EP 13
大手商会の特許侵害トラップ!?違約金条項で倍返しですわ
特許認可からわずか三日後。王都随一の繁華街に店舗を構える『黒鉄商会』の本店前は、異様な熱気と怒号に包まれていた。
「おい、見たかよ! 黒鉄商会が売り出した新型魔導ランプ『黒鉄の光輝』!」
「従来の十分の一の魔石で十倍長持ちするんだとよ! しかも一個たったの銀貨五枚(五千リン)! 爆安じゃねえか!」
「王立魔導院で話題になってた特許回路と同じ性能だぜ! さすが王都最大手の大商会だ、仕事が早え!」
店頭には山積みにされた黒塗りのランプ。
飛ぶように売れていくその光景を、店舗の二階バルコニーから見下ろしていたのは、財務大臣ガストン卿の筆頭腹心である黒鉄商会の会頭、バルボアだった。
太った頬を脂で光らせ、高級エルフワインのグラスを揺らしながら下卑た哄笑を漏らす。
「ガハハ! 売れる、売れるぞ! アークライトの小娘と貧乏男爵め、大金貨一枚も払って特許などという下らん紙切れを取ったそうだが、無駄骨だったな! 町工場を脅して試作品を分解させりゃ、一日でコピー完了よ! 名ばかりの特許権なんぞ、大商会の組織力と政治力で握りつぶしてしまえばゴミクズ同然なのだ!」
「……他人の知的財産を泥棒しておいて、随分と上機嫌なブタの丸焼きがいらっしゃいますわね?」
凛と澄み渡る冷徹な美声が、バルコニーの空気を凍りつかせた。
バルボアが驚愕して振り返る。
そこに立っていたのは、陽光を浴びて煌めくプラチナブロンドの縦ロールを揺らす私――セシリア・フォン・アークライトだった。
両脇には、アメジストの瞳に絶対零度の殺気を湛えた黒髪の青年ノアと、分厚い書類トランクを両手で抱えた専属メイドのミアが静かに控えている。
「な、なんだ貴様らは!? ここは関係者以外立ち入り禁止――ぐへっ!?」
突進しようとした黒鉄商会の屈強な私設警備員二人が、ノアが軽く指先を鳴らした瞬間に発生した不可視の魔力重力場によって、石床へペタリと押し潰された。
「セシリア様の歩行領域に立ち入るな、塵芥が」
ノアの低く甘やかな美声が、死神の宣告のように響く。
「ひっ……!? 貴様ら、何の真似だ! 公爵令嬢だろうと、民間企業の営業妨害は重罪だぞ!」
「営業妨害? 心外ですわね」
私は胸元から銀縁眼鏡を取り出し、キリッと鼻梁へ押し上げた。
サファイアブルーの瞳の奥で、獲物の息の根を止めるハゲタカの目がギラリと覚醒する。
「わたくしたちは単に、不法行為を働いている違法業者へ【正規の損害賠償請求】に伺っただけですもの。バルボア会頭、貴殿が今日一日で三千個も売り捌いたその新型ランプ……我が陣営が保有する王国特許第一号『超省エネ並列共振魔導回路』の完全な無断盗用――すなわち【明白な特許権侵害】ですわよ!」
「ケッ! 特許侵害だと!?」
バルボアは鼻で笑い、ワイングラスを机に叩きつけた。
「証拠はあるのか証拠は! うちの回路はウチの優秀な技師が独自に発明したオリジナルだ! 貴様らの特許のパクリだというなら、製品を分解して回路の同一性を法廷で証明してみせろ! 魔導院の鑑定には半年以上かかる! その頃にはこっちは数万個売り切って、とっくに大儲けした後よ!」
これぞ、大手企業が無知な個人開発者の特許を奪う際の常套手段――【時間稼ぎと立証責任の押し付け】だった。
後ろからミアが涙目で叫ぶ。
「ひ、酷すぎます! 盗人猛々しいにも程がありますよぅ! お嬢様、半年も裁判なんて待っていたら、ノア様の特許の価値がなくなっちゃいますぅぅっ!」
