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03:来訪の知らせ

 前日に引き続き、手紙の指導を受けていた。主家への手紙はもう指導不要との合格を頂戴したため、今日は教会の聖職者へ宛てた手紙を書いてみるよう指示された。


 聖職者へということは使用する文字はラテン語か。15歳の貴族子女が聖職者へ宛てて認める手紙とは。今日の課題は題材探しが難しいな。ここは無難に我がボルスフェルト家での出来事を慎ましく書き綴るのがよいだろうか。

 コルネーリラは、ボルスフェルト家が新しく宗教画を手に入れたと言う架空の設定で、それに対する感謝の気持ちを綴った。神への感謝と共に、司教への礼を添えることも忘れなかった。


 昨日以上に目玉をひん剥いて手紙を凝視していた女史であったが、もうその姿には慣れたよ。私は順応するのが早いんだ。そうでなければこうも度々別の人生を送ってはこれなかったからね。


「お嬢様のラテン語は完璧でございます。つい先日まであれほどご苦労なさっていたと言うのに」


なるほど。それで驚いた顔をしたんだね。書いてしまったものは仕方ない。ここは隠れて努力していたとでも思っていただこうか。


「お褒めいただきありがとうございます」


 コルネーリラらしく、謙虚に小さく微笑んでみせた。

そしてこの日も昨日と変わらず、やや退屈で穏やかな1日が待っていると思っていた。


 授業の最中にノックの音が鳴り響く。教師が応答に向かうと、扉の向こうにいたのは執事だった。執事はそのまま部屋の中へと進んで来て、コルネーリラの前で一礼する。


「お嬢様、先程主家より先ぶれがございました。本日ご来訪とのことでございまして、至急お嬢様もお支度を整えるようにとのご指示でございます」


 主家から来訪だと?そんなこともあるのか。まあ当主ではないにせよ、それなりの人物が訪れるようだな。来客の勉強のために同席しろということだろう。


「わかりました。先生、急ではございますが本日は失礼申し上げます」


 教師の方も事情は察したのだろう。軽く笑みを浮かべて早速帰り支度をはじめている。


「お嬢様、臆することはございません。マナーはしっかりと身につけておいでです。慎ましく、されど堂々とお迎えくださいませ」


「はい、先生」


 急ぎ支度に向かうよう教師に勧められたため、ここは遠慮なくマルタと共に先に自室へ引き上げることにした。部屋に戻り最初にすることは着替えだ。朝、幾重にも重ねた衣装を順番に外していく。その間に、別の使用人が衣装を運んできていた。なるほどこれは一目でわかる良い仕立てのドレスだ。日曜日の礼拝の時にのみ着用しているドレスだな。


 普段使いのペチコートを絹のペチコートに履き替える。紺色の高級な品だ。ヒダが丁寧に寄せられていて、同色のリボンで飾られている。清楚さの中にも華やかな品があるペチコートだ。コルネーリラの衣装を選んでいるのは母親だろうか、とても趣味がよい。

 その上から白地に水色の花柄刺繍が施されたドレスを羽織る。裾をマルタが丁寧に整え終わると、胸当てを留めた。これはペチコートと同素材で控えめな小さなリボンがいくつも飾られている。決して派手ではないが、気品があって美しい。何より15歳のコルネーリラによく似合っている。

フィシューで胸元を覆い、袖口に上質なエンガジャンを1枚つけて着替えは終了した。


 次は髪を結い直す。マルタは今朝と同じように丁寧にコルネーリラの髪を梳いていく。それから髪を左右に分けて、丁寧に編み込みをし、髪の先まで編んでいった。それを器用に後頭部にまとめ上げると先程までより少し大きなリボンで留めた。これが今世の正装か、悪くない。


 支度が整ったのは昼食の準備が済んだ頃だった。今日はこの姿で昼食となる。客の到着はまだ先だろう。先ぶれが来てそれほど時間が経っていないからな。なに、心配は要らない。着飾って食事をするのは初めての経験ではない。随分と久方ぶりではあるが、粗相をすることはないだろう。

その予想は当たっていたらしく、昼食の席には家族と、数人の家臣の姿があるだけだった。弟らがコルネーリラの姿を見て目を輝かせているほかは、ごく日常と変わらない光景のようだった。


「姉さま、お母さまも日曜日みたい」


 可愛いね、着飾るのは教会へ行くためだと信じている幼子らしい言葉だ。弟も妹も今朝と同じ姿をしている。2人は来客の場には呼ばれないのだろう。

昼食のテーブルも昨日と似通っていた。今日は焼いた鶏肉がメインに添えられている。毎日肉が食べられる暮らし、有難い。コルネーリラはパンをちぎり、肉を頬張り、スープを平らげた。


 ふと両親の顔を見ると、コルネーリラへ向けて笑みを浮かべてはいるものの、あまり食が進んでいないようだ。お2人の耳には此度の主家来訪の主旨が既に知らされているのだろうか。様子から察するに吉報とは言い難いのかもしれない。私に知らされていないのは、ただの来客練習だからだろうね。尤も内容を知ったところで食欲が失せるというような繊細さなら、とうの昔に消えてなくなっている。


 食後は読書でもしながら自室で待つようにと言いつかった。図書室で本を1冊選び、自室へ戻る。さほど興味をくすぐられる本はなかったが、無難そうなドイツ語で書かれた本を手に取った。[グリンメルスハウゼン]かつて他国の翻訳版を読んだことがあったな。まあ、これは課題ではない。適当に膝の上にでも広げていればよいだろう。どうせなら刺繍でもしていたい気分だが。


 来訪の知らせは夕方遅くに届いた。取次の部屋にて待つようにとの指示が届く。部屋の中では父と母の他、2人の侍女と執事が控えていた。


 こんな陽が暮れる時間になってやってくるとは、随分と失礼な客だね。主家との距離はさほど離れてはいないじゃないか。充分明るい時間に来れただろうに。いくら臣下を寄越してくるにせよ、主家の名で来る客だ。それなりのもてなしが必要だろう。私はかつての記憶も相まって、さらにもう1段階ゼルニケへの印象を悪くしていた。


 そんな中、ようやく馬車が到着した。2頭立ての簡素な馬車だ。あれは到底当主が使うものではない。当主が来るわけではないとはわかっていたものの、なんだかもやつく思いだけが残った。


さて、そのご尊顔でも拝しに参ろうではないか。

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