EP 11
使用人たちの意識改革!中抜き業者の一掃とインセンティブ制度
ガストン大商会からなけなしの五億リンを鮮やかに奪還し、公爵邸の裏口へと回り込んだ私たちの耳に、怒気を孕んだ罵声が突き刺さった。
「いい加減にしてくれ! 先月まで一玉百リンだった普通のキャベツが、なんで今月は五百リンなんだ! 魔石だって、質の悪い濁ったクズ石ばかりじゃないか! こんなので料理や屋敷の維持ができるか!」
「へへっ、ガキが生意気言ってんじゃねえよ」
勝手口の石畳で、エプロン姿の若い料理番の少年を小突き回していたのは、派手な毛皮ベストを着た脂ぎった出入り商人だった。
男は荷車に積まれた萎びた野菜と濁った青魔石を指先で叩き、嘲笑を浮かべる。
「文句があるなら、バートン執事長様に言うんだな。公爵家の食材と魔石の納入伝票は、すべて執事長様とウチのツーカーで決裁されてんだよ。納品書にハンコさえもらえりゃ、中身が泥水だろうと金貨は満額振り込まれるんだ。名門公爵家様は太っ腹で助かるぜ、ケケッ!」
「くそっ……! あんたたちがそんな法外な中抜きをするから、僕たちの厨房の予算が削られて、まかないのスープすら具なしになってるんだぞ!」
悔しさに震える少年の肩を、後ろから冷たい手が掴んだ。
現れたのは、仕立ての良い黒燕尾服に身を包み、白髪交じりの髪を撫で付けた老執事――バートン執事長だった。
「これ、厨房見習いがみっともなく騒ぎ立てるでない。名門アークライト公爵家が、いちいち市場の端値などを気にするのは恥辱であると、常日頃から教えておろう。商人に値引きを迫るなど、貴族の矜持に反する卑しい行いだ」
「し、執事長……! でも、この請求書は明らかに――」
「黙りなさい! お前のような身元の知れぬ孤児を雇ってやった恩を忘れ、我が采配に口を挟むとは身の程知らずめ。減給処分としますよ」
「……随分と立派な『名門の矜持』をお持ちのようですわね、バートン執事長?」
凛とした鈴の鳴るような声が、冷たい中庭に響き渡った。
バートンと商人がぎょっとして振り返る。
そこに立っていたのは、プラチナブロンドを揺らし、獲物を狙うハゲタカのような笑みを湛えた私――セシリアだった。
背後には、大金貨の詰まったトランクを抱えるノアとミアが静かに控えている。
「せ、セシリアお嬢様……!? なぜこのような裏口に……」
「通りがかりですわ。……ですが、我が公爵家の台所に巣食う【シロアリ】の鳴き声があまりにも耳障りでしたのでね」
私は胸元から銀縁眼鏡を取り出すと、キリッと鼻梁へ押し上げた。
サファイアブルーの瞳が、冷徹な光を放つ。
「バートン、そして出入り商人の貴方。大広間へ来なさい。公認会計士による【緊急内部監査】を執行いたしますわ」
大広間に運ばれたのは、埃をかぶった過去三年分の食材・燃料の納品伝票と、重厚な公爵家の大帳簿だった。
執事長バートンは、依然として慇懃無礼な態度を崩さず、胸を張って言い放つ。
「お嬢様、突然の監査などと人聞きの悪い。私はアークライト公爵家に三十年仕え、家政を切り盛りしてきた忠臣でございます。我が家の品格を保つため、常に最高級の品を厳選して仕入れているのでして、不正などあろうはずがございません」
「最高級の品、ですって?」
私は手元の納品伝票をペラリと捲った。
「ではお聞きしますわ。先月の納品実績――『王室御用達・特選霜降り極上牛五百キロ(金貨五十枚・五百万リン)』、『一等青輝魔石百個(金貨三十枚・三百万リン)』。……ノア様、地下貯蔵庫の【実地棚卸し(現物調査)】の結果はどうでしたかしら?」
控えていたノアが、アメジストの瞳をスッと細め、涼やかな声で報告を始めた。
