EP 2
卸売ギルドのボイコット? ならば直販(D2C)で中抜きを排除いたします!
「おい小娘! ガストン閣下と我ら『王都卸売商人ギルド』を敵に回して、ただで済むと思うていたのか!」
アークライト・ヴァレンタイン魔導研究所の大広間に、傲慢極まりない怒号が響き渡っていた。
豪奢な絹のローブに身を包み、豚のように脂ぎった頬を揺らしているのは、王都の流通網を牛耳る卸売ギルドの会頭、モルガンだった。
モルガンは机の上に、一枚の分厚い羊皮紙を叩きつけた。
「我がギルドに加盟する王都の全商店に対し、貴様らの新型ランタンの【取り扱い全面禁止令】を通達した! 王都の流通はすべて我らが握っているのだ。問屋が仕入れを拒否すれば、貴様らは製品を一個たりとも市場へ並べることはできん! 倉庫の肥やしにして破滅するがよい、ガハハ!」
「ひ、酷すぎますぅぅっ! 問屋さんが全部結託してボイコットするなんて、明らかな営業妨害じゃないですかぁ!」
後ろからミアが涙目で叫ぶ。
モルガンは下卑た笑みを浮かべ、机の契約書を指先でトントンと叩いた。
「助かりたくば、この『専売委託契約書』にサインするのだな。卸値は一台【千リン(約千円)】で全量我がギルドが買い叩いてやる。販売価格の四千八百リンとの差額――【三千八百リンの中間マージン】は、すべて我がギルドの正当な手数料としていただくがな! 頭を下げて流通網を使わせてくださいと泣きつくなら、扱ってやらんでもないぞ?」
一台作るごとに五百リンの赤字になる、完全な奴隷契約。
その言葉を聞いた瞬間――部屋の空気が、絶対零度まで凍りついた。
「……セシリア様」
低く、透き通った美声が室内に響く。
白衣をまとうノアのアメジストの瞳が、獲物を屠る獣のように冷ややかに細められていた。
その指先には、紫電を帯びた高密度の魔力がバチバチと渦巻いている。
「流通網が邪魔なら、今すぐあの男の商会とギルド本部を空間ごと圧壊させ、王都中の店舗の扉を分子融解させて直接ランタンを店頭にねじ込んできましょうか? 三分もあれば終わりますが」
「物理で解決しようとするんじゃありませんことよーーーーっっ!!」
ビシィッ! と私の愛用の扇子がノアの額を直撃した。
「ひゃぅっ!?」
「ノア様! それ、ただの凶悪強盗と器物損壊ですわ! 愛の出力と魔力のレバレッジを落としなさいと言いましたはずですわよ!」
「……っ、面目ありません、セシリア様。あなたの敵を見ると、つい魔力が過負荷を起こしてしまって……」
額を押さえてシュンと項垂れるノア。
私は気を取り直し、胸元から銀縁眼鏡を取り出すと、キリッと鼻梁へ押し上げた。
サファイアブルーの瞳の奥で、獲物の息の根を止めるハゲタカの目がギラリと覚醒する。
「モルガン会頭。貴方のその薄汚い紙切れ、今すぐ暖炉に放り込んでよろしくて?」
「な……なにぃっ!? 断るというのか!? 問屋を通さずに、どうやって商品を客に売るというのだ!」
「問屋? ふふっ……誰が貴方たちのような、ただ右から左へ荷物を動かすだけの【寄生虫】を通すと言いましたかしら?」
私の冷徹な嘲笑に、モルガンの顔が真っ赤に沸騰した。
私は執務机の黒板を引き寄せると、チョークを手に取り、激しい音を立てて書き殴った。
「いいこと、ミア? 世の中の愚かな既得権益者がすがりつく最大の病巣――それこそが【多重中間マージン(中抜き構造)】ですわっ!」
「な、なかぬき……こうぞう……?」
ミアが首を傾げる。
私は黒板に、四つの四角を描き、矢印で結んだ。
「これまでの前時代的な流通構造をご覧なさい!
【製造元】から出た商品は、まず【一次卸(大問屋)】へ渡り、次に【二次卸(地方問屋)】へ渡り、そこからようやく【小売店(商店)】へ並び、最後に【消費者(お客様)】の手元へ届きますわ!」
カツンッ! とチョークが粉を散らす。
「モルガン会頭の提示した条件で計算いたしましょう。
お客様が支払う定価は【四千八百リン】!
しかし、問屋連中が仕入れ値としてメーカーに支払うのは、わずか【千リン】!
