EP 3
男爵令嬢リリアの見栄消費〜社交界マウントとリボ払いの上限解放〜
「おほほほっ! 皆様、どうぞお受け取りになって? これ、あのアークライト直営サロンで大人気の新型ランタン『アークライト・ルクス』の、特注クリスタル限定モデルですのよ!」
王都随一の高級社交クラブ『エメラルド・サロン』の豪奢な薔薇の間。
華やかな香水と甘い茶菓子の匂いが立ち込める中、男爵令嬢リリア・ピンクルトンは、取り巻きの令嬢たちに囲まれながら、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
テーブルの上に山積みにされているのは、真新しい真鍮とカットガラスが眩い、ピカピカの高級魔導ランタン五十台である。
「まあ、リリア様! これ、サロンで連日大行列ができていて、平民はおろか貴族ですら手に入らない幻の逸品ですわ!」
「五十台も買い占めるなんて、さすがはエドワード殿下の最愛の花! 財力が桁違いですわね!」
令嬢たちの羨望と賞賛の嵐に、リリアは頬をピンク色に染め、ふわふわのブロンドを揺らして胸を張った。
「当然ですわ! エドワード様が『リリアの美しいお友達に配ってあげなさい』と、ポケットマネーで全部プレゼントしてくださったのですもの! セシリア様が泥臭くお店を開いて作ったものを、私がエドワード様のお金でゴッソリ買い占めて配ってあげるなんて……ふふっ、これぞ真の勝者というものですわ!」
取り巻きたちの「リリア様、素敵!」「セシリア様なんて足元にも及ばないわ!」という歓声が、リリアの肥大化した承認欲求を甘美に満たしていく。
――だが。
リリアの手袋の下、クラッチバッグの奥底に隠された【黒い魔導石板】の表面には、冷酷な現実が刻まれていた。
『ご利用残高:金貨八百五十枚(八百五十万リン)』
(……くっ、エドワードの役立たずめが……! 『金がない』なんて情けないことばかり言って、結局一リンも出してくれないんだから……!)
ドレスの裾を握りしめ、リリアは内心でドス黒い舌打ちをしていた。
そう、この五十台のランタンも、身にまとう白鳥の羽のドレスも、エドワードが買ったものではない。
すべて、あの怪しげな金融ブローカーから手に入れた『魔導ツケ払い札(年利十八%リボ払い)』の限度額を【一千万リン】へ引き上げた『ゴールド契約』で決済した、リリア自身の借金だったのだ!
(でも……いいのよ! 支払いは毎月たったの【大銀貨一枚(一万リン)】の定額なんだから! 一千万リン使おうが、毎月一万円返せばいいなら、私のお小遣いでも余裕で払えるわ! セシリアに勝つためなら、安いものよ……!)
自らを待ち受ける地獄の深淵にも気づかず、リリアは陶酔したように笑みを深めていた。
翌朝――アークライト公爵邸、直営サロンの特設オフィス。
「お、お嬢様ぁぁぁっ! き、聞いてくださいよぅ!」
朝の光が差し込む執務室へ、ミアが頬を膨らませ、湯気を立てる紅茶のポットを抱えて飛び込んできた。
「昨日の夜会でリリア様が、うちの新型ランタンを五十台も配って回ったんですって! 『セシリア様が作ったものを買い占めてマウントを取ってやった』って社交界で言いふらしてるらしいです! もう、すっごく腹が立ちますぅぅっ!」
怒りでぷんぷんと肩を怒らせるミア。
だが、執務机で帳簿をめくっていた私は、怒るどころか優雅に扇子を揺らし、フッと微笑んだ。
「腹を立てる? なぜですの、ミア。むしろ感謝の祈りを捧げたいくらいですわ」
「へ……? か、感謝……ですかぁ?」
目を丸くするミアの前で、私は胸元から銀縁眼鏡を取り出し、キリッと鼻梁へ押し上げた。
サファイアブルーの瞳の奥で、獲物の肉を喰らい尽くすハゲタカの目がギラリと覚醒する。
