EP 12
王立魔導院での特許申請〜不労所得の泉を掘り当てますわ〜
王都の中央広場に威容を誇る白亜の巨塔――『王立魔導院・特許ギルド本部』。
天井まで届く巨大な書架と、無数の魔導歯車がカチカチと音を立てる厳格な受付フロアに、一人の小太りな役人の嘲笑が響き渡った。
「ヒッヒッヒ! 没落したヴァレンタイン男爵家の出来損ないが、特許の出願だと? 冗談も休み休み言え!」
カウンターの奥で羊皮紙を弄んでいた特許受付官は、ノアのくたびれた白衣を一瞥し、侮蔑を隠そうともせずに鼻を鳴らした。
「この王立特許ギルドへの出願手数料がいくらか知らんわけではあるまいな? 大金貨一枚――【金貨十枚(百万リン)】だぞ! 貧乏貴族が一生かかっても拝めない大金だ。冷やかしならとっとと失せろ!」
侮辱的な言葉を浴びせられ、ノアは気まずそうにアメジストの瞳を伏せた。
そして、私の袖をそっと引き、消え入りそうな声で囁いてきたのだ。
「……セシリア様、やはり出願なんてやめましょう。百万リンもの大金を、ただの紙切れ一枚(特許証)のために払うなんて狂気の沙汰です。俺が工房に籠もって、寝る間を惜しんで手作業で回路を組み立てればいいんです。それを街の道具屋に一個ずつ卸せば、確実に日銭は稼げますから……」
健気にも、自らの身を削って公爵家に貢献しようとするノア。
だが、その言葉を聞いた瞬間――私の脳内で、前世の公認会計士の理性が雷鳴を轟かせた。
「愚か者っ!! 寝言はベッドの中で仰いなさいと言いましたはずですわよ、ノア様っ!」
「ひゃぅっ!?」
ビシィッ! と私の愛用の扇子がノアの額を直撃した。
私は胸元から銀縁眼鏡を取り出し、キリッと鼻梁へ押し上げる。
ハゲタカの目がギラリと覚醒した。
「ノア様、貴方が今おっしゃったのは、経営でも何でもない――ただの【労働集約型ビジネス(自分の時間を切り売りする肉体労働)】の罠ですわっ!」
「ろ、ろうどう……しゅうやくがた……?」
後ろで書類鞄を抱えていたミアが、目を白黒させて首を傾げた。
私は眼鏡のブリッジをクイと押し上げ、即座に講義を始めた。
「いいこと、ミア? 世の中の大半の人間は、『自分が汗水垂らして働いた時間=収入』だと思い込んでいますわ。例えばノア様が不眠不休で手作業で回路を作ったとして、一日に何個作れますこと?」
「う……どんなに急いでも、一日せいぜい三個が限界です……」
「一個売って手元に残る利益が仮に一万リンだといたしましょう。一日三個なら、日給三万リン。一ヶ月で九十万リン。……確かに、一人の生活費としては十分に見えますわね」
「えっ!? 一ヶ月で九十万円も稼げるなら、大成功じゃないですかぁ!」
ミアが能天気に歓声を上げる。
私は冷徹な視線をミアに突き刺した。
「おめでたい頭をお持ちのようですわね、ミア! そのやり方の致命的な欠点は何だと思いますこと? それは――【売上の上限が、人間の物理的な限界(一日二十四時間・体は一つ)によって完全に頭打ちになる】という点ですわ!」
「あ……っ!」
「それだけではありませんわ! もしノア様が風邪をひいて倒れたり、怪我をして手が動かなくなったらどうなりますこと? その瞬間、生産量はゼロ! 売上もゼロ! 公爵家へのキャッシュフローは完全にストップいたしますのよっ!」
「ひ、ひゃああああっ! 働けなくなった瞬間、無収入に逆戻りですぅぅっ!」
ミアが両手で頭を抱える。ノアもハッと息を呑み、自らの手を見つめ直した。
「自分が手を動かし続けなければ一リンも入ってこない商売など、真の富豪が目指す道ではありませんわ! 私たちが目指すべきは――自分が優雅に紅茶を飲み、ぐっすり眠っている間にも、システムが勝手にお金を生み出し続ける【知的財産権(特許)による不労所得ビジネス】ですのよっっ!!」
バァンッ! と私はカウンターの天板を平手で叩き、受付官の鼻先へ仁王立ちになった。
「受付官! 出願手数料が大金貨一枚(百万リン)ですって? 笑わせないでくださる? そんな小銭、喜んで耳を揃えて叩きつけて差し上げますわ!」
私は手元の革袋の紐を解き、中から取り出した眩い魔導刻印入りの大金貨を、カウンターへ高らかに叩き落とした。
ガギィィィンッ!!