「ふふっ、泣く必要はありませんわ、ミア」
私は眼鏡のブリッジをクイと押し上げ、哀れな獲物を見下ろすように冷ややかに微笑んだ。
「いいこと、ミア? ビジネスにおいて、相手の『盗み』や『裏切り』を感情論で嘆くのは三流のすることですわ。一流の会計士たるもの、敵がルール違反を犯すことなど【最初から織り込み済み】で動くものなのです!」
「えっ!? 織り込み済み……!?」
「ノア様、あれを起動して差し上げて」
「了解しました、セシリア様」
ノアが作業着のポケットから、小さな水晶のリモート魔導送信器を取り出した。
そのアメジストの瞳が、獲物を罠に嵌めた獣のように妖しく細められる。
「……バルボア会頭。あなたは俺の回路を『ただの金属板と魔石の配列』だと侮ったようですね。あの並列共振回路の心臓部には、俺独自の不可視の【暗号化自己認証魔導刻印】が術式レベルで組み込まれている」
「な、なんだと……!? 自己認証刻印だと!?」
「ええ。外部から特定の共振周波数を与えることで、正規のライセンスキーを持たない無断複製回路は――【安全機構】が強制作動します」
パチンッ!
ノアが指先を鳴らし、送信器に魔力を送った瞬間――。
キュイィィィィィン……!
一階の売り場から、甲高い電子共鳴音が響き渡った。
次の瞬間、店頭に並んでいた数千個の新型ランプ、そして購入した客たちの手元にあったランプが一斉に点滅し――ボフンッ! という情けない音とともに、淡い赤色の煙を噴き出して完全に機能を停止したのだ!
同時に、ランプのガラスカバーの表面に、魔導発光によって巨大な【文字】がくっきりと浮かび上がった。
『WARNING:本製品はアークライト・ヴァレンタイン研究所の特許第1号を違法に盗用した海賊版です。安全性は一切保証されません』
「「――な、なんだこれえええええっっ!?」」
一階のフロアから、客たちの怒号と悲鳴が爆発した。
「おい! 買ったばかりのランプから煙が出たぞ!」
「海賊版ってどういうことだ! 黒鉄商会は偽物の泥棒商品を売りつけたのか!」
「金を返せ! 返金しろォォォッ!!」
「ば、馬鹿なああああああっ!?」
バルボアの顔面から、文字通りサーッと血の気が引き、青白く染まった。
「ど、動かない……!? ランプが全部、ただの鉄クズに……!?」
「あら? まだ証拠が必要かしら、バルボア会頭?」
私は机をバンッ! と平手で叩き、ミアに抱えさせていたトランクから、一枚の極太の羊皮紙を取り出して突きつけた。
「王立魔導院特許鑑定局の【特許侵害即時認定書】原本ですわ! これ以上の動かぬエビデンス(証拠)がどこにありますこと?」
「ぐ……ぐぬぬぬぬ……っ! お、おい、お前たち! 今すぐ工房へ戻って、その認証刻印とやらを解除しろ!」
「無駄です」
ノアが氷の刃のような声で一蹴した。
「その暗号術式を解読しようとすれば、回路全体が自己融解して完全に灰になります。俺以外の何者にも、その回路を再起動することは不可能です」
「ひ、ひぃぃぃっ……!」
逃げ道を完全に塞がれたバルボアは、ガタガタと膝を震わせ、泡を吹きながらソファーへ崩れ落ちた。
「お、おい小娘……! な、何が望みだ……! 盗作は認める! 今日売った三千個分のロイヤリティ、本来のライセンス料(一個百リン)を払えばいいんだろうが! 三千個×百リンで、金貨三枚(三十万リン)だ! 今すぐ払ってやるから、そのランプのロックを解除しろ!」