「だってそうでしょう? 原価八百リン、職人インセンティブ五百リンのランタン五十台……定価四千八百リンで即日お買い上げいただき、我が社の金庫へ【二十四万リンの純売上】をキャッシュで落としてくださったのですもの! 我が陣営の粗利益は一台あたり三千五百リン、五十台で【十七万五千リンの純利益】ですわ! これほどありがたい優良カモ顧客がどこにおりますこと?」
「カ、カモ顧客……!」
「ええ。しかもノア様、あの五十台の決済ログ……どこから振り込まれていましたかしら?」
私の問いかけに、向かいの席で魔導通信端末を操作していたノアが、涼やかな美声で即答した。
糊の効いた上質なシャツを着こなす黒髪の青年は、アメジストの瞳を冷ややかに細めている。
「『金貸しギルド・シルバーシャドウ』の決済魔導網を経由していますね。名義はリリア・ピンクルトン。エドワード王太子の口座からは、やはり一リンも動いていません」
「ひゃあああっ! やっぱり、あの悪魔のツケ払い札(リボ払い)で買ったんですかぁ!?」
ミアが両手で頭を抱えて叫んだ。
「お嬢様、リリア様は先月も三百万リン使ったって言ってましたよね!? 今回と合わせたら、もう八百五十万リン以上使ってますよ!? なんでそんな大金を、平気な顔で使いまくれるんですかぁ!?」
「いいこと、ミア? 世の中にはね、人間を最も急速に破滅へ突き落とす【二大心理トラップ】が存在しますの」
私は立ち上がり、壁の黒板へ向かうと、チョークを手に取って激しい音を立てて書き殴った。
「第一に! 行動経済学で言うところの【相対的剥奪感(他人との比較による貧困感)】、そして【顕示的消費(見栄のためのステータス消費)】ですわっ!」
「そうたいてき……はくだつかん……?」
「そう! 人間はね、『自分がいくら持っているか』では幸福を感じられない愚かな生き物なのよ。『他人が自分より良いものを持っているか』という【他人との比較】でしか自分の価値を測れないのですわ!」
カツンッ! とチョークが粉を散らす。
「リリアは王太子の寵愛を盾に、社交界の頂点に立ったつもりでいました。ですが、本人の純資産はゼロ。そこへ、わたくしが自力で莫大な富と名声を築き始めたのを見て、猛烈な劣等感と焦燥感に襲われたのよ。『セシリアより輝いていなければ死んでしまう!』という承認欲求の亡霊に取り憑かれ、他人に見せびらかすためだけのゴミ(見栄)を買い漁っているのですわ!」
「うわぁ……! 自分のためじゃなくて、他人にマウントを取るためだけにお金を使ってるんですね……!」
「その通りよ! そして第二の罠――それこそが、悪徳金融が仕掛けた【利用限度額の引き上げ(枠の解放)】という名の甘い猛毒ですわっ!」
私は黒板の中央に、巨大な赤文字で書き殴った。
【限度額:五百万リン → 一千万リンへ増額】
「普通の人間はね、金融屋から『限度額を引き上げて差し上げます』と言われると、あたかも【自分の信用や身分が認められた】と勘違いして喜んでしまいますの! ですが、それはとんでもない大間違い! 金融業者が限度額を広げる理由はただ一つ――【こいつからは、もっと利息を搾り取れる】と確信したからですわっ!」
「ひぃっ……! 褒められたんじゃなくて、太らせて食うためのブタ小屋の柵を広げられただけなんですね……!」
「完璧な理解ですわ、ミア! では、数字で残酷な現実を解体いたしましょう!」
私は眼鏡のブリッジをクイと押し上げ、チョークを走らせた。
「現在、リリアの借入残高は【八百五十万リン(約八百五十万円)】! これにかかる実質年利は【十八・〇%】ですわね! ノア様、一年間に発生する利息はいくらになりますこと?」
ノアがアメジストの瞳を微かに光らせ、死神の宣告のように即答した。
「八百五十万リンに年利十八%を掛けると……年間で発生する利息は【百五十三万リン】ですね」
「では、それを十二ヶ月で割った【一ヶ月あたりの利息】は?」
「一ヶ月あたり――きっかり【十二万七千五百リン(約十二万八千円)】です」