残りの【三千八百リン(売上の約八十%)】は、途中の問屋や仲介業者が『仲介手数料』『配送料』『展示料』などという名目で、何重にもピンハネしているのですわっ!」
「ひゃあああっ! 八十パーセントも途中で吸い取られてるんですかぁ!?」
ミアが両手で頬を押さえて絶叫した。
「その通りよ! 汗水垂らして研究開発したメーカーには雀の涙しか残らず、お客様は無駄に高いお金を払わされ、途中で書類にハンコを押して荷物を右から左へ動かしているだけの問屋が、一番巨額の富を貪り食っている! これこそが、資本主義を腐敗させる最悪のモラルハザードですわ!」
「ぐ……ぐぬぬ……! へ、屁理屈を言うな! 我ら問屋が広大な流通網と倉庫を持っているからこそ、商売が成り立つのではないか!」
喚くモルガンに対し、私は扇子をバチンと閉じて冷笑を突きつけた。
「それは『通信手段も物流も未発達だった過去の時代の遺物』ですわ!
情報が瞬時に届き、配送網が整った現代において、お客様の顔も見ようとせず、メーカーの首を絞めるだけの問屋など――【一リンの付加価値も生み出していない粗大ゴミ】にすぎませんことよ!」
「そ、粗大ゴミだとぉぉぉっ!?」
モルガンの喉から、裏返った悲鳴が上がった。
私は黒板の問屋の四角を、大きな赤チョークでバツ印をつけて叩き消した。
「既存の卸売網がボイコットしてくださるなら、大いに結構!
問屋をすべて中抜きして排除し、製造者が直接お客様へ価値を届ける――現代最強の流通革命、【D2C(Direct to Consumer/製造小売直販モデル)】を展開いたしますわっっ!!」
「でぃー……つー……しー……!?」
ミアが目を白黒させる。
私はサファイアの瞳を輝かせ、即座に具体的な事業計画を叩きつけた。
「ミア、そしてノア様! D2Cの基本戦略は三つですわ!
第一に【直営アンテナショップの即時開設】!
王都の中央大通りに面した我がアークライト公爵邸の一階サロンおよび付属倉庫……あそこを今夜中に全面改装し、世界初の体験型ショールーム『アークライト・ルクス直営サロン』としてオープンいたします!」
「えっ!? 自分たちでお店を開いちゃうんですかぁ!?」
「当たり前ですわ! 一等地のテナント料など、公爵邸の空きスペースを使えば【固定費ゼロ】! 他人に家賃を払う必要など一切ありませんわ!」
私は続けて、ノアに向き直った。
「そして第二! ノア様の魔導技術をフル活用した【異世界版・魔導通信販売網(ダイレクト通販)】の構築ですわ!」
「俺の、通信技術を……ですか?」
「ええ! 王都中の主要な郵便ステーションや喫茶室に、ノア様の開発した簡易型の『魔導注文水晶』を設置します! お客様は水晶に触れるだけで、公爵邸の受注センターへ直接注文を送ることができ、公爵家の専属馬車便がその日のうちに玄関先まで即日配達いたしますのよ!」
「な……っ!? お店に行かなくても、家から注文してその日に届く……!?」
ミアの顎が外れそうに落ちる。
ノアのアメジストの瞳が、急速に数式を弾き出した。
「……可能です。王都内の魔力中継点を利用すれば、受注から最短二時間で市街全域への配送網を組めます。通信暗号化も施せば、改ざんや横取りも完全に防げる」
「素晴らしいですわ、ノア様! そして極めつけは第三――【体験型マーケティング(暗闇の部屋)】ですわっ!」
私は不敵なハゲタカの笑みを深めた。
「直営店舗の中に、外光を完全に遮断した特設の『漆黒の暗闇部屋』を設置します!
お客様をその部屋へご案内し、まずは黒鉄商会の旧型ランプを点けていただく。熱くて触れず、薄暗く、煙臭い現実を味わわせた上で――ノア様の新型ランタンを灯して差し上げるのですわ!」
「あ……っ!」
ミアが手を打った。
「パァァッと真昼のように明るくなって、触っても全然熱くなくて、クズ魔石一個で半年も持つことが……一発で分かっちゃいますぅぅっ!」
「その通りよミア! これぞ、問屋の棚にただ並べるだけでは絶対に伝わらない、【顧客体験の直接提供】ですわ!」
私はチョークを踊らせ、黒板に極太の黄金文字を叩きつけた。
「さあモルガン会頭、利益の再計算をいたしましょう!
中抜き問屋を通さない直販だからこそ、定価四千八百リンの売上は、一リンも掠め取られることなく【百パーセント我が社の口座へ直接着金】いたします!