重厚な純金と魔導刻印の放つ青白い閃光が、薄暗い特許ギルドのフロアを真昼のように照らし出す。
「ひ、ひゃ……本物の大金貨(百万リン)……っ!?」
受付官の顎が外れそうに落ち、目玉が飛び出さんばかりに見開かれた。
「ノア・ヴァレンタイン男爵が発明した【超省エネ並列共振型魔導回路】の基礎特許出願書類原本ですわ! 今すぐ王立魔導院の首席鑑定官を呼び出しなさい!」
「ひ、ひぃぃぃっ! た、ただちにぃっ!」
大金貨の重みに恐れをなした役人が、転がるようにして奥の執務室へと消えていった。
数分後、慌てふためいて現れたのは、長い白髭を蓄えた王立魔導院の長老、首席鑑定官のオズワルド卿だった。
「な、何事じゃ! 超省エネ回路の基礎特許だと……? そんなもの、過去百年にわたり世界中の天才魔導師たちが挑み、全員が熱暴走で討ち死にした不可能領域の術式じゃぞ!」
疑心暗鬼のオズワルド卿の前に、ノアが静かに試作回路を置いた。
指先で微細な魔力を通す。
キィィィィン……!
鑑定室に設置された巨大な魔力測定盤の針が、凄まじい勢いで跳ね上がった。
だが、盤面の温度計はピクリとも動かない。
「な……なんじゃこの数値はぁぁぁっ!?」
オズワルド卿の眼鏡がずり落ち、絶叫が部屋中に木霊した。
「魔石の消費効率が従来の【十分の一】……!? それなのに、熱の漏洩が完全にゼロじゃと!? 馬鹿な、魔導エネルギーの並列共振を、こんな単純な幾何学回路で完璧に制御しておるというのか……!? こ、これは……魔導工学の歴史を二百年進める、神の領域の基礎発明じゃあぁぁぁっ!!」
「ふふふ、ご理解いただけて光栄ですわ」
私は扇子を優雅に揺らし、机の上に幾重もの契約羊皮紙を広げた。
「オズワルド卿、重要なのはここからですわ。我がアークライト家は、この回路を完成品として組み立てて売るつもりなど毛頭ございませんの」
「……え? 売らんのかね? これを組み込んだ魔導ランプや魔導コンロを売れば、大儲けできるというのに……」
首を傾げるオズワルド卿に、ミアも不思議そうに尋ねてくる。
「そうですようお嬢様! こんな凄い回路なら、高くても王都中の人が買ってくれますよぅ!」
「甘いですわ、ミア!」
私は銀縁眼鏡をクイと押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「いいこと、ミア? 自社で製品を組み立てて売る場合、工場を建て、何百人もの職人を雇い、材料を仕入れ、在庫を抱え、配送するリスクをすべて自前で背負わねばなりませんわ! それはあまりにも非効率です!」
「ええっ!? じゃあ、どうやって儲けるんですかぁ!?」
「これぞ、資本主義の究極の果実――【ライセンスビジネス(特許使用料モデル)】ですわっ!」
私は黒板代わりに羊皮紙へサラサラと図を描き殴った。
「ノア様が取得するのは、すべての魔導具の心臓部となる『基礎特許』。私たちは完成品を作るのではなく、国中のすべての魔導具メーカーや町工場の工房に対し――『ノア様の特許回路を自社製品に使って良い権利』を許諾(ライセンス供与)するのですわ!」
「つ、使っていい権利……?」
「そうよ! 国中の工房は、ノア様の回路を使わなければ、エネルギー効率で他社に勝てず倒産してしまいますわ。だから彼らは、喉から手が出るほどこの回路を使いたがる! そこで私たちは、こう契約を結ぶのです。『製品が一個売れるごとに、売上のわずか三%――金額にして【たったの百リン(約百円)】を、特許使用料として我が公爵家の口座に支払いなさい』とね!」
