EP 6
模倣品(パクリ商品)の出現と、無償保証による市場駆逐
「おい! アークライト商会の責任者を出せぇぇぇっ!!」
朝一番、アークライト公爵邸の一階にある直営サロンの豪奢なガラス扉を蹴破らんばかりの勢いで、怒れる群衆が雪崩れ込んできた。
先頭に立つのは、煤で顔を真っ黒にし、焦げたエプロンをつけたパン屋の親方だった。その手には、黒く変色して無残にひしゃげた魔導ランタンが握りしめられている。
「この人殺しランプめ! 今朝、厨房で灯した途端にボフンッ! と火を噴いて爆発しやがったんだぞ! パンを焼く窯に燃え移って、あやうく店ごと灰になるところだった! どう落とし前をつけてくれるんだぁっ!」
「そうだ! うちの工房のランタンも、買って二日で煙を噴いて動かなくなったぞ!」
「安全で熱くならないって評判は全部大嘘だったのか!」
「金返せ! 治療費と損害賠償を払えぇぇっ!!」
数十人の怒号と怒気の嵐が、サロンのシャンデリアをビリビリと震わせる。
カウンターの奥で受付をしていた専属メイドのミアが、小鹿のようにカタカタと震え上がった。
「ひ、ひゃああああっ!? ば、爆発ぅぅぅっ!? お、お客様、落ち着いてください! うちのノア様が作ったランタンが爆発するなんて、そんなはずは――」
「うるせえ! 現にこうして火を噴いたんだよ! 看板に偽りありのペテン公爵家め!」
親方が焦げたランタンを大理石のカウンターへ叩きつけようと振り上げた――その時。
ピシィッ!
「……人の神聖な店舗で、泥棒の作った粗大ゴミを振り回すのはおやめあそばせ」
凛と澄み渡る冷徹な美声が、怒号渦巻くフロアを静まり返らせた。
サロンの螺旋階段から優雅に降りてきたのは、プラチナブロンドの縦ロールを揺らす私――セシリア・フォン・アークライトだった。
私の胸元には、陽光を浴びて煌めくサファイアの髪飾り。背後には、糊の効いたシャツを着た黒髪の美青年ノアが静かに従っている。
「な、なんだと小娘!? 粗大ゴミだと!?」
「ええ、粗大ゴミですわ。ノア様、鑑定をお願いできますかしら?」
「了解しました、セシリア様」
ノアが進み出て、親方が掲げていた焦げたランタンを長い指先でひょいと受け取った。
アメジストの瞳に淡い魔力光を宿し、わずか二秒。ノアは吐き捨てるように告げた。
「……粗悪極まりない【偽物(海賊版コピー品)】ですね」
「「――はぁっ!? 偽物ぉぉぉっ!?」」
親方と客たちが目を丸くした。ノアは手近なドライバーでランタンの底蓋をカパッと開け、内部の基板をフロアの客たちへ見せつけた。
「うちの正規品『アークライト・ルクス』の外枠を真似ていますが、心臓部の並列共振回路はただの粗悪なスズ板。熱を逃がす安全遮断弁すらついていません。クズ魔石の不安定な放電に耐えきれず、熱暴走を起こして内部から融解・爆発したんです。……うちの技術を猿真似した、ただの危険な模倣品ですよ」
「な……っ!? に、偽物だって!?」
親方が青ざめて後ずさりする。そこへ私がすかさず、銀縁眼鏡をキリッと鼻梁へ押し上げて畳み掛けた。
「親方、そして皆様。その粗悪品……いったいどこでおいくらでお買い求めになられましたの?」
「え……? ええと……王都の裏通りの金物屋で、『アークライトと同じ性能の新型ランプが、特別セールで一台【千五百リン(約千五百円)】』だって呼び込みをしてたから……」
「正規品(四千八百リン)の三分の一以下に釣られて、闇市のバッタ物を買ったわけですわね?」
私の冷徹な指摘に、怒鳴り込んでいた客たちが一斉に気まずそうに目を伏せた。
ミアが両手で腰に手を当て、ぷんぷんと怒りの声を上げる。
「もうっ! 偽物を安く買っておいて、壊れたら本物のうちに怒鳴り込んでくるなんて、お門違いもいいところですよぅ! 財務大臣ガストン卿の息がかかった悪徳商会が、うちのパクリ商品を安売りして評判を落とそうとしてるんです! お嬢様、今すぐ王立裁判所に訴えて、偽物を売ってる店を全部差し押さえさせましょう!」
「ええ、法的な特許侵害訴訟の手続きは裏でノア様が進めてくださっていますわ。……ですがミア、裁判で勝って敵の店を潰すだけでは、三流の危機管理ですわよ」