「地下倉庫の全在庫を、透視魔導波で分子スキャンしました。結果――帳簿に記載された五百キロの極上肉など存在せず、あったのは筋だらけの屑肉がわずか五十キロ。魔石も純度の低い規格外の廃棄魔石が三十個転がっているだけでした。帳簿残高と現物の一致率は、驚愕の【八パーセント】です」
「ひゃあああっ!? は、八パーセント!?」
ミアが目を丸くして叫んだ。
「お嬢様、それってどういうことですかぁ!? 帳簿にはお肉もお魔石も山ほど買ったって書いてあるのに、倉庫には全然ないってことですかぁ!?」
「ええ、その通りよミア!」
私は眼鏡のブリッジをクイと押し上げ、バートンへ冷たい視線を突き刺した。
「いいこと、ミア? 不正や横領を暴く際、帳簿上の数字だけを眺めていては絶対に真実は見抜けませんの! 必ず現場へ足を運び、現物の数と状態を直接数えて帳簿と照合する――これぞ監査の基本中の基本、【実地棚卸し】の威力ですわ!」
「じっち……たなおろし……!」
「そう! そして導き出される結論は一つ! 帳簿上は最高級品を高値で買ったことにして代金を全額支出しながら、実際に納品されていたのは二束三文のゴミ屑だったということですわ!」
バートンと商人の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「な、何を根拠に……! 輸送中の腐敗や、魔石の自然放電による劣化ということも――」
「往生際が悪いですわね、シロアリ執事長!」
私はドンッ! と机を叩いた。
「ノア様、もう一つのエビデンスを開示なさい!」
「了解です、セシリア様」
ノアが水晶球に魔力を通すと、空中に淡い光の書類が投影された。
映し出されたのは、執事長室の床板の下からノアの探査魔法によって発見された、バートン個人の【秘密の裏帳簿】と、預金通帳だった。
「第一四半期:商会からの仕入れ差額キックバック(裏リベート)、金貨二十枚(二百万リン)受領。第二四半期:同じく金貨三十枚(三百万リン)受領……過去三年間のバックマージンの累計額は、実に【四千五百万リン(約四千五百万円)】に達していますね」
ノアの淡々とした美声が、死刑宣告のように響き渡る。
「し、執事長の隠し口座の記録までぇぇぇっ!?」
ミアが両手で口を押さえて飛び上がった。
「バートン! 貴方は『名門の矜持』などという美辞麗句で現場の目を眩ませ、出入り商人と結託して公爵家の資産を市場価格の三倍で買い叩かせ、その差額を【バックマージン(中抜き)】として懐に収めていたのですわねっ!」
「ぐ……うぐっ……! そ、それは……長年の功労に対する、商会からの正当な礼金で……!」
「横領を『礼金』と言い換える図々しさに吐き気がしますわ!」
私は即座に『懲戒解雇通知書』と『損害賠償請求訴訟状』を叩きつけた。
「本日ただいまをもって、バートン執事長を【懲戒解雇】といたします! 退職金は当然ゼロ! 過去三年間にわたり着服した四千五百万リンは、民法上の不法行為に基づき全額即時返還を請求しますわ! 払えない場合は、貴方の全私有財産を差し押さえ、背任および横領罪で王宮騎士団へ身柄を引き渡します! そして出入り商会、貴殿の商会とは即座に取引を完全停止、出入り禁止といたしますわよっ!」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっっ!!」
「お、お助けをぉぉぉっっ!!」
完全なエビデンスを突きつけられた二人は、泡を吹いて絨毯に崩れ落ち、警備の衛兵によって引きずり出されていった。
中抜き業者と腐敗したトップを排除した大広間に、私は屋敷中の全使用人――メイド、料理人、庭師、御者たち数十人を緊急招集させた。
広間に集まった使用人たちは、皆怯えたように身を縮めている。
「お、お嬢様……執事長様を追い出して、今度は私たちをリストラなさるのですか……?」
「私たちの給料も、削られてしまうんでしょうか……」