ミアが目を丸くして計算を始めた。
「百リン……? 百円ですか? お嬢様、百円なんて駄菓子一つ分のお小遣いじゃないですかぁ! もっと千リンとか一万リン取らないと損ですよぅ!」
「愚か者っ!! 薄利多売のスケールメリットを舐めてはいけませんわっ!」
私はビシッと人差し指を突き立てた。
「いいこと、ミア? エルディア王国全体で、一年間に消費される魔導ランプ、コンロ、暖房器具、魔導馬車の部品……その総数はいくらになると思いますこと?」
「え……? 王都だけでも何十万人も住んでますから……ええと……」
「低く見積もっても、王国全土で【年間一千万個】ですわっ!」
ダンッ! と私は羊皮紙を叩いた。
「一個あたり、たったの百リン。ですが、それが一千万個積み重なれば――ノア様、年間のロイヤリティ収入はいくらになりますこと?」
ノアがアメジストの瞳を煌めかせ、涼やかな美声で即答した。
「百リンに一千万を掛けると……年間【十億リン(約十億円)】ですね」
「「――じ、十億ぅぅぅぅぅぅっっっ!?」」
ミアと特許鑑定官の悲鳴が、部屋をビリビリと震わせた。
「工場も持たず! 在庫のリスクも抱えず! 職人を雇う人件費もかけず! 国中の職人たちが汗水垂らして製品を作って売るたびに、我がアークライト公爵家の金庫へ、毎秒チャリンチャリンと自動で十億円もの現金が流れ込んでくる……! これこそが、知恵と法律を味方につけた者だけに許された――【究極の不労所得の泉】ですわっっ!!」
「ひゃあああああっ!! 寝てるだけで十億円入ってくるぅぅぅっ!?」
ミアが頭を抱えて椅子から転げ落ちそうになった。
オズワルド卿も震える手で羽根ペンを握りしめ、特許原簿に特大の認可印をドンッと押し付けた。
「み、認可じゃあぁぁっ! 王国特許第一号・基礎魔導回路として、向こう二十年間の独占的排他権をヴァレンタイン男爵およびアークライト公爵家に認める!!」
カシャリ、と重厚な認可証の封蝋が固まる。
出願費用百万円の投資が、年間十億円の永久キャッシュマシーンへと化けた瞬間だった!
特許ギルドの貴賓室を後にし、夕暮れの回廊を歩く私たち。
ミアはまだ興奮冷めやらぬ様子で、スキップを踏みながら特許証の控えを抱きしめている。
「す、すごすぎますお嬢様ぁぁっ! 出願料の百万円なんて、一瞬で元が取れちゃいますねっ!」
「当然ですわ。目先の出費を惜しんで権利をケチる者は、一生他人の下請けで終わるのですもの。……さて、ノア様。これで我が陣営の知的財産防壁は完成いたしましたわよ」
私が振り返ると――。
ノアはその場に立ち止まり、夕陽に照らされたアメジストの瞳を潤ませて、じっと私を見つめていた。
その白皙の頬は夕陽の赤よりも熱く染まり、息を呑むほど整った顔立ちが、激しい感情に震えている。
「……ノア様? どうかいたしましたの?」
「……セシリア様」
ノアは一歩、また一歩と私へと間合いを詰めてきた。
長い影が私をすっぽりと覆い隠す。
そして――彼は私の前に優雅に片膝をつき、両手で私の手袋を包み込むと、胸の前に引き寄せたのだ。
「え……? ノ、ノア様……!?」
「……俺は今まで、自分の回路を『誰かが安く買ってくれればいい』程度の、ゴミ同然のものだと思っていました。誰からも理解されず、ただ部屋の隅で、一人で消えていくはずだった技術だった……。それなのに……」
ノアの低く甘い美声が、切ないほど熱を帯びて私の鼓膜を震わせる。