静まり返る執務室。
ミアが息を呑み、指を折りながら計算し――そして、顔面からサーッと血の気を引かせた。
「え……? じゅうにまん……? お、お嬢様……!? リリア様が毎月返済しているお金って……【一万リン(約一万円)】ですよね……!?」
「お分かりになりましたかしら?」
私は冷徹なハゲタカの笑みを浮かべ、黒板の中央に極太の計算式を叩きつけた。
【毎月の利息:127,500リン】 − 【返済額:10,000リン】 = 【毎月117,500リンの不足】
「リリアが毎月一万リンを必死に支払っても、利息の十二万七千五百リンにすら、毎月【十一万七千五百リン】も足りませんわ! つまり、彼女が支払った一万円は瞬時に利息の海に溶けて消え去り――借金の元本は、返済しているにもかかわらず、毎月【十一万七千五百円ずつ雪だるま式に増殖】していくのですわっ!!」
「「ひ……ひゃあああああああああっっっ!!!!」」
ミアが椅子から転げ落ちそうになりながら絶叫した。
「払ってるのに! 毎月約十二万円ずつ借金が増えていくぅぅぅっ!? な、なんですかそのホラー映画はぁぁぁっ!?」
「これぞ、複利という怪物を敵に回した者の末路ですわ! 彼女は『毎月一万リン払っているから大丈夫』という強烈な正常性バイアス(認知の歪み)にかかり、自分がすでに【毎月十二万円以上の利息を垂れ流す時限爆弾】を抱えていることにすら気づいていないのですわよ!」
私はチョークを放り投げ、冷ややかに言い放った。
「一千万リンの限度額が埋まるまで、あとわずか百五十万リン。……もうすぐですわね。枠が尽き、金融屋から『これ以上は貸せません。全額一括返済しなさい』と赤紙(期限の利益喪失通知)を突きつけられた瞬間――彼女の偽りのシンデレラストーリーは、木っ端微塵に爆縮いたしますわ」
その頃――王都の繁華街の裏路地。
煌びやかなブティックから出てきたリリアは、手元の黒い石板を見て、ヒステリックに爪を噛んでいた。
『警告:ご利用残高が九百八十万リンに達しました。間もなく限度額(一千万リン)です』
「くっ……! もう枠がいっぱいだなんて、おかしいじゃない! 私、まだ宝石二つとドレス三着しか買ってないのよ!? 来週には公爵家主催のチャリティー夜会があるのに、これじゃ新しいティアラが買えないじゃないの……!」
焦燥と苛立ちで震えるリリアの背後に、スッと黒い影が寄り添った。
シルクハットを深く被った金融ブローカーである。
「ケケッ……お困りのようですな、麗しのリリア様」
「貴方! ちょうどいいわ、この石板、もう買い物ができないのよ! なんとかしなさい!」
「へへっ、ご安心ください。リリア様は我がギルドにとって最上級の超優良顧客……! 実家のピンクルトン男爵領の徴税権を裏担保に設定していただければ、借入限度額を【金貨二千枚(二千万リン)】まで跳ね上げられる、最高峰の『ブラック契約』へ即座にアップグレード可能でございますよ……?」
「に、二千万リン……!? 今までの倍も使えるのね……!?」
「左様でございます! お支払いはこれまで通り、月々わずかな定額払いで結構……さあ、こちらにサインを……」
「書くわ! 今すぐサインしますわ!」
自らの実家が担保に差し出されていることすら理解せず、リリアは狂気的な笑顔で羽ペンを走らせた。
破滅への奈落の底へ、自ら喜んでダイブした瞬間だった――。
同刻――アークライト公爵邸、直営サロンのテラス。
夕暮れの心地よい風が、私のプラチナブロンドをふわりと撫でていく。
テーブルの上には、本日一日で王都の市民たちから注文された新型ランタンの契約伝票が、山のように美しく整理されていた。
「ふぅ……。今日も直販(D2C)の売上は絶好調ですわね。中抜き問屋を排除したおかげで、毎月一千万円以上の純キャッシュが確実に手元に残る体制が確立いたしましたわ」