不安そうに震える使用人たちを見回し、ミアがおずおずと尋ねてきた。
「お、お嬢様……? 不正な支出を削るのは大成功でしたけど、みんなすっごく怯えてます……。厳しいペナルティで恐怖支配するんですかぁ……?」
「ふふっ、恐怖支配? そんな愚行、三流のブラック経営者のすることですわ!」
私はフッと不敵に笑い、銀縁眼鏡をクイと押し上げた。
「いいこと、ミア? 人間を最も効率的に、自発的に動かす最強の燃料――それこそが【インセンティブ(成果報酬制度)】ですわっ!」
「いんせんてぃぶ……?」
私は黒板を引き寄せ、チョークで大きく書き殴った。
【公爵邸・経費削減インセンティブ新制度】
【削減したコストの『20%』を、担当者へ毎月の特別賞与として直接現金支給!】
「「――ええええええっっっ!?」」
広間中の使用人たちから、地鳴りのような叫びが上がった。
「ぜ、前代未聞ですわ、お嬢様ぁっ! 経費を浮かせたら、お給料が増えるんですかぁっ!?」
「その通りですわ!」
私は黒板をトントンと叩いた。
「例えばそこの厨房見習いの貴方! 複数の八百屋や農家から【相見積もり】を取り、品質を落とさずに毎月の野菜の仕入れ値を五十万リン安く抑えたといたしましょう。その場合、浮いた五十万リンのうち二十パーセント――【十万リン(約十万円)】を、貴方の毎月の基本給に特別ボーナスとして上乗せ支給いたしますわ!」
「じ、十万リン……!? 僕の月給の倍以上だ……!」
先ほどの料理番の少年が、信じられないものを見るように目を丸くした。
「庭師も同じですわ! 魔導肥料の配合を工夫して維持費を月十万リン削れば、月二万リンが毎月貴方の懐に入ります! メイドたちも、無駄な洗剤の消費を抑えたり、まとめ買いで消耗品費を下げれば、班全員に均等にボーナスを分配いたしますわ!」
私は広間中に響き渡る声で宣言した。
「今までのこの屋敷は、真面目に節約しても給料は変わらず、サボって無駄遣いしてもペナルティがないという、最悪のモラルハザード(倫理崩壊)に陥っていました! ですが本日より、知恵を絞って我が公爵家の利益に貢献した者は、その貢献度に応じて【青天井で豊かになれる権利】を与えますわっ!」
しーん、と静まり返っていた大広間に、突如として怒涛の歓声が爆発した。
「うおおおおおっ! やるぞ! 俺、市場中の卸問屋を駆け回って、一番安くて美味い肉屋見つけてきます!」
「魔導ランプの待機電力をゼロにする回路、私たちが提案します!」
「お嬢様万歳! セシリア様万歳っっ!!」
怯えていた使用人たちの目が、一瞬にしてギラギラとした野心とやる気に満ちた「敏腕ビジネスパーソン」の輝きへと変わった。
搾取されるだけの歯車から、経費削減のプロフェッショナル集団への覚醒である。
「す、すごすぎますお嬢様ぁぁぁっ!」
ミアがぴょんぴょん飛び跳ねながら叫んだ。
「みんなのやる気が天井突き破ってます! でもお嬢様、ボーナスを二十%も配っちゃって、公爵家の取り分は減らないんですかぁ!?」
「減るわけがありませんわ、ミア!」
私はハゲタカの笑みを深めた。
「彼らが知恵を絞って経費を削れば削るほど、残りの【八十パーセント】はノーリスクで公爵家の手元に純利益として残るのですからね! 屋敷全体の仕入れ経費が月五百万リン下がれば、使用人に百万リン配っても、公爵家は毎月四百万リン――年間で約五千万リンものキャッシュが手元に残る計算ですわ!」
「ひゃあぁぁっ! みんながお金持ちになって、公爵家もウハウハ! まさにWin-Winですねっ!」
「その通りですわ!」
(ふふふ……これぞ資本主義のインセンティブ設計! 現場のやる気を利用して、私は寝ているだけで毎月数千万リンのコスト削減を自動化してやるんだから……! 早期リタイア(FIRE)への道、順調すぎて笑いが止まりませんわね!)