「へ……? さ、さんりゅう……?」
目を白黒させるミアと客たちを前に、私のサファイアブルーの瞳の奥で、獲物を丸呑みにするハゲタカの目がギラリと妖しく覚醒した。
「いいこと、ミア? ビジネスにおいて、模倣品の出現をただ感情論で嘆くのは愚か者のすることですわ。一流の経営者たるもの、この危機を――【競合他社の客をごっそり奪い取り、自社の市場独占を決定づける史上最大のボーナスタイム】に変えてみせるものなのです!」
「きゃ、客を奪い取るボーナスタイムぅぅぅっ!?」
ミアの悲鳴のようなツッコミが響く。
私はサロンの壁に備え付けられた特大の黒板をガラガラと引き寄せ、チョークを手に取って激しい音を立てて書き殴った。
「いいこと? 安さだけに釣られて偽物を買った顧客が、今まさに痛感している感情……それこそが【安物買いの銭失いの後悔】と【圧倒的な安全性への渇望】ですわ!」
カツンッ! とチョークが粉を散らす。
「彼らは今、『安物を買って大損した、もう二度と怪しい店で買いたくない、高くても絶対に壊れない本物が欲しい』と、骨の髄まで身に染みて理解した【最も質の高い見込み客】へと進化しているのです! この絶好のタイミングで、競合他社を二度と浮上できなくする現代マーケティング最強の防壁――【スイッチングコスト(乗り換え障壁)】と【ブランド信頼性】の魔法を叩き込みますわっ!」
「すいっちんぐ……こすと……?」
首を傾げるミアに、私はビシッと人差し指を突き立てた。
「顧客が他社製品へ乗り換えるのを防ぎ、自社を選び続けさせるための心理的・金銭的ハードルのことですわ! 本日ただいまより、我がアークライト商会は二つの【前代未聞の破壊的キャンペーン】を王都全土で発動いたします!」
私はチョークを走らせ、黒板の中央に極太の黄金文字を叩きつけた。
【第一条:業界初・アークライト正規品『1年間・完全無償修理&新品交換保証』の永久付帯!】
「む、無償修理保証ぉぉぉっ!?」
親方たちが息を呑んだ。ミアが目を丸くして叫ぶ。
「お、お嬢様!? 壊れたらタダで直したり新品と交換しちゃうんですか!? そんなことしたら、修理代でうちが大赤字になっちゃいますよぅ!」
「なりませんわ、ミア! ノア様の神がかった技術力を侮ってはいけません!」
私は誇らしげに胸を張った。
「ノア様の特許回路を組み込んだ正規品の初期不良率は、並列演算の徹底テストにより【〇・一%以下】に抑えられています! 千台売って、壊れるのはせいぜい一台! つまり、一台あたりの保証引当金(保険コスト)は、試算しても【わずか三十リン(約三十円)】しかかかりませんのよ!」
「さ、三十円……!?」
「ええ! 我が社にとってはたった三十円のコストで、顧客には『もし壊れてもタダで直してもらえる』という【無限の安心感(圧倒的ブランド価値)】を提供できるのです! 売りっぱなしで爆発しても知らんぷりする海賊版業者など、この保証制度一つで完全にゴミ箱行きですわっ!」
どよめく客たち。だが、私の攻撃はこれだけでは終わらない。
私は不敵な笑みを深め、黒板に第二条を叩きつけた。
【第二条:被害者救済! 粗悪コピー品『下取り・乗り換え半額キャンペーン』の緊急発動!】
「し、したどり……はんがく……!?」
「そうですわ! そこの親方、そして他社で騙されて偽物ランプを買ってしまった哀れな被害者の皆様! その壊れた、あるいは怪しい偽物ランプを我がサロンへお持ち込みいただければ――我が社の本物の正規品(定価四千八百リン)を、その場で【半額の二千四百リン(約二千四百円)】でお譲りいたしますわっっ!!」
「「――な、なんだってえええええええっっっ!?」」
サロン中の客たちから、地鳴りのような絶叫が上がった。
ミアが頭を抱えて椅子から転げ落ちそうになる。
「お嬢様ぁぁぁっ! 半額って、半額って二千四百円ですよぅ!? 偽物を引き取って本物を安売りしたら、今度こそ大赤字じゃないですかぁぁっ!」
「愚か者っ!! 電卓を弾きなさいと言いましたはずですわよ、ミア!」
カツンッ! とチョークが粉を散らす。
「第16話で計算した我が社の原価構造を思い出しなさい!