「金貨三枚(三十万リン)? ……プッ、アハハハハハハハッ!」
私の高らかな哄笑が、部屋中に木霊した。
私は扇子をバチンと閉じ、死刑宣告を下す裁判官のようにサファイアの瞳を鋭く細めた。
「おめでたい頭をお持ちのようですわね、バルボア会頭! 盗っ人が捕まった後で『定価を払うから許してくれ』などというふざけた理屈が、資本主義の法廷で通用すると思ってますのっ!?」
「な……に……!?」
「ミア、黒板をこちらへ! 計算のお時間ですわよ!」
「は、はいぃっ!」
ミアが運んできた黒板に、私はチョークを激しい音を立てて叩きつけた。
「いいこと、ミア? 契約や知的財産を守る際、最も重要なのが【懲罰的損害賠償条項(違約金トラップ)】ですわっ!」
「ちょうばつてき……そんがいばいしょう……?」
「そう! もし『バレても定価のライセンス料を払えばいいだけ』なら、悪徳業者は『バレなきゃ丸儲け、バレても定価を払えばノーリスク』と考えて、いくらでもパクリを繰り返しますわ! だからこそ、最初から法的な規約にこう明記しておくのです! 『無断使用・特許侵害が発覚した場合、正規ライセンス料の百倍の違約金、および侵害品の全売上金額を没収する』とねっ!」
「ひゃあぁぁっ! ひゃ、百倍の違約金ですかぁっ!?」
ミアが目を丸くして叫んだ。
「ええ! では計算いたしましょう!」
私はチョークを走らせ、黒板に極太の数字を書き殴った。
「第一に! 本日貴殿が不法に製造・販売したランプ三千個に対する【懲罰的違約金】! 正規ライセンス料百リンの百倍――一個あたり一万リン×三千個で、【三千万リン(金貨三百枚)】!
第二に! 特許侵害品によって不当に得た【売上全額没収】! 一個五千リン×三千個で、【一千五百万リン(金貨百五十枚)】!
そして第三! アークライト公爵家およびノア様の信用を毀損したことに対する【名誉毀損・精神的慰謝料】として――金貨五百五十枚(五千五百万リン)!」
キュキキキッ! と嫌な音を立てて、黒板の中央に巨大な赤文字が躍った。
「合計して――金貨千枚、きっかり【一億リン(約一億円)】ですわーーーーーっっっ!!!!」
「い、いちおくぅぅぅぅぅぅっっっ!?」
バルボアの喉から、内臓が飛び出たような絶叫が上がった。
「ふ、ふざけるな! たかが三十万リンのライセンス料に対して、一億リンの請求だと!? そんな無茶苦茶な暴利が通るかぁっ!」
「通りますわよ? 王国の知的財産侵害防止法・第七条に基づき、すでに王立裁判所へ仮差し押さえ命令の申請書を提出済みですもの」
私はサファイアブルーの瞳を冷ややかに細め、死刑宣告を突きつけた。
「今すぐ一億リンを現金で支払うか。それとも、下で大暴動を起こしている数千人の怒れる顧客たちに真実を全て開示し、王宮騎士団に詐欺および特許侵害罪で黒鉄商会の全資産を強制差し押さえされるか――さあ、どちらになさるかしら?」
「ひ……ひぃぃぃぃぃぃっっ!!」
一階からは「金を出せ!」「放火するぞ!」という暴徒と化した客たちの怒号が響いている。
逃げ場を完全に失ったバルボアは、床に突っ伏して涙と鼻水を撒き散らした。
「は、払います! 一億リン払いますから、訴訟を取り下げてロックを解除してくださいぃぃぃっっ!!」
バルボアは金庫室から、震える手で黒塗りのトランク十箱を引きずり出してきた。
中に入っていたのは、眩い魔導大金貨百枚――きっかり【一億リン(約一億円)】の現金だった!