材料費八百リン、職人インセンティブ五百リンを引いても――一台売れるごとに残る限界利益は、きっかり【三千五百リン】!」
キュキキキッ! と嫌な音を立てて、黒板の中央に巨大な数字が刻まれる。
「月間生産限界三千台を直販で完売させた場合――
我が社へ転がり込む月間純キャッシュは、【一千五十万リン(約一千五百万円)】に達しますわっっ!!」
「い、いっせん……ごじゅうまん……!?」
モルガンの顔から、完全に血の気が引いていった。
「貴方たちに千リンで買い叩かれていたら、月間利益はわずか六十万リン、固定費を引けば大赤字でしたわ! 中抜き業者を排除して直販に切り替えるだけで、我が社の利益率は実に【十七・五倍】に跳ね上がるのですわよ!
ボイコットしていただき、本当に心の底から感謝いたしますわ、モルガン会頭!」
「ひ、ひぃぃぃっ……! ば、化け物め……っ! そんな勝手な商売、客が来るはずが――」
「お引き取りください、塵芥が」
ノアの絶対零度の美声とともに、不可視の魔力重力波がモルガンの巨体を吹き飛ばした。
モルガンは悲鳴を上げながら、転がるようにして大広間から逃げ出していったのだった。
翌朝――王都の中央大通り。
朝日が昇ると同時に、アークライト公爵邸の前は、地鳴りのような怒号と熱狂に包まれていた。
「おい、見たかよ! アークライト公爵家の直営サロン!」
「暗闇部屋に入ってみろ! 腰抜かすぞ! 真昼のような明るさなのに、手でペタペタ触ってもほんのり温かいだけなんだ!」
「しかも魔石代が年間二万リン以上浮くんだろ!? 本体四千八百リンなんて、実質タダみたいなもんじゃねえか!」
「早く買わせろ! 俺の工房の分、十台くれ!」
「私、お隣の奥さんの分も通信販売で予約するわ!」
公爵邸の門の前には、数千人を超える王都の市民、工房の親方、商店主たちが長蛇の列を作っていた。
ショールームの体験部屋から出てきた客は、全員が興奮で紅潮した顔で財布を握りしめ、レジカウンターへと殺到している。
受注用の魔導水晶はひっきりなしにピカピカと明滅し、王都中から注文伝票が滝のように吐き出されていた。
「お、お嬢様ぁぁぁっ! す、すごいですぅぅっ! 開店からわずか二時間で、初回の量産分三千台が……【完全完売】しちゃいましたぁぁぁっ!!」
金貨と銀貨が山のように積み上がったカウンターの奥で、ミアが両手で帳簿を抱きしめ、狂喜乱舞して叫んだ。
「予約注文がすでに五千台を超えてます! 中抜き問屋なんか使わなくても、お客様の方から押し寄せてきて止まりませんのおぉぉっ!」
そこへ、青ざめた顔で群衆をかき分けてやってきたのは、昨日のモルガン会頭だった。
脂汗をダラダラと流し、プライドもかなぐり捨てて床に膝をつく。
「セ、セシリア様ぁっ! お、お願いです、我がギルドの商店にも新型ランタンを卸してください! 客が全員貴方の直営店に奪われて、王都中の道具屋が暴動寸前なんです! 定価で買い取りますから、どうか在庫を分けてくださいぃぃっ!」
床に額を擦り付けるモルガンを見下ろし、私は優雅に扇子を広げた。
サファイアブルーの瞳に、絶対零度の嘲笑を浮かべる。
「お断りいたしますわ、モルガン会頭」
「な……っ!? なぜです! 定価で買うと言っているのに!」
「直販のお客様への納品で、向こう三ヶ月先までバックオーダー(予約)が満杯ですもの。……それに、現場のメーカーを脅迫し、価値も生み出さずに甘い汁だけを吸おうとしたハイエナに分け与える在庫など、我が社には一リン分もございませんわ」
ピシャリと言い放つと、周囲の客たちからドッと喝采が上がった。
「そうだ! 中抜き商人なんかに渡すな!」
「セシリア様、万歳っ!」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっっ!!」
モルガンは群衆の怒号に追われ、泡を吹いて逃げ出していった。
既得権益の流通カルテルを、完全なる実力と直販モデルで叩き潰した瞬間だった!