私が満足げに紅茶をすすっていると――。
ふわり、と背後から甘く暖かな気配が寄り添ってきた。
「……セシリア様」
振り返ると、ノアがその長身を折り曲げ、至近距離から潤んだアメジストの瞳で私を見つめていた。
夕陽に照らされたその美貌は息を呑むほど神々しく、切れ長の瞳には純度百パーセントの熱情が揺らめいている。
「ノ、ノア様……? またお顔が近いですわ……」
「……言葉を失うほど、見事でした」
ノアの低く掠れた美声が、私の耳朶を甘く痺れさせる。
彼は白く長い指先で、そっと私の右手をすくい上げると、自らの胸元――トクトクと激しく脈打つ心臓の位置へと引き寄せた。
「敵の愚かな見栄や虚栄心すらも、自社の純利益へと鮮やかに転換し、相手が自滅していく様を冷徹に見届ける……。数字の真理を司り、悪意をすべて富へと変えてみせるあなたの気高い美しさに、俺の心臓は狂おしいほど奪われています」
「い、いや、私はただ、うちの商品を買ってくれるなら敵だろうが何だろうが関係ないという、ただの守銭奴の経営判断ですわよ……!?」
「いいえ。俺には分かります」
ノアはふっと愛おしそうに微笑むと、私の指先に、熱い吐息とともに祈りを捧げるような口づけを落とした。
「セシリア様。俺の頭脳も、魔力も、そしてこの命の鼓動さえも……すべてあなたのものです。あなたが望むなら、世界中の富をあなたのためだけに集める魔導演算網だって構築してみせましょう。どうか、一生俺をあなたの最も近くに投資し続けてください」
カアァァァッ! と私の顔が沸騰するように熱くなった。
至近距離で囁かれる、国宝級イケメンの命がけの蕩け顔!
(重い! 相変わらず愛のボラティリティが天井知らずですのよノア様ーーーっっ! 他人の自滅を計算していただけの打算を、聖女の采配みたいに解釈しないでくださるーーーっっ!?)
「きゃあぁぁぁっ! お嬢様ぁっ! 夕暮れのテラスでノア様の独占投資アタックが炸裂してますよぅ! 早くサインしてあげてくださいぃぃっ!」
「だ、誰かミアをつまみ出しなさいっ! ノ、ノア様も離れなさいなっ! これは純粋なリスク管理ですわっ!」
真っ赤になって手を引き抜こうとする私と、満面の笑みで囃し立てるミア。
だが、私たちの快進撃はまだまだ止まらない。
私は扇子をバチンと閉じ、王都の夕空へ向けて不敵に微笑んだ。
「直販の成功で足場は固まりましたわ。……ですが、ノア様。ランタンの次はいよいよ、王都の全家庭の台所を支配する【新型魔導コンロ】の市場投入ですわよ!」
「コンロ、ですか? しかし、コンロはランタンよりも大型で、製造原価も高くなりますが……」
「ふふっ、心配いりませんわ! 本体の価格など――【タダ(無料)】で国中に配って差し上げますわよっ!」
「「――ええええええっっっ!?」」
ミアとノアの驚愕の叫びが響き渡る。
悪役令嬢セシリアの次なる一手――それは、現代ビジネスの最強の兵器【ジレットモデル(消耗品課金)】による、エネルギー市場の完全独占作戦だった――!
【巻末付録】セシリアお嬢様の3行マネー講座
他人へのマウント(見栄消費)は自分を貧乏にする最短ルート! 他人と比較して買ったブランド品は、あなたの承認欲求を一瞬満たすだけで、口座の残高を永遠に奪い去りますわ!
カードやリボの「利用限度額の増額」を喜ぶな! 金融業者が枠を広げるのは信用されたからではなく、「もっと利息を搾り取れるカモ」認定された証拠だと知りなさい!
支払額より利息が多い「マイナス複利の泥沼」に警戒せよ! 毎月定額を払っていても、利息にすら足りていなければ借金は雪だるま式に増殖して破滅いたしますことよ!
読んでいただきありがとうございます。
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