ズッシリとした重みを確かめ、私は受領証にサラサラとサインした。
「毎度あり! なお、ロックの解除はいたしませんわ。違約金を払ったからといって、盗品を売っていい免罪符にはなりませんもの。その三千個の鉄クズは、全額お客様へ返金して自主回収なさいな!」
「そ、そんなぁぁぁぁぁっ!?」
絶望の底に沈むバルボアを置き去りにし、私たちは堂々と黒鉄商会を後にしたのだった。
夕暮れの王都、馬車の中。
トランク十箱にぎっしり詰まった一億リンの黄金を前に、ミアが小躍りしながら叫んでいた。
「す、すごすぎますお嬢様ぁぁぁっ! 泥棒しようとした悪徳商会から、逆に一億円もむしり取っちゃいましたぁぁっ! まさに倍返し、いえ三百倍返しですぅぅっ!」
「ふふっ、当然ですわ。知的財産権の防衛とは、単に泥棒を防ぐだけでなく、『泥棒してきた相手から合法的に巨額のキャッシュをもぎ取るチャンス』に変えることこそが真髄ですもの」
私が扇子をパタパタと仰ぎながら勝利の余韻に浸っていると――。
ふと、隣から熱い気配が迫ってきた。
「……セシリア様」
見ると、ノアがその長身を折り曲げ、至近距離から潤んだアメジストの瞳で私を見つめていた。
その切れ長の瞳には、一片の曇りもない純度百パーセントの熱情と崇拝が宿っている。
「ノ、ノア様……? 顔が近いですわ……」
「……セシリア様。あなたは本当に……恐ろしいほど気高く、完璧なお方だ」
ノアの低く掠れた美声が、私の耳朶を甘く痺れさせる。
彼はそっと私の手を取り、自らの頬へすり寄せるように包み込んだ。
「俺の技術を泥棒から守るため、あそこまで周到な罠を張り、敵の悪意すら全てあなたの富へと変えてみせる……。セシリア様、あなたの頭脳と冷徹な美しさに、俺の心臓は狂おしいほど奪われています。この一億リンも、俺の特許も、俺の体も……すべて、あなたのものです。どうか、好きに料理してください」
ボッッッ! と私の顔が沸騰するように赤くなった。
至近距離で見つめられる国宝級イケメンの、殺傷能力限界突破の蕩け顔!
(重い! 相変わらず愛のボラティリティが危険水域ですのよノア様ーーーっっ! 私は単に、自分の不労所得の権利を守りたかっただけの強欲守銭奴ですわよっ!)
「きゃあぁぁぁっ! お嬢様、車内がノア様の甘い魔力で砂糖漬けになっちゃいますぅぅっ!」
「だ、黙りなさいミア! ノ、ノア様、離れなさいなっ! これは純粋な法務リスクマネジメントの結果ですわっ!」
真っ赤になって手を引き抜こうとする私と、満面の笑みで茶化すミア。
だが、私の頭の中の電卓は、すでに恐るべき真実を弾き出していた。
王太子からの回収金、ガストンからの奪還金、無駄な固定費の削減、そして今回の一億リン――。
これらを合算した公爵家の財務諸表を作成した瞬間、私の背筋に快感の震えが走った。
(……ついに、ついに来たわ……! 今月の月次決算……我がアークライト公爵家のキャッシュフローが、歴史上初めて――【完全黒字化】を達成いたしますわっ!!)
借金五十億の地獄から始まった大逆転劇は、いよいよ記念すべき第一四半期の黒字決算の祝祭へと突入しようとしていた――!
【巻末付録】セシリアお嬢様の3行マネー講座
知的財産は「盗まれる前提」で防衛策を仕込め! 契約書に重い違約金条項を入れ、技術的にもコピー防止策を講じておくのが基本ですわ!
「時間稼ぎ」を狙う泥棒には即時エビデンスで即殺! 裁判で長引かされないよう、一瞬で同一性を証明できる証拠(暗号や刻印)を事前に仕込みなさい!
ルール違反者からは「懲罰的損害賠償」で倍返し! 定価の請求で満足せず、相手の悪意を最大の利益に変えて回収するのが資本主義の掟ですことよ!
読んでいただきありがとうございます。
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