ランタン一台の材料費は八百リン! 職人への手厚いインセンティブは五百リン! 合計の製造原価は【一千三百リン】ですわね!
それを半額の二千四百リンで売ったとしても――我が社には一台あたり、きっかり【一千百リン(約千百円)の純利益】がキャッシュで残りますのよっ!」
「あ……っ!」
ミアがハッと息を呑んだ。ノアが静かに補足を加える。
「さらに、引き取った粗悪な偽物ですが……外枠の真鍮や銅線、ガラスは、うちの工房の魔導炉で分解・精錬すれば、そのまま新しいランタンの原材料として再利用できます。一台あたり約四百リン分の資材を回収できる計算です」
「素晴らしい手腕ですわ、ノア様! さあミア、これでもまだ損に見えますかしら!?」
私は黒板をダンッ! と平手で叩いた。
「顧客から見れば、『騙されて買ったゴミが二千四百リンの値引き券に化け、しかも一万二千リン以上の節約になる本物の安全なランタンと無償保証が手に入った』という【生涯忘れられない大歓喜】になりますわ!
そして我が社から見れば――敵の悪徳商会が自腹で広告を打って集めてくれた客を、下取りというエサで【百パーセント自社の信者顧客へと寝返らせる】ことができるのです!
敵のマーケティング費用にタダ乗りして、競合の市場シェアを根こそぎ強奪し、将来のコンロやカートリッジの定期購入者(LTV)へと囲い込む……! これぞ、相手の悪意を最大の利益へと変換する【逆転の市場駆逐作戦】ですわっっ!!」
「す……すげええええええっっ!!」
静寂を破り、パン屋の親方が涙をボロボロこぼしながら叫んだ。
「セシリア様! あんた、本物の聖女様だ! 他所で買ったゴミなのに、二千四百リンで本物と交換してくれるのかい!? 買う! 今すぐ買うぞ! 店の分と自宅の分、二台くれぇぇっ!」
「俺もだ! 怪しいランプ持ってくるから、本物に変えてくれ!」
「アークライト商会万歳! セシリア様万歳っっ!!」
先ほどまで怒号に満ちていたサロンは、一瞬にして割れんばかりの歓声と注文の嵐へと塗り替えられたのだった!
その日の午後――王都の商業区。
アークライト商会の『下取り乗り換えキャンペーン』の噂は、風に乗って瞬く間に王都全土へと駆け巡った。
結果――粗悪なコピー品を売り捌いていたガストン派の悪徳商会の店頭には、怒り狂った数千人の市民が押し寄せた。
「偽物を売りつけやがって! 金を返せ!」
「アークライト様のお店で本物に買い換えるから、さっさと全額返金しろォォッ!!」
返品と返金の嵐に耐えきれず、悪徳商会はわずか半日でシャッターを下ろし、資金ショートを起こして夜逃げ同然に破産・自滅。
一方、アークライト公爵邸の直営サロンには、下取りを求める客の長蛇の列が王宮前広場まで伸び、用意していた五千台の在庫は夕方までに完全完売!
敵のパクリ商品を一掃したどころか、王都のエネルギー市場シェアの【九割以上】をアークライト商会が完全に独占支配する結果となったのである!