私が内心で電卓を弾きながら悪役令嬢スマイルを浮かべていると――。
ふわり、と暖かな気配が私の背後に寄り添った。
「……セシリア様」
振り返ると、ノアがアメジストの瞳を潤ませ、息を呑むような熱情を宿して私を見つめていた。
その切れ長の瞳には、一片の曇りもない純度百パーセントの信仰が燃え盛っている。
「ノ、ノア様……? どうかいたしましたの?」
「……あなたは、本当にどこまで底知れぬ慈悲をお持ちなのですか」
「……は? じ、慈悲……?」
ちょっと待ちなさい。今の話のどこに慈悲がありましたの!?
「単に悪徳執事を断罪するだけでなく、虐げられていた末端の使用人たちに尊厳を与え、努力が正当に報われる光の道を示してくださった……。人間を道具ではなく、共に歩むパートナーとして愛するあなたのお姿に……俺の心臓は、激しく締め付けられています」
ノアは長身を屈め、私の手袋の上からそっと指先を絡めてきた。
至近距離から注がれる熱い呼気と、国宝級イケメンの蕩けるような甘い眼差し。
「セシリア様。俺の頭脳も、魔力も、この命の鼓動さえも……すべてあなたのものです。あなたが望むなら、この屋敷どころか、世界中の無駄を根こそぎ計算し尽くす魔導演算網だって一人で編み上げてみせます。どうか一生、あなたの隣でその奇跡を見届けさせてください……!」
「ひゃっ、お、重い! 愛の出力が高すぎますわノア様ーーーっっ!!」
「きゃあぁぁぁっ! お嬢様、ノア様の溺愛ゲージがまたカウンターストップしてますぅぅっ!」
真っ赤になって手を引き抜こうとする私と、満面の笑みで囃し立てるミア。
内部のシロアリを一掃し、公爵家の支出構造はこれ以上ないほど強固な筋肉質へと生まれ変わった。
私は咳払いを一つして顔の熱を誤魔化すと、ノアの作業机に置かれた『完成した新型魔導回路の設計図』を力強く指差した。
「ノア様、浮かれている暇はありませんことよ! 固定費の止血と内部の立て直しは完了いたしました。次はいよいよ――攻めの一手ですわ!」
「攻め、ですか?」
「ええ! 公爵家再建計画・第五フェーズ――【王立魔導院での特許申請】へ乗り出しますわよ! この回路をただの完成品として売るのではなく、国中の魔導具から毎秒自動でチャリンチャリンとロイヤリティが振り込まれる――【究極の不労所得の泉】を掘り当てて差し上げますわっ!!」
守りから攻めへ。
悪役令嬢セシリアの知財チート無双が、いよいよ国家規模のビジネスへと牙を剥く――!
【巻末付録】セシリアお嬢様の3行マネー講座
数字の不正は「実地棚卸し(現場・現物確認)」で暴け! 帳簿や明細の数字だけを信じず、実際の在庫や通帳残高を直接突き合わせることが横領看破の鉄則ですわ!
組織のコスト削減は「インセンティブ(成果報酬)」で回せ! 単なる精神論や我慢の節約は続かない。浮いた経費の一部を還元する仕組みこそが、最強のやる気を引き出しますことよ!
「中抜き(バックマージン)」を排して現場と直結せよ! 不要な仲介者や癒着業者を排除して適正価格で取引することが、企業と家計の利益を最大化する最短ルートですわ!
読んでいただきありがとうございます。
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