04:奇天烈公子現る
両親と共に客を出迎えに出た。御者が素早く移動して馬車の扉を開くと、中からは予想に反して若い男が現れた。しかも随分と着飾っている。見知らぬ顔だが、とても一家臣とは思えぬ出で立ちだ。
「ようこそお越しくださいました。ゼルニケ公子」
父親の挨拶に合わせて、母と共に丁寧にお辞儀をした。まさか主家の息子だったとは。
公子と呼ばれた若い男は、数歩足を進めたところで立ち止まった。
「先に遅い到着となったことをお詫びいたします。こちらをお納めください」
ゼルニケ公子の後ろに控えていた男が、執事に木箱を渡している。執事が受け取った箱を、父の側まで運んできた。中には蜜蝋のろうそくがぎっしりと詰まっていた。これには父も母も驚きの表情を浮かべている。
「今夜の灯りになればと持参いたしました」
早速だが訂正しよう。この男は最低限の礼儀は持ち合わせている。少なくともこの時間に到着せざるを得なかった理由があり、それが非礼である自覚もあったらしい。しかも手土産のセンスもよい。自分が使うものは自分で用意する。これができる人間はこの時代には珍しい。
「どうぞ中へ。ご案内申し上げます」
父が促し、執事の先導で邸の中へと入る。公子はキョロキョロと好奇心を隠すことなく、物珍しそうに邸の中を見回していた。どうも調子の狂う男だ。父親の代理として臣下の邸へ来たにしては行動が幼すぎる。まだ名前も知らぬゼルニケ家の息子、と言う情報だけの男だが、明らかにコルネーリラよりは年長だ。
「ボルスフェルト閣下、午後の礼拝はもうお済でしょうか」
その公子が父に尋ねている。礼拝室も確認したいといったところか。ボルスフェルト家の礼拝室はなかなかのものだ。主家のそれは知らぬが、決して蔑まれるような造りではないと保証できる。
それにね、君のおかげで礼拝はまだなんだよ。いつ来るとも知れぬ君のために出迎えの準備をしていたからね。
結局、公子と共に礼拝室へ向かうこととなった。先回りした執事が今頃火を灯していることだろう。
ここでも公子は存分に好奇心を発揮していた。「ほぅー」とため息まで漏らす始末だ。
それぞれが祈りを捧げて、礼拝室を後にする。
「お部屋へご案内申し上げます」
執事の案内で公子と、その従者と思われる男が客間へと向かって歩いていく。泊まりか。まあそうなるよね。この時間だし。
この日の夕食はディルクとエルマは別室でとることになった。両親とコルネーリラが客のもてなしの晩餐の場につくことになる。
昼食時以上に華やかな食卓だった。それがボルスフェルト家にとって、通常から大きくかけ離れていることだ、という点は念を押しておく。日頃の夕食は実に質素なんだ。
最初に出てきたのはブイヨン、いやコンソメスープと呼ぶのだったか。琥珀色をした澄んだスープが各自の皿に注がれていく。同時に白パンがひとつずつ皿に乗せられていった。さらにバターまで添えられている。これはこの先の料理にも大いに期待が出来そうだ。
晩餐の間、公子から此度の訪問に関する話は出なかった。父と軽めの会話を楽しんでいるように見える。道中で見た果樹園の実りがよかっただの、羊が伸び伸びしていただのと、世間話もいいところだ。
食事は口に合ったようで、鱒も鴨肉もパイも綺麗に平らげていた。父と母は相変わらず食欲がないようで、それを理解しているのか執事も両親の皿には控えめに切り分けているようだった。
とうとう最後のデザートが運ばれてきた。ブドウと梨が見栄えよく盛り付けられた皿が置かれる。それでも公子はワインを片手に食事を楽しむばかりだ。君は一体何をしに我が家へ来たというのだ?私はみずみずしい梨に大満足をしながらも、この珍客の真意が掴めず、ようやく困惑し始めた。両親は困惑を超えてそろそろ胃痛でも始まりそうな気配すらする。
「ボルスフェルトは実に腕のいい料理人をお持ちですね」
皮肉など全くこもっていない、ただの世間知らずなお坊ちゃま公子の発言の数々には呆れ果てた。しかし、この場でコルネーリラが発言することは好ましくない。私はただ、この場がお開きになるまで静かに座り続けることだけが役割だ。
公子に振り回されながらも父がなんとか対応を続けていると、ようやくグラスを置いた公子が口元を拭って、姿勢を正した。
「すみません。邸の外に出るのは初めてでして、少々はしゃいでしまいました」
驚いたよ。彼が嫡男なのか、次男なのかは知らぬが、その歳になるまで邸の外に出たことがないだと?我が家へ来て真っ先に礼拝室へ向かった男だ。なのに教会にすら足を運んだことがない、と?
クルノフ城を預かる代官たる伯爵家に生まれて、領地を見て回ることすらしていないこの若者のことが、さらにわからなくなった。
しかしこの場でそれに驚いているのは私ひとりだけのようだ。父も母も同情するような視線で公子を見守っている。ここに来て訳アリだったか。
「此度の私の訪問の件、ご心中はお察し致しております。その話は明朝改めて、ということにしていただけないでしょうか」
ふむ。ただのボンクラ、という訳でもないのだな。つくづく訳のわからぬ男だ。しかしボルスフェルト家の心づくしの晩餐の時間を純粋に楽しみたかった、という気持ちだけは汲み取ろう、そう思うことにした。両親もそれで納得しているようだ。それならばそれでよいではないか。
翌朝、悲鳴を上げなかったことには感謝していただきたい。もしも転生経験のないコルネーリラが聞いたなら、卒倒しても不思議はなかっただろうからね。




