯蓄】ではありませんの!
真の富豪が実践する絶対の方程式は――【収入 − 貯蓄(十分の一) = 支出】ですわっっ!!」
私はチョークを踊らせ、黒板にミアの給与の内訳を描き殴った。
「いいこと、ミア? お給料をもらったその瞬間、何よりも先に、まず収入の十分の一――五万リンのうちの【五千リン(約五千円)】を、絶対に引き出せない別口座へ強制的に隔離(天引き)してしまうのです!
そして! 残りの十分の九――【四万五千リン(約四万五千円)】だけで、最初からその一ヶ月をやりくりするのですわ!」
「えっ……? 五千円を最初から『無かったもの』にしちゃうんですかぁ!?」
「そうですわ! 不思議なことにね、人間は『手元に四万五千リンしかない』と分かれば、文句も言わずにその四万五千リンの範囲内で工夫して生活できるようになりますのよ。生活の満足度は一ミリも下がりませんわ!」
「な……っ!? た、確かに、四万五千円でも、クレープの数をちょっと減らせば余裕で暮らせますぅ……!」
「でしょう!? こうして毎月五千リンを先取りしていけば、一年間で【六万リン(約六万円)】! 十年で【六十万リン】もの純現金が、何の苦痛もなく自動的に手元へ積み上がるのですわっ!」
「ろ、ろくじゅうまんえん……! 寝てても勝手に貯まっちゃうなんて、魔法みたいですぅぅっ!」
歓喜の声を上げるミア。
だが、私の眼鏡の奥のハゲタカアイは、ここで満足するような甘いタマではなかった。
「甘いですわ、ミア! ただ金庫にお金を眠らせておくだけでは、二流の小金持ち止まりですことよ!」
「へ……? 貯金するだけじゃダメなんですかぁ!?」
「当たり前ですわ! 金庫に眠っている金貨は、一リンの富も産み落とさないただの金属塊ですもの!
真の富豪への第一歩――それは、先取りして貯めたお金を、自分の代わりに働かせる【資産(金の卵を産むガチョウ)への投資】ですわっっ!!」
「と、投資ぃぃぃっ!?」
目を白黒させるミアの前へ、静かに歩み出てきたのは――白衣を着こなしたノアだった。
アメジストの瞳を柔らかく細め、手元の魔導演算器から淡い光の書類を空中に投影する。
「……セシリア様の仰る通りです、ミア。セシリア様のご指示で、我が社は本日、従業員向けの【アークライト商会・少額事業応援債(マイクロ社債)】の運用規律を策定しました」
「しゃさい……?」
「ええ! 簡単に言えば、『我がアークライト商会のランタンやコンロの製造ラインに対し、ミアの先取り貯金五千リンを貸し出す契約』ですわ!」
私はビシッと人差し指を立てた。
「我が社が提示する利回りは、健全な成長企業として適正な――【年利五・〇%(半年複利)】!
さあノア様、並列演算でシミュレーションを開示して差し上げて!」
「了解しました、セシリア様」
ノアが指先を鳴らすと、空中に美しい光のグラフが描かれた。
「ミアが毎月五千リンをこの社債に積み立て投資し、年利五%の複利で運用し続けた場合――
十年後の元本六十万リンは、複利の力によって【約七十八万リン(約七十八万円)】へと増殖します
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