「あなたは、俺の頭脳に誰よりも高い価値をつけてくださった。国中から認められる確固たる城壁(特許)を与え、俺の技術が未来永劫、世界中を照らし続ける仕組みを作ってくださった……。セシリア様、あなたは本当に……俺の魂の救済者です」
「い、いや、私はただ、自分が将来FIREして配当金とロイヤリティで遊んで暮らしたいから仕組み化しただけでしてよ……!?」
「いいえ。俺には分かります」
ノアはふっと愛おしそうに微笑むと、私の指先に、祈りを捧げるように深く、熱い口づけを落とした。
「この特許から生まれる十億リンの富も、名誉も、そしてこの回路を生み出した俺の頭脳も、心臓の鼓動さえも……すべてあなたのものです。あなたが望むなら、俺は一生、あなたのためだけに新しい特許を紡ぎ続けましょう。……どうか、俺の人生の独占権を、永久に更新し続けてください」
ドクンッ、と私の胸が激しく跳ね上がった。
夕暮れの光の中で至近距離から注がれる、国宝級イケメンの命がけの蕩け顔!
(重い! 重い重い重いわノア様ーーーっっ!! ライセンス契約を婚姻届みたいに解釈しないでくださるーーーっっ!?)
「きゃあぁぁぁっ! お嬢様ぁ! ノア様が夕陽をバックに実質的な永久就活兼プロポーズをキメてますよぅ! 早くサインしてあげてくださいぃぃっ!」
「だ、黙りなさいミア! ノア様も立ち上がりなさいっ! 特許契約は業務提携ですわっ!」
私が真っ赤になって手を引き抜こうとジタバタしていると――。
ふと、背後の大通りの馬車から、私たちをねめつける陰湿な視線に気がついた。
見れば、金色の狼の紋章を掲げた豪奢な馬車――財務大臣ガストン卿の息がかかった、王都最大手の魔導具カルテル『黒鉄商会』の社用馬車だった。
窓のカーテンの隙間から、恰幅の良い商会長が忌々しそうに吐き捨てる声が、風に乗って耳に届く。
「ケッ、アークライトの小娘と貧乏男爵が、魔導院で何やら下らん紙切れ(特許)を取ったらしいな。……構わん、あんな青二才の作った回路など、我が商会の息のかかった工房で丸ごとリバースエンジニアリング(無断コピー)して安売りしてしまえ。名ばかりの特許など、握りつぶしてやるわ!」
ガラガラと音を立てて走り去る馬車。
その愚かな呟きを聞いた瞬間――私の眼鏡の奥で、冷徹無比なハゲタカの目がギラリと光った。
(……ふふふ。かかりましたわね、著作権・特許侵害の獲物ども……!)
私は不敵な笑みを浮かべ、ノアの胸元をポンと扇子で叩いた。
「ノア様。予定通り、あの回路に仕込んでおいた【認証ロック術式】の準備はよろしくて?」
「ええ、完璧です、セシリア様」
ノアのアメジストの瞳が、獲物を屠る獣のように冷ややかに細められた。
知的財産を舐め腐った泥棒商会め。
特許侵害のペナルティがどれほど恐ろしいものか、損害賠償で身ぐるみ剥いで骨の髄まで教えて差し上げますわ――!
【巻末付録】セシリアお嬢様の3行マネー講座
「自分の時間」を売る労働集約型から脱出せよ! 体は一つ、時間は有限。自分が働かなくても収入が入る「仕組み(ストック)」を作るのが富豪への絶対条件ですわ!
知的財産権(特許・著作権)は最強の不労所得! 良いモノを作ったら完成品を売るだけでなく、ライセンス(使用許諾料)として広く薄く徴収する方が圧倒的にスケールいたしますことよ!
権利取得の初期費用(出願料)をケチるな! 最初の防壁をケチると後で競合に丸パクリされて全滅します。守るべき権利には躊躇なく投資しなさい!
読んでいただきありがとうございます。
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