夕暮れ時、大盛況の嵐が去った直営サロンのテラス。
テーブルの上には、本日一日で回収された純現金――大金貨百枚以上がぎっしり詰まった革袋が並んでいた。
夕陽が金貨を黄金色に染め上げる中、私は紅茶を一口すすり、満足のため息を漏らした。
「ふふっ……素晴らしい成果ですわね。中抜きを排除しただけで、初日から純利益一千五十万リンのキャッシュが確定いたしましたわ」
「……セシリア様」
不意に、背後から低く甘い美声が寄り添ってきた。
振り返ると、ノアがその長身を折り曲げ、至近距離から潤んだアメジストの瞳で私を見つめていた。
その切れ長の瞳には、一片の曇りもない純度百パーセントの熱情と崇拝が宿っている。
「ノ、ノア様……? またお顔が近いですわ……」
「……あなたは、本当にどこまで奇跡を起こせば気が済むのですか」
ノアの白く長い指先が、そっと私の右手をすくい上げ、自らの胸元へと引き寄せた。
布越しに伝わってくる、トクトクと激しく波打つ彼の心臓の鼓動。
「既得権益に縛られた理不尽な流通の鎖を断ち切り、職人の技術と顧客の笑顔を、最も純粋な形で直接結びつけてみせた……。セシリア様、あなたの切り拓いたこの道は、世界中の技術者にとっての希望の光です」
熱い吐息が、私の前髪をふわりと揺らす。
「俺の頭脳も、魔力通信も……すべてはあなたのために存在しています。セシリア様、あなたが望むなら、大陸全土を覆い尽くす不可侵の直販ネットワークだって俺一人で編み上げてみせましょう。……そして、俺の人生の流通ルートも、世界でたった一人――あなただけにダイレクトに直結(D2C)させてください」
「ひゃっ……!? な、なんですかその『人生の直販契約』はぁぁぁっ!?」
カアァァァッ! と私の顔が沸騰するように赤くなった。
至近距離で囁かれる、国宝級イケメンの命がけの蕩け顔!
(重い! 重い重い重いわノア様ーーーっっ!! 流通モデルの専門用語を、口説き文句に魔改造しないでくださるーーーっっ!?)
「きゃあぁぁぁっ! お嬢様ぁっ! ノア様が今日も夕陽をバックにダイレクトプロポーズをキメてますよぅ! もう早く出荷されてあげてくださいぃぃっ!」
「だ、誰かミアの口を金貨袋で塞ぎなさいっ! ノ、ノア様も離れなさいなっ! これは純粋なサプライチェーン・マネジメントですわっ!」
真っ赤になって手を引き抜こうとする私と、満面の笑みで囃し立てるミア。
中抜き業者を叩き潰し、莫大なキャッシュマシーンを手に入れたアークライト商会の進撃は、もはや誰にも止められない。
――しかしその頃。
王都随一の超高級ブティック街の一角では、破滅へのカウントダウンが音を立てて進んでいた。
「ふふっ……あのアークライト直営サロンの新型ランタン、デザインが洗練されていて社交界でも大人気ですわね! なら、私のサロン用にも十台……いえ、五十台全部買い占めて、明日の夜会で取り巻きの令嬢たちに配ってマウントを取ってやりますわ!」
取り巻きを従え、勝ち誇った笑みを浮かべる男爵令嬢リリア。
その手には、あの黒く妖しく脈打つ【魔導ツケ払い札(年利十八%リボ払い)】が握りしめられていた。
だが――石板の表面に、突如として真っ赤な警告文字が点滅したのだ。
『警告:ご利用可能限度額(金貨五十枚・五百万リン)を超過しました。これ以上の決済はできません』
「……え? げ、限度額……? そんな、あと少しでセシリアに勝てるのに……!」
青ざめるリリアの前に、物陰からシルクハットの金融ブローカーが再び擦り寄ってくる。
「へへっ、お困りのようですな、リリア様。……簡単な審査で、借入限度額を【金貨百枚(一千万リン)】まで今すぐ引き上げられる『ゴールド契約』がございますよ……?」
「一千万リン……!? か、書きます! 今すぐサインしますわ!」
自らの身の丈に合わない見栄を維持するため、悪魔の契約にさらなる血判を押してしまうリリア。
破滅の雪だるまは、もはや誰にも止められない速度で転がり落ちようとしていた――!
【巻末付録】セシリアお嬢様の3行マネー講座
中間マージン(中抜き)の搾取構造を疑いなさい! ただ右から左へ流すだけの問屋に利益を吸い取られるのは、顧客にとっても生産者にとっても最大の損失ですわ!
現代最強の武器「D2C(製造小売直販)」を活用せよ! ネットや直営で顧客と直接繋がることで、中間コストをゼロにして圧倒的な高利益率を叩き出せますことよ!
「顧客体験」を直接体感させなさい! 良い商品ほど言葉でなく体験で売る。相手が価値を実感した瞬間、安売り競争から完全に脱出できますわ!
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