夕暮れ時、熱狂の嵐が去ったサロンの特設オフィス。
執務机の上には、本日一日で下取りされた数千個の粗悪ランプから回収された真鍮の山と、新たに転がり込んできた純利益――【五百五十万リン(約五百五十万円)】の受領証が積み上がっていた。
「ふぅ……。敵のパクリ工作を逆手に取って、一日で五百五十万円の純キャッシュと絶対的な市場シェアを手に入れましたわね。完璧なカウンターですわ」
私が優雅に冷めかけたダージリンティーをすすっていると――。
すっ、と背後から甘く暖かな気配が近づいてきた。
「……セシリア様」
振り返ると、ノアがその長身を折り曲げ、至近距離から潤んだアメジストの瞳で私を見つめていた。
夕陽に照らされた白皙の美貌は息を呑むほど神々しく、切れ長の瞳には純度百パーセントの熱情と崇拝が宿っている。
「ノ、ノア様……? またお顔が近いですわ……」
「……息を呑むほど、見事でした」
ノアの低く掠れた美声が、私の耳朶を甘美に痺れさせる。
彼は白く長い指先で、そっと私の右手をすくい上げると、自らの胸元――トクトクと激しく脈打つ心臓の位置へと引き寄せた。
「敵の悪意や偽物すらも、関わる人々を救うための光へと変え、すべてを自らの富へと昇華してみせる……。数字の真理を操り、誰よりも気高く人々を導くあなたの美しさに、俺の心臓は狂おしいほど奪われています」
「い、いや、私はただ、競合他社を合法的に市場から叩き出して、シェアを独占したかっただけの強欲会計士ですわよ……!?」
「いいえ。俺には分かります」
ノアはふっと蕩けるように愛おしく微笑むと、私の指先に、祈りを捧げるような熱い口づけを落とした。
「セシリア様。どうか……俺という人間にも、あなたの【生涯完全無償保証】を適用していただけませんか?」
「……っっ!?!? しょ、生涯無償保証……っ!?」
「ええ。俺の頭脳も、魔力も、そしてこの命の鼓動さえも……すべてあなたのものです。もし俺の心が擦り切れそうになったり、壊れそうになった時は……どうかあなた自身の手で、一生涯、優しくメンテナンスして抱きしめてください」
ボッッッ! と私の顔が沸騰するように赤くなった。
至近距離で囁かれる、国宝級イケメンの命がけの蕩け顔!
(重い! 相変わらず愛のボラティリティが危険水準ですのよノア様ーーーっっ! アフターサービスの保証規定を、永久介護兼プロポーズに魔改造しないでくださるーーーっっ!?)
「きゃあぁぁぁっ! お嬢様ぁっ! ノア様から『生涯永久修理保証プロポーズ』いただきましたぁぁっ! もう早く引き取り契約を結んであげてくださいぃぃっ!」
「だ、誰かミアの口をランタンの蓋で塞ぎなさいっ! ノ、ノア様も離れなさいなっ! これは純粋なカスタマーサクセス戦略ですわっ!」
真っ赤になって手を引き抜こうとする私と、満面の笑みで囃し立てるミア。
市場の防衛と拡大は完璧に完了し、公爵家のベンチャー事業はもはや誰にも止められない巨木へと成長しつつあった。
「ふぅ……それにしても、お金が稼げるようになって、本当にお屋敷が豊かになりましたねぇ……」
カウンターの片付けをしながら、ミアがしみじみと呟いた。
その瞳には、かつてリボ払いに怯えていた頃の影はなく、希望の光が宿っている。
「お嬢様、私……毎月お給料をもらえるのがすっごく嬉しいんですけれど……このお給料、どうやって使えば、お嬢様みたいに将来お金持ちになれるんでしょうか……?」
ミアの純粋な問いかけ。
その言葉を聞いた瞬間、私の眼鏡の奥で、教育者としてのハゲタカの目がギラリと輝いた。
「よくぞ聞いてくれましたわ、ミア! 借金を完済した貴方が次に踏み出すべき、富豪への絶対法則――【収入の十分の一を先取り貯蓄し、お金に働かせる初投資】の授業を開講いたしますわよっ!」
悪役令嬢セシリアの金融教育チートは、いよいよ身近な新米メイドを「資本家」へと覚醒させる、新たなステージへと突入していくのだった――!
【巻末付録】セシリアお嬢様の3行マネー講座
安物買いの銭失いになるな! 価格の安さだけで選んだ粗悪品は、故障や事故による手戻りコストで結果的に何倍もの大損害をもたらしますわ!
無償保証とアフターサービスで「スイッチングコスト」を築け! 売りっぱなしにせず購入後の安心を提供することで、顧客は他社へ浮気できなくなりますことよ!
下取りキャンペーンで競合の顧客を合法的に奪え! 失敗して後悔している他社ユーザーに救済の乗り換え策を提示することこそ、最強のシェア強奪術ですわ!
読んでいただきありがとうございます。
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