07:作戦会議
庭の案内という名目の密談が終わり、公子とコルネーリラは再び客間へ戻った。戻る道すがら公子から聞かされた話によると、同時間彼の従者からコルネーリラの両親に同じ話を報告しているらしい。
昨夜一晩の間に随分と頭を働かせたようだね。ならば話は早い。
再び父の左に腰を下ろす。公子も同じように向かいのソファーに座った。
父と母の目が血走っているように見える。きっと2人が知らされたのは婚姻の申し出のみだろうからね。そりゃ泣き崩れていても不思議はないよ。
先に口を開いたのは公子だった。
「この度は大変失礼な申し出、まずはお詫びさせて下さい」
そうして公子は深く頭を下げ続けた。父も母も困惑している。されど頭を上げるようにとは言わなかった。それだけ憤慨したんだろうね。コルネーリラが両親から愛されている子だと改めてわかったよ。それにゼルニケ家にはボルスフェルトから既に嫁いだ人物がいたそうだからね。その人物について詳しくは聞いていないものの、父の姉妹であった可能性は高い。姉妹に続いて娘までも、との憤りがあったことは想像に易い。
視線を上げた公子からは、今までのどこか頼りなさげな表情がすっぱりと消え去っていた。
「ボルスフェルト嬢には先にお話しさせていただきました。僕はこの婚姻に断固反対致します。ボルスフェルト閣下、そして夫人の意見もお聞かせ願いたい」
両親の顔には先程とは別の困惑が浮かんでいた。期待と不安、と言ったところか。父が慎重に言葉を選びながら返答する。
「公子のお考えは有難く思います。しかし――」
うん、そうだよね。ボルスフェルト家はゼルニケ家の筆頭家臣だ。主家の命に背けばその立場が危うくなる。ゼルニケ家に我が家の領地を没収するほどの力はないとは言え、税収など様々な嫌がらせが降りかかるだろうことは容易に想像がつく。
「ボルスフェルト閣下、閣下もご存知の通り父は既に実務から離れております。残りの人生もそう長くはないでしょう。そのような男に彼女のような若く清らかな女性は相応しくない」
父はゼルニケ伯爵が公務の場に姿を見せないことをとっくに知っていたんだね。それも当然のことか。公子と親しげだったのも、幾度となくゼルニケ邸で顔を合わせていたからだね。既に彼は事実上当主として采配していたというわけか。
「閣下、どうか僕を信じてください。僕はボルスフェルト嬢をいつか妻に迎え入れたいと思っております。神に誓い、生涯彼女ひとりを愛すると約束いたします」
「ほっ」とため息が漏れたような声が聞こえた。コルネーリラの両親としても、この公子とならばつり合いが取れると判断したんだね。いずれどこかへ嫁ぐ身。それならば主家の若き当主は大当たりというやつだ。
その後父と公子は二言三言会話を交わし、この秘密を共有することで話はまとまった。
「公子、可能な限り協力いたします」
それが父の言える精一杯であることは理解できる。父には、そして公子にも守らねばならないものがたくさんあるからね。こうして打倒インキュバスは静かに結成された。
「昼には帰ります。その前にもう一度ボルスフェルト嬢と庭を歩く許可をいただけるでしょうか」
父の表情も、母の表情も随分と柔らかくなっていた。
「どうぞ、ごゆっくりご堪能ください」
そうだね、君はもう少し陽に当たった方がいい。秋の陽射しは弱々しい君の肌にも優しいと思うよ。
2人で再び庭へ向かった。恐らくは庭は口実だろう。まだ話し足りないことがあるんだね?
今度も並んで歩いた。貴族の男性なら自然と差し出すであろう腕が私の前に差し出されることはなかった。だから、少しだけ距離を置いてゆっくりと歩幅を合わせて歩く。
公子が今度も静かに話し始めた。
「こんな話をボルスフェルト嬢に聞かせるべきではないとは思うのだが、僕の父の話を聞いてもらえるかな」
コルネーリラならば首を横に振りそうな話だね。しかし私は大変興味があるよ。是非聞かせてほしい。加えてこの男は、話し相手に飢えているようにも見える。
「はい、お聞かせくださいませゼルニケ公子様」
男はカラリと笑った。
「今だけで構わない、どうかその声で僕の名前を呼んでもらえないだろうか」
なんとも健気な申し出に、私はすぐに応じた。
「はい、ハインリヒ様」
男の足が止まった。半歩進めたところでそれに気がつき振り返る。なんだその喜びが溢れだした表情は。私の母性をくすぐるな。
「ありがとうボルスフェルト嬢、感謝します。そんなあなたに相応しくない醜い男の話です。僕の父のあだ名を知っていますか?いいえ知るはずもありませんね。話します。父はクルノフのインキュバスと呼ばれているのですよ、実に淫らで恥ずかしい男です」
知ってた!とは言えないからね。仕方なくコルネーリラは袖で口元を隠して俯いた。笑いを堪えるためだが、公子には恥じらっているように映ることだろう。
「クルノフ城の代官職を罷免されなかったのは、恐らくは過去の実績があったからでしょう。そしてあなたのお父上たちの支えがあったからだ。けれどそれも父が存命の間だけだと思っています」
やはり頭は悪くない男だ。自分の家門のことを冷静に分析する力がある。
「僕が後を継ぐ頃には没落は免れないかもしれません。それでも僕はあなたと共に生きたい」
「お支えいたします」
その返事が愛情からではないことはどうか許してほしい。まだ会ってまもない間柄だからね。けれど本心でもあるよ。なに、没落など珍しいことではないさ。代官職を失ったとて、領地は残るだろう。君はそれを大切に守っていけばよい。家臣貴族のことならちょうど今学んでいるところだ。充分君の助けになれると思うよ。




